第十五話 希望と危機と

 がたがたっ! と全員が腰を浮かし、そのラジオ放送にかぶりつくように聞き入る。


『Hey、まーだコッチ・・・にいる辛抱強いリスナーのみんな、元気してるかい?』


 いたのか! まだホイホイの中に入らずに、日常のお仕事であるラジオ放送を続けている人物が。

 いや、口ぶりからするとこのDJだけではない、放送を聞いているリスナーも何人かはいるようだ。果たしてハガキかFAXか、あるいはメール通信が生きているのか。

 それだけではない。DJだけでラジオ放送が出来るはずはない、ならばそのスタッフも何人かはこの世界にとどまり、放送を続けていると言うのか……!


「湊さん、ヒカ君っ!」

 後部座席からくろりんちゃんが身を乗り出し、私と助手席のヒカル君に叫ぶ。私もうん! と頷いて彼女と、そしてヒカル君とハイタッチを交わす。


「どこだ、そのラジオ百万石ってのは!」

「待って下さい、今検索します……出ました。こっから北へ15km、石川通信ビル内です!」


 私の言葉に応えてヒカル君が手持ちのスマホで地図検索し放送元を突き止める。そこに行けば誰かがいる、ホイホイの誘惑に負けずに、この石川県内に放送を届けている人達が存在するんだ!


「ナビを頼むよ!」

 興奮を抑えきれない声で、ハンドルを握りアクセルを踏む。

「すごいね石川県!」

「うん、放送してる人じゃなくて、聞いてる人もいっぱいいるみたいだ!」


 くろりんちゃんとヒカル君が興奮した様子で何度も手のひらや腕を合わせる。若者向けのハイタッチなのかやたら長いな、まぁおじさんには付いていけないし、運転があるから寂しくはないやい。


 それにしても本当に僥倖だ。思えばあの匿名掲示板にて生き残って来た人を探しに旅に出て、北九州でくろりんちゃんと出会い、石川への道中の京都でヒカル君と合流できた。これはこの先の放送局、そして掲示板に書き込みのあった横浜、東京にも多くの人と出会える予感が湧いて来る。


「そこを右に、そのまま直進800m」

 ヒカル君のナビに従い車を走らせる。かっ飛んで行きたいのはやまやまだが、それで事故を起こして二人をケガさせたら大馬鹿者だ。心と足にブレーキを効かせながら目的地のビルに向かう。


「ここです、このビルの六階!」

「とーちゃくーっ!」

 車から飛び降り、正面玄関のガラス戸を押し開ける。カギはかかって無かったが、ホールに人の気配はしない。


「誰も、いないのか、な?」

 ヒカル君の言葉に、胸に嫌な予感が走る。人の気配無く、照明も落ちているそこには、今までの旅路と同じゴーストタウンの雰囲気が漂っていた。


「とにかく、六階っ!」

 くろりんちゃんが階段を見つけて駆け出す。そうだ、たった今しがた放送してたじゃないか、そこに行けばきっと誰かが居て今もオンエアの最中のはず!


「はぁっ、はぁっ……ちょ、ちょっと、待っ、て」

 さすがに十代の子供二人と同じペースで階段を駆け上がれるはずもなく、私は置いて行かれる。

「はぁ、はぁ。あ、ヤバいな。放送中に音とか建てたら迷惑になる、かも」

 オンエア中に彼らがスタジオに飛び込んだら放送の妨害になるだろう。そのへん二人が気を使って迷惑かけなきゃいいんだが……ま、まぁ生存してる人間がゲストとして来たなら多分歓迎されるんじゃ、ない、かな。


 四階の踊り場まで来て、ヒザに手を付いて息を整えながらそんな事を想う。あー歳とったなぁ、こんだけ走れなくなってるとは!



      ◇           ◇           ◇    



「ここよね、六階!」

「ああ。うわっ、部屋いっぱいあるなぁ」

 六階に飛び込んだ二人を待っていたのは、フロアの中央に伸びる通路と、その左右にある無数のオフィスだ。この中のどこかに放送局「ラジオ百万石」があるはず!


「クロちゃんはそっち側見て来て、僕は逆を見て回るから」

「分かった」

 階段がビルの中央にあるので、部屋は東西にほぼ同じだけある。二手に分かれて目的のスタジオを探して歩く二人。


「ここは何かの会社、こっちは……給湯室か」

 白瀬ヒカルは部屋の一つ一つを早足で見て回る。だが目的のラジオスタジオはなかなか見当たらず、気持ちばかりが焦る。

 確かにスマホの情報ではこのビルの六階だった。通信が死んでいる今の社会だけど、それから今までのこの短期間にスタジオが引っ越したとは考えにくい。こっちに無いならやっぱりクロちゃんの行った方に……。


「ここは(株)ケイジ、こっちは会議室、次は配電盤室、その次はラジオ百万石、その向こうは……って、ここじゃん!」


 ぐるりと体を回してそのプレートの部屋に向き直る。駆け寄ってドアノブに手を添えた所で、おそらく今もオンエア中であろうことに気が付いた。


(どうしよう、クロちゃんや湊さん、呼ぶか?)

 そう考えもしたが、「こっちこっち」などと声を上げて呼ぶのもためらわれる。そもそもクロちゃんは今、どこかの部屋に入っているみたいで廊下にはいないし、湊さんはまだこの階に上がってきてすらいなさそうだ。


 意を決してドアノブを回し、音を立てないようにゆっくりとドアを開ける。

(おじゃま、しまーす)


『ハーイお次は能登町にお住いのラジオネーム”越前ガニの右手は味が濃い”さんからでーっす。というかそ名前ホントに根拠あるの?』


 ドアに隙間が開いた途端、先程車内ラジオで聞いていた声が耳に飛び込んでくる。やった! と拳を握りながらドアを開けて入室する。さぁ、ここに人が居る……


『この窓の中に入ったらハッピーになれるかって?そりゃその人次第じゃないかな? ああ私も明日当たり入ろうと思うけどねー』


 その光景を見て、ただ僕は、立ち尽くすしか、無かった。



      ◇           ◇           ◇    



「ゼェ、ゼェ・・・・・・ここかい、ヒカル君、くろりんちゃん」

 ようやく六階のフロアまで来て、開けっ放しの扉の前に立つ。中からはさっきのDJの放送が聞こえていて、ふたりのどちらか、または二人とも入室を認められたのかと察する。放送がつつがなく流れている事から察するに、彼らも邪魔しないように部屋の隅で聞いているのだろう。


 部屋の中に一歩踏み出した時、私が見たのは……期待した光景とは真逆のものだった。


 そこにはヒカル君以外誰も居なかった。部屋の中央に置かれた機材から、DJの言葉がつらつらと流れている。機材の中でCDディスクらしき物がぐるぐると回っているのが、この部屋の真実を示していた。


「湊さん、これ、この放送……ホイホイが現れた当日の奴ですよ」


 落胆を隠せない表情でヒカル君が見せたのは、ホイホイが現れた日付けが記入されたディスクのケースだった。


 何のことは無い、私たちは過去の録音CDを聞かされて、そこに多数のスタッフやリスナーがいると勘違いして、喜び勇んでここまで飛んできたという訳だ。


「はは……なんて、こった」

 石川県よ、そりゃあんまりだろう。期待を持たせて絶望させるなんて酷いじゃないか。


 機材の前に立って私は、やり場のない怒りをそれに向ける。拳を振りかぶって構えると、そのCDが見える小窓に向かってパンチを放ち……


 直前で止めて、ラジオのボリュームをすっ、と下げた。思わずズッコケたヒカル君が、ヒザを付いたままツッコミを入れる。

「紛らわしいことしないでくださいよ」


 いやぁ、すまんすまん。本当は殴りたかったが、君といる事を咄嗟に思い出して大人気ない真似を止めたんだよ。うん、怒ってもしょうがないよな。



 その時だった。ラジオとは違う声が、その機材とは別、廊下の方から聞こえて来たのは!


 ――きゃあぁぁぁぁーっ――


 聞き慣れた声の、聞いた事もないトーンの叫び声!

「クロちゃんっ!?」

「行くぞっ!」

 二人して部屋から飛び出す。今のは確かにくろりんちゃんの叫び声だ! 彼女が悲鳴を上げるなんて、一体何が?


「あっち側、あの部屋のどこかに!」

 階段の反対側に向けて駆け出すヒカル君。私も後を追いながら思う。もしラジオのボリュームを下げていなかったら、彼女の悲鳴を聞き逃していたかもしれないと思うとぞっとする、よくもまぁ上手いタイミングで音を消したものだ。


 しかし一体何が? こういう廃墟にいて女の子が悲鳴を上げるとしたら、ゴキブリとかネズミとかならいいんだが、もしそれ以上の大型の動物……例えば飼われていた大型犬とか、動物園から逃げ出した猛獣とかがいたなら、大変なことになる!


「クロちゃんっ!」

 ヒカル君がひとつの部屋の前で足を止める。そしてその中からくろりんちゃんの声が響く!


「ヒカ君、助けてっ!!」


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