第三十話 六人の事情
朝、私はいつもと全く違う目覚ましの音で目を覚ます事になった。
「せい! せいっ!」
「やぁ、やぁっ!」
「声が小さい! もっとお腹の下、おへそから声を出す!」
「「
ななな何事? と飛び起きて、ようやく私は昨日から大熊氏の空手道場に泊り込んでいる事を思い出した。
で、声の主はなんと、白い空手着を着こんで正拳突きの練習をしているヒカル君とくろりんちゃん、そしてその正面に立って指導している師範代、
「おお、お早うございます
私の脇に座っていた師範の
「なんでも白瀬君が昨日の一件で『強くなりたい』と思って妻に入門を志願したらしくて、夏柳ちゃんもそれならと一緒に始めたんですよ」
あ、なるほどなぁと納得する。確かに昨日の功労者のヒカル君だが、やはり男の子として自分の力で戦いたいという気持ちはあるだろう、くろりんちゃんを守りたいと思うのも彼ならありそうだし。
実際、私も少し見習うべきだろう。二人の保護者として同行しているのに、昨日はあわやという事態に陥ってしまった。この社会が死んだ無法地帯の世界では、私がもっと
「というわけで、ケガの療養はゆっくりとお願いしますよ。彼らに少しでも長居して欲しいしね」
いやそれは流石に無理だろう。早いとこ体と車を直してラジオレポートを再開したいし、何よりいつまでもお世話になっているわけにいかない。既に大恩ありすぎて、しかもこちらから返せるものが何かあるわけでもないのに。
「ま、とりあえず頑張ってる少年少女の為に、朝飯の準備をしましょう」
「ですねー」
なんとなく蘭さんと子供二人で『空手教室』な空気が出来上がっているので、のけ者のオッサン二人で朝食の支度にかかる。といっても夕べの鍋の残りで雑炊を作るだけなので楽なんだけど。
「「いただきまーす!」」
朝練が終わり朝食タイム。ヒカル君は空手着を着たままで、食後も練習に入るそうだ。一方のくろりんちゃんは井戸水のシャワーで汗を流しており、午前中は見学しつつ、できればバルサンラジオの放送時にちょこっと現状報告などやりたいらしい。
「へぇ、優斗さん『入り婿』なんですか、意外な感じですね」
「ええ、妻とは幼馴染で、ずっと泣かされてきたんですよ」
「ちょ、ちょっとー! それは小学生まででしょ」
朝食を取りつつ、二人の意外な馴れ初めを聞かされて思わず笑顔になる。”大熊”は蘭さんの実家の苗字で、幼馴染の
「師範、子供の頃いじめられっ子だったって……うそでしょ?」
「それがホントなのよ。ずっと泣かされては私が助けてねー」
ヒカル君が目を丸くして問う。なんでも子供の頃の優斗さんは体が弱く、乱暴事も嫌いで空手はやらなかったそうだ。でも中学生の時にイジメに思い悩んで自殺を図り、それで蘭さんの親父さん、つまり当時の師範に『死んだ気になって空手を始めてみろ』と勧められ、そこからめきめきと腕を上げ続けたそうだ。
ううん、ヒカル君にとって、すごく背中を押してくれそうなエピソードだなぁ。
食後、私は痛む体にムチ打って、手空きの優斗さんにお願いをする。
「すいません、カウンタックでドライブに行きたいんですが」
「まっかせなさい! 真面目な少年少女はほっといて、おっさん同士楽しみましょう!」
その提案にヒカル君もくろりんちゃんも(えー)という顔をする。いいから、君達は青春の汗を流してなさい、私にはやる事があるんだから。
「いたたたた……さすがスーパーカー。振動が凄い!」
「年代物ですからねー、もうちょいゆっくり走ります?」
カウンタックの助手席で、私は初めて乗るスーパーカーの強烈さと轟音と狭さが傷に響くのに堪えながら、夢の車を堪能しつつお願いする。
「大丈夫ですよ、走ってナンボなんですから。それより、近くのホームセンターに寄って頂けますかー」
「了解です。じゃ、チト飛ばしますよ」
え、まだ飛ばしてるレベルじゃなかったのか……スピードメーター見るのが怖い。
ホームセンターに寄った後、私たちは昨日悪党どもをぶち込んだ警察署へ、鐘巻さんを陣中見舞いに訪問した。
◇ ◇ ◇
「お早うございます鐘巻さん、差し入れ持ってきましたよ」
「おお、ありがとうございます。ケガは大丈夫ですか?」
警察署にて、鐘巻さんと挨拶を交わした後、早速気になっていたことを問いただしてみる。
「それで、あの六人、どうしてますか?」
昨日ここの留置場にぶち込んだ六人。彼らは彼らで何故かホイホイの中に入っていなかった。そして留置場で一晩過ごした奴らが、今度こそホイホイの中に逃げたのかどうか気になっていたのだ。
「ええ、大人しいもんですわ。夕べの事情聴取にも素直でしたし、やはり『まだ社会が生きている』って吹き込んだのが効いてますね。
彼らの蛮行はひとえに『社会が死んでいる』と思い込んでいるが故だった。でも、もし私のハッタリ通り静岡より西に社会が、司法や立法が生きているとなれば彼らは犯罪者として裁かれることになる。鐘巻さんが真面目に調書を取ったりしたので猶更信じ込んだのだろう、自分たちがやらかした事に頭を抱えて嘆く者もいたそうだ。
「あの六人、東京の総合格闘技のジム仲間のようです」
そう言って六名の調書を見せてくれた。リーダー格の男は
ヒカル君の乗った車をボコボコにしてた金髪女は
私を解体するなどと言ってた阿婆擦れは
ちなみにそのジムの社長令嬢らしい。甘やかされて育ったんだろうな、なるほど名前も相まってああいう性格になるわけだ。
以下、大学生の
この三人は単にダイエットや健康の為にジムに通ってただけらしい。最初の二人に比べると格下になるのは無理も無いな。
で、どうやら群馬までつるんでキャンプ旅行に行ってた時にホイホイが出たそうだ。一応試合前の山籠りの体を取ってたので数日そのまま山で過ごして戻ってきたら、知り合いも知らない人も皆ホイホイの中だったそうだ。それで理性のタガが外れてしまったらしい。
そう考えれば多少は同情もする。試合を控えてのキャンプに行って帰ってきたら、対戦相手も試合会場もセコンドやコーチも、そして観客もすっかり姿を消していたんだから、やさぐれるのもむべなるかな。
だけど、それとこれとは話が別である。
「鐘巻さん、今日ここに来たのは、たってのお願いがあるんですよ」
そう言ってホームセンターで拝借して来た充電電池式の
「どうか、拳銃を一丁、融通して頂けませんか」
私は保護者として、ヒカル君やくろりんちゃんを守る義務がある。だが今回のようなケースで、体一つではとても彼らや自分を守るのは不可能だ。
ならどうするか、あのスタンガン女のように武器を持つしかない。幸いここは警察署、警官が使う銃が必ずあるはずだ。無論施錠はされているだろうが、このグラインダーを使えば大抵の鍵などぶった斬れる。
鐘巻さんと私、そして優斗さんの間に沈黙が流れる。やがて出た鐘巻さんの答えは――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます