第三十四話 魔都・東京 (東京)
約ひと月半前、世界に謎のウィンドウが出現して、一週間ほど過ぎた日の夕方。
「『東京と言う名のゴーストタウンから。そこかしこのウインドウが何とも終末感すげぇです』……送信っと」
その青年はスマホで掲示板サイトに最後の書き込みをしてから、目の前の光景を改めて見上げ、顔を震わせながら涙目で笑顔を作る。
「へ、へへへ……こんなの、東京じゃない、ここは、異世界か、なんか、だ」
そう自分に無理矢理に言い聞かせると、彼は振り向いて自分のウィンドウに向かい合う。
中に映っていたのは、雑踏、人の群れ、満員電車、通勤ラッシュ、そしてカフェやラーメン店に並ぶ人の列……彼がよく知る”東京”が、そこにだけ、あった。
「そう、そうだよ、これが、東京、じゃないか……」
息を荒げながら、彼はウィンドウに近づいて、腕を画面の中に入れ、頭を突っ込む。胸から腰まで体を入れた時、もう現実世界には届かない声をこぼす。
「そう、こっちが本当なんだ……俺が居たのはウソの世界なんだよ、なぁ、そうだろ」
その言葉を最後に、彼は現実世界から消失し、縮小したウィンドウの向こうの住人になった。
◇ ◇ ◇
川崎市を抜け、いよいよ首都東京に入る私たちの中継車。目指すは渋谷区のNHKt放送センター、日本中を網羅する国営放送の電波を拝借し、我々の『バルサンラジオ』を流すんだ。
それに成功すれば私たちの目標達成はもう目の前だ。なにしろ各県のラジオ局をジャックしなくても日本中で聞ける放送なんだから、町内放送を流せる役場に行くだけでその地域中に放送を届けることが出来るのだ。
「東京都にぃ~、入ったぁっ!」
「はいったぁっ!」
ヒカル君とくろりんちゃんが多摩川大橋の真ん中にある、『ここから東京都』の看板を通過する瞬間に、足を踏み鳴らしつつ声を上げる、子供か! 子供だなぁ。
まぁ二人とも初めての東京にテンションアゲアゲなのは無理もない。これから大仕事が待っているんだから、勢いがあるのは大いに結構だ。
国道一号線を北上し、東京タワーを遠く正面に見ながら品川区に入った時、私たちの視界に何か妙なものが映った。
「なんだ・・・・・・? 鳥、でもない、あれは?」
目の前の道路、その上の空中に無数の何かが漂っているのだ。イナゴの大量発生を連想させるように、たくさんの黒い点が東京のビルとビルの間の空間を彷徨うように浮いている……あれ、は?
「ホイホイだ……人が入った、後の」
ヒカル君が愕然としてそう呟く。次の瞬間、中継車がその大量の小ウィンドウの群れの中に突っ込んで、通り抜けて行く。
「うそ……こん、なに?」
くろりんちゃんがそう嘆くのも無理もない。何せ行く先の道路の遥か向こうまで、空中にびっしりと無数のスマホ大のウィンドウが浮いているのだから。
「止めるぞ!」
車を降りて大都会、東京に降り立つ。しかしそこは想像していた光景とは全く違うものだった。
まるで大量に湧いた動かない羽虫のように、舞い散らない紙吹雪のように、東京中の空間を『にんげんホイホイ』の残骸が埋め尽くしているのだ。
同じ都会でも、北九州や名古屋、京都や横浜でも不気味さは感じた。だがそれは人間が作った文明の中に人が全くいない、いわゆるゴーストタウン的なものであった。
だが、この東京の光景はそれより遥かに異常だ。
田舎者の私でも知っている東京タワーや首都高速道路、超高層ビルなどの大都会の光景の中、『人間の残骸』である小ウィンドウが無数に漂っているその光景。
私には、いやおそらくヒカル君も、くろりんちゃんもそうだろう。
その浮いているものが、この東京で暮らしていた人々の『霊魂』にしか見えなかった。
『宇宙人の仕業よ』
『地球の意思で人類を消そうとしておるのだ』
羽田さんや山伏さんの言葉を思い出して背筋が凍る。どちらにしてもその人類の敵が、人間を次々と霊体にしているがごとく、ホイホイの中に収めているのだとしたら……
「うえぇぇぇぇっ!」
「クロちゃん、しっかり!」
くろりんちゃんが吐いた。無理もない、もしこのホイホイが何者かの悪意で現れて、この地獄か黄泉のような光景を作り出したのだとしたら……その絶対的な恐ろしさに、次は我が身かと思わずにはいられない。
そのホイホイの中にいる大勢の人間が、恍惚の表情をしているのだから余計にタチが悪い。まるで偽りの天国を大量に抱え込んでいる死の世界の光景が、そこにあった。
あまりにも異常な世界、狂った首都。人類が皆殺しにあったような無人の大都会と、大量の人の魂が漂う
と、私の脇にある私のホイホイが目に入った。そこに映し出されていたのは……
私が知る、大勢の人がごった返し、満員電車に揺られて通勤し、有名なお店に列を成して並び、車が渋滞にはまって密集した、当たり前の東京の姿、だった。
まるでこっちのほうが現世ですよ、と言わんばかりに!
「二人とも、車に乗れっ! ここを離れるぞ!!」
ここはよくない! 今までとは比較にならないほど私たちを、自分のホイホイに連れ込もうとしている。こんな所に居たらそれこそ心が持たない。
ヒカル君がくろりんちゃんをかかえて後ろの座席に乗り込む。私は運転席に飛び込むと、そのまま乱暴にUターンさせて来た道を引き返した。
その間も周囲には、人が入ったスマホ大のウィンドウ、獲物を捕獲した『にんげんホイホイ』が前から後ろへと流れて行く。
多摩川大橋を突破して東京を脱出した後、車を止めた私は思わずハンドルを叩きつける!
ちくしょうめ! このホイホイは、どれだけ人間を、私たちを……
食い殺したいんだよ!!
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