第三十一話 主人公と悪役

 横浜の警察署の地下一階、その最奥にある留置場の角の二室。私達三人は、それぞれ男女三人づつが押し込められている部屋の前に立ち、彼らを見下ろして皮肉を言ってやる。

「よう、スィートルームの居心地はどうだい?」


「うっぜ」

 女子の側にいる女子プロレスラーの虎米 瑠衣とらごめ るいが悪態をついただけで、他の五人は気まずそうに目を伏せたり、体育座りしたままヒザに顔を埋めていて、気落ちした感を隠せなかった。


「あ、あの……おじさん、昨日は本当に、すいませんしたぁっ!」

 男の一人が格子の前まですり寄って勢いよく土下座する。確かくろりんちゃんに股間を蹴られた山根やまねだったかの態度に、脇にいるリーダー格の天藤てんどうが短く舌打ちする。

「お願いです、出来れば穏便に済ませてくれないでしょうか……」


 それに反応してもう一人の男、青木あおきと女子の檻にいる南丘なみおかが同じように私に向けて頭を下げる。

「すいません、ちょっとした悪ふざけだったんです」

「チョーシこいてましたぁっ!」


 私は胸の中にどす黒い感情が湧き上がるのを感じた。こいつら、自分たちの罪がなんとか無くならないか、などと虫のいいことを考えて這いつくばってやがる。昨日自分たちが年端もいかない子供にした事に対し、何の反省もしていない!

「この歳で前科者にはなりたくないんです、どうか、どうかご容赦を」


「うるせぇ、みっとも無ぇマネしてんじゃねぇ!」

 天藤が山根の背中を蹴っ飛ばす。が、山根はそれでも彼を無視して私に改めて土下座して泣き言を続ける。青木は青木で、天藤に対して「お前がこんなオッサンに手こずるからこんな事になったんじゃねぇか」などと悪態をつき、怒った天藤は左手でその胸倉をつかむ。が、右拳が砕けているので殴りかかる事も出来ず、留置場の中で埒も無い口喧嘩を始める男ども。


「ひっく、ひっく……うわあぁぁーーーん」

 騒動に当てられたか、泣き出したのは女子の部屋にいる風川かぜかわだ。社長令嬢から犯罪者に真っ逆さまに落ち、挙句に仲間割れしているのに悲観したのだろう。

「ふん、さっさと煮るなり焼くなりしやがれ」

 悪態をつくのは虎米だ。コイツだけはもう諦めがついているらしく、オタオタする様子も見せない。多分悪役レスラーに箔が付くとでも思って開き直っているのか。


 私はふぅ、と息を吐き、鐘巻刑事と優斗さんに目配せをしてから、コイツらに向き直り、静かに言い放つ。

「安心しろ、静岡より西は治安や社会が保たれている、あれはだ」

 その言葉に全員が固まる。うめき声すら上げられずに呼吸を止めたコイツらの顔から、緊張が少しづつほどけて行く。


「だからお前たちは罪には問われないよ」

 彼らの間に安堵の空気が流れる。胸をなでおろす者、今しがたまで口喧嘩をしていた相手とハイタッチをする者、俯いて特大の溜め息を吐き出し「なんだよもう~」とこぼす者もいる。


「だからお前たちはこの後も好き勝手にやればいい。誰かを殺すも、リンチするも、オモチャにするも、全部自由だ!」


 私が語気を強め、物騒な単語を並べたのに反応して、全員がびくっ、と身を縮める。


「だからお前らがのも、のも、のも、当然のことだ!」

 全員の顔から血の気が引く。私が言葉を吐きながら、ポケットに納めていた拳銃を取り出し、まず男の檻に、そして女の檻に向けて銃口を突きつけたからだ。


「ひ、ひぃっ!」

全員が檻の奥まで後ずさりし、顔を引きつらせて手をかざして顔を隠し、防御にもなっていない防御をする。


 私は銃撃の代わりに、言葉の弾丸を叩きつける。

「言ったはずだ、誰かを殴るなら殴られる覚悟を、殺すなら殺される覚悟をとな! 私はいい。だがお前たちがあの二人の子供に何をしたか、忘れたとは言わせんぞガキ共が!!」

 これでも田舎の建設会社、土方ガテン系の人間だ。お前ら程度の不良少年ゴンタクレどもなんぞ何人もしつけて来た。社会人として生きて行くために、自分が気に食わないから暴れる、などという我がままを押さえなければいけないのは当然のことなのだから。


 大人になると言う事は、我慢を覚えると言う事だ。それが分からず見境なく噛み付くケダモノなど、野放しになど出来るものか!


 この銃は鐘巻さんから借りたもので、弾はすべて抜いてある。なのでこれは脅しでしか無いのだが、反省の欠片も無い悪ガキ共には、このくらいキツいお灸を据えてやらねばならん。


 奴等はしばらく銃口を向けられ続け、なかなか撃たれないことによりプレッシャーを感じたのか、がくがくと体を震わせて涙や鼻水、ヨダレをこぼす。風川に至っては失禁までしていた。


「そのへんでいいでしょう椿山さん」

 鐘巻さんが私の手を押さえ、銃を静かに降ろさせると、安堵した連中に声をかける。

「お前たち、何か言う事は?」

「す、すいませ……」


!」


 南丘スタンガン女がこぼしかけた言葉を一括で押し止める鐘巻刑事。びくっ、と身じろぎした連中が、ばらばらと言葉と頭を落としていく。


「あ、あの子たちに、謝らせて……」

「悪かったよ、子供相手に、あんなこと」

「会わせて下さい……許してもらえるまで、謝り、ます」


 ようやく反省の方向だけは正しい方を向いたようだ。だがもちろん、それだけで許すわけなどない。一時の感情に流された反省など、解放した瞬間に消え去ってしまうだろうから。

 もちろん会わせるわけにもいかない。上辺だけの謝罪など無意味だし、二人を見て逆に逆恨みする可能性まである、自分たちはコイツらのせいで苦しんでいる、などと考えられたら最悪だからだ。


 さて、どうしてくれようか……


 と、静かな地下室に、遠くから放送のようなものが聞こえて来た。これは……バルサンラジオ、お昼の放送。もうそんな時間か。

「ふむ、とりあえず一息入れましょう」

 鐘巻さんはそう言って通路をダッシュで去って行く。ほどなく署内のスピーカーにラジオ放送が流れだす、わざわざ繋いでくれたのか。


”お次はフリートークのコーナーです。さぁ、今日は誰から喋りますか~?”

”はいはーい、滋賀の峰山でーっす。今日は琵琶湖で釣りしてますよー”

”お、いいねぇ、釣れてますか~?”


 優斗さんは私たちが立ち上げたラジオ番組を聞いて「たいしたものですね」と笑みを見せる。私も仲間たちの活躍が誇らしくなり、えっへん、と胸を張る。


 そして悪ガキどもは、放送に耳を奪われ、心も奪われていた。

「……社会、回ってるじゃん」

「そんな、みんな、こんな世界で、どうして、真面目に……生きてるの?」


 社会が破綻してもなお、正しくコミュニケーションを取って生きようとする彼らの放送に対して、簡単に倫理を手放した自分たちの愚かさを痛感せずにはいられなかったようだ。


”あ、松波さんちょっといいですか? くろりんですけど”


「!?」

 割って入ったくろりんちゃんの声に、その場の全員が、はっ! と反応する。


”くろりんちゃん、暴漢に襲われたって聞いたけど、大丈夫なんですか?”

”はい! 横浜にいた空手家の大熊さん夫婦に助けて頂きました、どうも御心配をおかけしました”


 ラジオ局各所から、おお~という安堵の息が聞こえる。そういえば放送の最中に無事を報告するとか言ってたか。くろりんちゃんは放送のアイドルだし、これで皆も一安心だろう。


「ねぇ、これ……あの娘の声?」

「って、大熊!? あのオリンピック金メダルと世界選手権覇者の大熊優斗!?」

 檻の中から優斗さんを見た天藤がそうこぼす。ああやっぱり只者じゃ無かったわ優斗さん。


”それで、私とヒカル君は今回の反省から、大熊師範代に空手を習ってます”

 その放送を聞いて、え? あ…と声をこぼす悪ガキ共。


”今ヒカル君が技の練習をしています、聞こえますかー?”


 放送に耳を傾けると、確かに彼の声で「せいっ! せいっ!」と気を吐くのが聞こえている。


”ヒカル君、『私を守れるような、強い男になりたい』って頑張ってるんですよ、えへへ♪”


”えらいっ!”

”ヒューヒュー♪”

”かっこいー”

”パチパチパチパチ”


 絶賛の言葉と拍手がラジオから溢れてくる。うんうん、いい放送になってるじゃないか。


”ちょっと! くろちゃん、そんなの全国に流さないで!”

”コラ! 稽古中に気を散らすんじゃない、追加三十回だよ!”

”お、押忍っ!! せいっ! せいっ!”


 あららー、ちょっと残念な流れになったか。



「俺達……カッコ悪いよなぁ……」

 頭を抱えて嘆いた山根に続いて南丘が「あたしたち、マジワルモノじゃん」と頬杖をついて自虐の言葉を吐く。

「いーなぁ、青春してて。」

「俺達、どこで間違ったかなぁ」

「やり直してぇよ……マジで」


 ヒカル君の、その正しい道を行く行動に当てられたのか、連中は自分たちがいかにカッコ悪い悪役に成り下がってしまったのか、という嫌悪感に苛まれていた。



 どうだ、カッコいいだろう、白瀬ヒカルという少年は。

 自分の両親を殺した犯人にさえ、憎しみを叩きつけなかったその精神の高さ。私たちを救って尚、戦えなかった自分の不甲斐なさを認め、そんな自分を変えようとする志の高さを。


 どうだ、可愛いだろう、夏柳黒鈴という女の子は。

 己のコンプレックスと向き合い、家庭環境の悪さを恨みもせずに、毎日を頑張って生きる、まだたった十二歳の女の子の生き方を。

 苦手な物オトコを、それでもより広い世界へ踏み出して克服しようとする、その前向きなココロを。


 お互いに魅かれあい、影響し合って高め合う、一組の微笑ましい男女の姿を。まるでボーイ・ミーツ・ガールの物語の主人公ような、私の自慢の子供たちを!



「ねぇ、おじさん」


 声をかけて来たのは虎米だった。無言で見下ろす私に向かって、彼女は静かにこう言った。


「アタシ達にさぁ、あの子の為に、出来る事って、ない……かな?」

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