第十七話 燻し出すラジオ
「「ラジオ放送っ???」」
私とくろりんちゃんとヒカル君の声が思わずハモる。この石川で出会った松波発破氏のその言葉はあまりに意外で、そしてスケールの大きなものだったから。
「ずっと考えていたんですよ、自分の放送を全国に流したいって。ホラ、私DJ志望だったし」
そういえばそうだった。彼がこの誰も居ない世界で自分がDJとなってラジオ放送をしたいと思うのはまぁ分かる。とは言っても……
「全国に流すのは無理があるんじゃないか?」
「そもそも今の状況じゃ、誰も聞いてくれないんじゃ」
「私に出来る事なんて、何もないと思うんですけど」
各々がそう反論する。そう、この石川県内ならともかく全国に発信するとなると周波数が合わなくなる。加えてラジオを聞こうという人がそもそもいないのだから、それは空しく音と声を垂れ流すことになるだけだ。
確かにこの日本にはまだ私達みたいな「にんげんホイホイ」に入っていない人物もいるかもしれない。だけどその人たちがふと「ラジオがどこかでやってないかなー」と思い、たまたまこの石川放送に周波数を合わせて、受信できる場所まで来てもらって放送を聞くなど確率的に無理な話だろう。
「いや、それが出来るんですよ。みなさんが協力してくれれば!」
そう言って彼はひとつの小さな機械を見せる。財布サイズのその箱型機械はジャックを差す穴と、小さな液晶が表示されている簡素なものだ。
「これ、他局との放送を繋ぐ機械なんですよ。ほら、よくあるでしょ? 『この放送は全国24局の放送局をネットしてお送りしています』って奴」
ああ確かに、有名な番組なんかじゃよく聞くパターンだ。そもそも地元の放送局が24時間全ての放送を自前でやってるワケじゃない、間に全国的な有名番組やCMを挟むのはラジオのお約束だろう。
「みなさんは人を探して全国を旅するんですよね。その旅の最中に各県の放送局に立ち寄ってもらって、この機械を使って、ここからの放送を他所でも聞けるようにしてほしいんです」
「あ! なるほど」
ポンと手を打つ。もしそれが出来たらここから流す放送を、他県の地元の周波数でも聞くことが出来るだろう。
「でも……生き残ってる人がラジオを聞くかなぁ。最初の頃はともかく、もうホイホイ出てから10日以上も経ってるわけだし」
ヒカル君が鋭い所を付く。確かに初期はラジオで情報を集めようとした人も多いだろう。しかし今さらラジオにすがる人はいるのだろうか……『口コミ』という動きが死んでいる人間のいない社会なら尚更だ。
「そこで、もうひと手間お願いしたいんですよ」
ニヤリと笑って人差し指を立てる松波。
「みなさん、役場や市役所なんかで流れる町内放送とか、聞いた事ありませんか?」
「えーと、お昼の時報とか、五時のお帰り放送とか」
「献血のお知らせとか、Jアラートのテストとかもある」
「うん、私もよく聞くよ」
都会じゃどうかは知らないけど田舎ではその手の放送はお約束だ。私もそうだが外で働く現場作業員にとって、それは昼休憩や終業のいい合図になる。場合によっては不審者情報や、台風時の道路の冠水なんかも知らせてくれる有難いものだ。
「それを使うんですよ、そうすればここからの放送を、
「「あ、あーーーっ!」」
思わず叫んでパン、と手を打ち鳴らし、お互いの顔を見合わせる。
これは……名案だ! これなら不特定多数の人にこの放送を聞かせる事が出来る、どこかに生き残っている人に呼び掛けることが、車一台でウロウロするより遥かに効果的に叶うじゃないか!
そうすれば未だにこの世界に居る人を見つけ出すのがすごく容易になる。終わったはずの町内放送でラジオ番組なんて流れたら、誰だって驚いて興味を持つだろう。
「それなら、聞いた人がその放送局に行けば、放送に割り込んでしゃべる事が出来るかも!」
ヒカル君の提案に松波がぐっ、と親指を突き立てる。そうか、放送中に「最寄りの放送局のスタジオに来て喋ってください」って言い続ければ、生きている人とラジオを通じて会話すら出来る。
「すごい! それなら確かに、素敵なアイデアですっ!」
くろりんちゃんが目をキラキラさせ、うんうんと体を上下させながらながらそう返す。
「お、乗り気だねぇ。じゃあ夏柳さん、リポーターお願いね」
「……えっ?」
「君達三人はいわば
松波がくろりんちゃんにウィンクしてそう返すと、彼女の表情がさーっ、と青くなる。
「む、ムリムリムリムリ無理ですぅっ!」
一歩引き、両手の平を胸にそえて首をぶんぶん振る彼女。
「でもやっぱリポーターは女子がお約束だし、夏柳さん美人さんなんだから適任だと思うけどなぁ」
「確かに」
「うんうん」
私とヒカル君が頷くのを見て、くろりんちゃんが半分涙目で訴えかける。
「ちょっとおぉぉぉぉぉー」
まぁどうしても無理なら私やヒカル君がやるしかない、彼女に無理を強いてホイホイの中に逃げられたら事だし。
けど出来れば番組の華として、彼女に頑張ってもらいたいところなのだが。
◇ ◇ ◇
その日から私たち四人は早速準備に取り掛かった。この忌々しい「にんげんホイホイ」から逃れている人とのコンタクトを取るための、ラジオ放送の実現に向けて。
私の担当は車の運転、そして各所を回るスケジュールの管理だ。各県の放送局と役場の位置を事前に調べ上げ、効率よく移動して放送を繋げていかなければならない。ほんの一日、一時間、いや一分違いで残ってる人がホイホイに入ってしまうかもしれないのだから。
あと、くろりんちゃんとヒカル君の健康管理、食料調達、天候などによる危険回避も私の役目になるだろう、大人としてしっかりしなければ。
ヒカル君は機材の設置担当だ。元々CGデザイナーの息子としてアニメスタジオなどに出入りする機会が多かった彼は、機材の知識や設置方法に詳しかった。松波に色々アドバイスを受けながら電源関係や接続の知識、応用を教わっていく。
三日目には県内の他局や役場を回り、彼一人で設置することに成功した。テストの結果も上々で、ちゃんと街中に声を届けることが出来ている、これなら大丈夫だろう。
最初は渋っていたくろりんちゃんだが、私やヒカル君が頑張っているのを見て覚悟を決めたらしい。松波やヒカル君にセリフ回しや明るい発音の仕方などのアドバイスを受け、何度も私達に向かっておしゃべりの練習をし続けた。
あ、のど飴調達しておくべきだなこりゃ。
「で。本当にいいんだね」
松波にそう問うておく。我々三人が現地レポートの旅に出るならば、また彼はこの地で一人残って放送を続けることになる。
彼はつい先日、孤独に耐えかねて錯乱していたのだ。せっかく我々と出会えたのに、また独りぼっちになるのはさぞ酷だろうに。
「ええ、夢だったDJをやれるんだし、それに……なんか三人で家族みたいじゃないですか。私が割って入るのは、なんかお邪魔な気がして」
頭をかきながらそう返す松波。いや私も二人と出会って少ししか経っていないんだけど……やっぱり最初に子供達にとびかかった事を今でも気にかけているんだろうなぁ。
「大丈夫ですよ、ラジオっていうのは、空で繋がっているんですから」
彼の覚悟の言葉に頷くしか無かった。一カ月もすれば一回りして帰って来るから、それまで頑張れ!
◇ ◇ ◇
四日後には全ての準備が整った、いよいよこれから新ラジオ番組の開始、そして日本各地を回って機材の設置と各所のレポートの旅に出発することになる。
今回はまず南下して愛知、静岡、神奈川から関東一円をぐるりと回って、新潟方面から石川に戻る旅となる。車にはここのスタジオと直通のアマチュア無線を積み込んで、いざという時の対処が出来るように準備してある。
だが出発直前になって、いきなり腰を折られるような事態が起きた!
「今更でなんだけど、このラジオ番組の名前ってどうします?」
「本当にいまさらですね!」
松波の呑気な言葉にずっこけつつツッコミを返すヒカル君。いや考えてなかったんかい!
「いくつか考えたんですけど、なんかこう……ピンと来るものが無くって」
うーん、と皆が首をひねって考える。今この世界に居る人に呼び掛けるのにふさわしい名前……この忌々しい『にんげんホイホイ』に対抗するための名前で何かしっくりくるものが無いか。
呼びかける、召喚する、にんげんホイホイに対抗する……いや、待てよ。
にんげんホイホイ。つまり我々人類はゴキブリに例えられているわけだ。
だったら、今生きている人たちを表に出て来させる。つまり『燻り出す』、そんな名前で対抗すれば……
◇ ◇ ◇
私たちが車を走らせてすぐ、この世界の運命を決める放送がオンエアされた。運転しながらラジオから流れる松波の言葉に耳を傾ける……
―ハーイ、未だに浮かんでいるウィンドウ『にんげんホイホイ』に入らずに居る、しぶとい
―『松波ハッパの
「ぷくくくく」
「キャハハハっ、やっぱおかしー」
「なんとも失礼な番組名だな」
車内で笑う我々三名。でもまぁうん、このくらいのインパクトがあってもいい。
この番組の目的は、沈んでいる人類を引っ張り出す為なんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます