第十六話 思わぬ出会い、思わぬ提案

「何をしているっ!」

 くろりんちゃんの叫び声がした部屋の前のドアに立ったヒカル君が、中に向かってそう叫ぶ。

 が、次の瞬間に彼はぎょっとした表情で一歩引く。次の瞬間、部屋から飛び出してきた何者かが彼を押し倒す!


 人だ! 人間じゃないか!!


「貴様っ、ヒカル君から離れろ!」

 私がそう叫んだ途端、彼を押し倒した者が顔をこちらに向ける。その異様な圧に私も思わず足を止めた。


 血走った目、その下にある濃いクマ、痩せ細った頬骨に口角を吊り上げて見せる笑み。その男性と思われる人物は、まるで精神に異常をきたしているかに見えた。


「ひ、人……こっちにもいたぁ」

 男はゆらりと立ち上がると、こちらに向けて一歩踏み出して来る。


 普段なら悲鳴を上げて逃げ出すか、あるいは子供二人の為に戦うかを選択しただろう。

 しかし、彼のその顔にはどこか心当たり、というかシンパシーのようなものが感じられて、恐れも敵愾心もわりとあっさり霧散した。


 ああ、この人、寂しさと人恋しさでちょっとおかしくなっちゃってるなぁ。


「人おぉぉぉ」

 こっちに向かって駆け出して来るその男を見る。彼の脇に浮いているウィンドウは布とテープでぐるぐる巻きにされていた。欲望に負けないように画面を封印しているのだろう。


「湊さん、危ない逃げて!」

 ヒカル君がそう叫ぶが大丈夫だ、彼に害はない。突っ込んで来た男をがっちりとハグして受け止めると、その背中をポンポンと叩いてなだめる。


「大丈夫ですよ、私達もあの窓に入らなかった人間です、落ち着いて下さい」

「は、は、は……よかった、よかったぁ~」

 男は私に抱き着いたまま、がくがくと体を震わせながら安堵の息を漏らす。かつて私も北九州で人恋しさに負けそうになったが、彼はホイホイを封印したことでさらなる寂しさに囚われて、おかしくなる寸前だったのだろう。


 子供のように慟哭するその男の向こうで、ヒカル君と部屋から出て来たくろりんちゃんが心配そうに見ている。私がピースサインをすると二人は、ほっ、とした表情で胸をなでおろした。



      ◇           ◇           ◇    



「本っ当に、すいませんでしたぁっ!」

 スタジオに戻ってその男と向かい合って座った後、彼は私達三人に勢いよく土下座してみせた。


「もう寂しくて寂しくて、なんとか人と出会えないかと毎日ここに来てラジオ流し続けてたんですよ! 誰かが放送を聞いてココに来てくれないかな、って」

 言われてみれば確かにそうだ。放送で流していたCDは録音された物だったが、それをセットして再生する者が居なければラジオ電波にのるはずがないのだから。


「まぁくろりんちゃん、ヒカル君に飛びついたのは事実だからね、ちゃんと謝ってるんだし、許してあげてもいいんじゃないかな?」

「僕は……別にいいッスけど」

「私も、湊さんがそう言うなら」


 私の言葉にふたりも渋々ながら同意する。まぁこの男、見た目がかなり追い詰められた表情だったし、男性恐怖症のくろりんちゃんにしてみたら相当に怖かっただろう。お陰で今もヒカル君の背中にやや隠れながらなの状態だ。



松波発破まつなみはっぱって言います、二十七歳になります」

 そう自己紹介をする男。彼はこのラジオ放送局の音響係のスタッフで、かつてはDJを目指してここに就職したそうだ。以来ラジオ番組の制作に関わってき続けたのだが、ホイホイ騒動のお陰で次々とスタッフがいなくなってしまったらしい。


「そりゃないッスよねぇ。ラジオってこういう時こそ頑張らなきゃいけないのに、みーんな窓の中に逃げちゃって……」

 確かにそうだ。緊急の災害時にはラジオほど役に立つものはない、パソコンや電話、TVなどは電気が死ねば役立たずだし、スマホも通信が終わってると使えない。

 だがラジオなら自動車には必ず備わっているし、携帯ラジオも乾電池で何週間も持つ優れモノだ。彼もまたそのラジオに携わる者として、地域を救おうとこの放送局に入り浸りになっていた、というワケか。


 彼なりにこの世界の状況に抵抗していたんだな。


「私達は生き残っている人達を探して旅をしている。あ、私は椿山湊つばきやまみなと、四十四歳です」

白瀬しろせヒカル、十五歳ッス」

「あ、あの……夏柳黒鈴なつやなぎくろりん、十二歳、です」


「え、えええええっ!? じゅう、にさいっ?」

 お約束とばかりにくろりんちゃんの年齢に驚く松波は、とんでもない事をしてしまった、と再度土下座を敢行する。まぁそりゃ小学生女子を押し倒したとか、社会が生きてたら完全に事案逮捕だ。



「四国から九州を回って、ここまで来て、たった三人ですか……」

「うん、このウインドウ、私たちは『にんげんホイホイ』って呼んでるけど、なかなか人の柔らかい所を付いて来るよ、えげつなくね」

「ぷ、にんげんホイホイってそりゃいいや。ラジオに流したらバズりそうだ」

 

 私たちがお互いの状況を話し合っている間、子供二人は距離を取って話には入ってこなかった。大人の男同士の話というのもあるが、いかんせん第一印象が悪すぎたのだろう。


 そうなって来ると深刻な問題がある。彼を私達と同行させるか否か、という事がだ。


 今までは成人男性の私と少年少女の二人である意味バランスが取れていた。しかしここに彼が加わったら明らかに大人有利、男性有利なパワーバランスになってしまう。特にくろりんちゃんにとっては不安しか無いだろう。


 しかし人恋しさでおかしくなりそうだった松波をここに置き去りにするのもどうかと思う。折角待望の人に出会えたのに、またここで独りぼっちじゃ今度こそ精神が崩壊するだろう。石川県まで来てやっと出会えた人物に、そうなってほしくはなかった。

 さて、どうしたものか。


 とりあえず場を和ませる意味も込めて夕食にすることにした。松波が休憩室に持ち込んだ冷凍食品と私の手持ちの米で、なかなか豪華なディナーになったのは良かった。


「うめー、唐揚げなんてひさしぶりー」

「うー、おいしい! ここも太陽光発電しててよかったですね」

 子供二人は久々のレトルト以外の食事にすっかりご機嫌だ。このビルにも太陽光パネルと貯水タンクがあり、冷蔵庫も生きていたのでホイホイ初日に松波氏が周囲のスーパーからかき集めていたそうだ。ナイス判断だな!



「三人はこれからも全国を回るんですか?」

 食後、松波がどこか不安そうに聞いて来る。

「ああ。匿名掲示板で二日目までは生存者がいるのを横浜と東京で確認してる。とりあえずそっちに回ってみるつもりだ」


「え……掲示板って、ひょっとして、サーティーンチャンネル?」

 驚いてそう叫ぶ彼に、私が、そしてくろりんちゃんが目を丸くして返す。

「「ひょっとして、石川の人!?」」


 驚いた、大当たりでした。彼も私やくろりんちゃんと同じ、あの掲示板に書き込んでた人物だったとは!



 その夜は結局、その後の事は話さずに就寝した。私と松波が給湯室で、くろりんちゃんとヒカル君は休憩室で寝ることにした。さすがに松波を一人で寝かせるとまた寂しい病をぶりかえすかもしれないし、ヒカル君と一緒にするのは接点が無さすぎて無理があるだろう。


 ヒカル君、信じてるぞ。くろりんちゃんに手を出すなよ。



      ◇           ◇           ◇    



 幸いに何事もなく朝を迎えることが出来た。まぁヒカル君が寝不足そうだったり、朝のトイレがちょっと長かった気もするが、そこはスルーしておこう。



「皆さんに、お願いがあります」

 朝食の席で松波がそう切り出した。間違いなく今後の方針を決めるであろう話に、私達三人にぴりっ、とした空気が走る。


 だが、その後に彼が出した提案は、私たちの予想とは全く違った物だった。


「この四人で、全国にラジオ放送を流してみませんか!」


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