第六話 そしておじさんは少女と出会う (愛媛~福岡)
西へ西へと車を走らせるも、やはり人の気配はなかった。
四国でも一番の都市、松山市の中心街をクラクションを鳴らしながら走ったが、何事かと飛び出して来る人は一人もいなかった。代わりに建物の中を見るとまぁ小窓がたくさん浮いてる事……自宅ならともかくこんな不特定多数が居る場所でよくもまぁ欲望を解放できるもんだ。
「県民性かねぇ」
愛媛県民の全てがそうでは無いだろうが、どちらかというと「右へならえ」の嗜好が強い県民と言われる彼らは、一人がホイホイされると「じゃ俺も」「私も」なんてノリで入って行ったのかもしれない。窓の先が願望世界であるなら尚更だろう。
しばらくウロウロしてみたが無駄のようだ。諦めて高速に乗り中国地方に渡る「しまなみ海道」を目指す。思えば四国を出るのは数年ぶりで、その時も大鳴門橋か瀬戸大橋を渡るので、このルートは初めてだ。なんとなくワクワク感を抱いてハンドルを握る。
「おお、予想以上だなこりゃ」
いくつかの島を橋でまたいでいくしまなみ海道は、渡る先まで一直線の他の本四連絡橋と違い、各島に寄り道しながら渡って行く感じが強い。瀬戸の絶景を右に左に進路変更しながら進む様は、のんびりドライブにはうってつけだろう。
そして夏の空が見せる景色がまた素晴らしかった。天高い空に力強く湧く入道雲が、瀬戸内海のきらめきと島々の緑に実によく映える。伊達に「東洋の地中海」と称されているわけではないな。
白滝山展望台に車を止めしばし夕焼けに見入る。力強い夏の雲が夕焼けに映えるその光景は圧倒されるほどに美しく、普段の私たちの住んでいる世界とは思えないほどに幻想的だった。
傍らに浮くウィンドウの中の世界などには到底醸し出せない、この世ならではの絶景だ。ざまぁみろ「にんげんホイホイ」!
「智美や里香にも、見せてやりたかったなぁ」
既にウィンドウに入ってしまった妻や娘にこの絶景を見せてあげる事は、もう出来ない。彼女らが見られるのはすでに見た事がある景色と、想像の中で描ける世界だけなのだ。そう思うとこの素晴らしい景色が、どこか恨めしくなってくる。
「せめて、写真だけでも撮っておくか」
あの窓から妻たちが出て来られる可能性は低いだろうし、こちらからあの小窓に写真をかざしてみても、あちらで見ることが出来るとは思えない。こちらからは覗けるけれど向こうはこちらに一瞥もくれなかったのだ、多分向こうからこちらは見えないのだろう。
結局、しまなみ海道途中の向島で車中泊した。人に出会うのが目的である以上、夜に車を走らせてもあまり意味はない。電気が止まっていて街灯もつかないのなら尚更だろう。
明日こそは誰かと出会えることを期待しながら、眠りに落ちて行った。
翌朝早くに広島県本土上陸。初めての来訪に感動するが肝心の人が居ないとそれも半減だ。なので例によって都市部をクラクションを鳴らしながら走り回ったが、誰にも出会うことなく時間だけが過ぎ去ってしまった。
「お好み焼きぐらい食べたかったなぁ」
「ネットとか見てると、ちょい怖いけどなー」
物騒な事件がちょくちょく報道されているかの地は『修羅の国』などとネットスラングで揶揄される事が多い。日本社会が崩壊した今にあっては、本当にモヒカンヘアーの男たちがヒャッハーしてるんじゃないかなんて馬鹿な妄想をする。
「それでもいいけどな、このウィンドウの先の誘惑に負けない人たちがいるんなら」
もういい加減人恋しくなってしまっている。ほんの10日前まではあふれるほいどいた人間たちはほとんどがこの
初の九州上陸。地図で見ると四国とは近いように見えるが、実は交通の便からあまり交流が無いのがこの両地区だ。愛媛や高知西部ならまだしも、東四国の徳島人としてはかなり疎遠な土地になる。
「おおー、大都市だなぁ」
福岡県と言えば博多だろうけど、この北九州市も徳島とは段違いの都会だ。立ち並ぶビル群に広く整備された道路、上を見ればモノレールまで走っている。世界の玄関口でもある都市はやはりケタ違いの隆盛を誇っていた。
だが、そこに人間が居なければ、なんの価値も無かった。
一日かけて町中をぐるぐる走り回り、クラクションを鳴らし続けたが、ついに誰にも会う事は無かった。
夜、ショッピングセンターの駐車場に車を止め、店内から失敬したカンヅメを温め直して夕食にする。期待した掲示板サイトの人にも、世紀末的な無法者にも出会えず落胆は隠せない。
「ああ、誰かと食べる食事が、懐かしいなぁ」
たった数日、人生から抜け落ちた事が、今はもう何年も前の事のように思えた。人と食事する事、誰かと会話する事、それがもうこの世界ではとてつもない贅沢になってしまった。
傍らに浮かぶモニターを見る。
そこには妻と娘、仕事仲間、大勢の友人たちが、私の誕生日ケーキを囲んで円座になって座っている画面が写っていた。
彼らは誰も、食事にもケーキにもシャンパンにも手を付けない。そう、待っているのだ、
素っ気ない味のカンヅメを放り投げ、そのウインドウにふらふらと近づいていく。思えば僕は何で今まで意固地になって来たんだろう。この中には僕の望む幸せが全部詰まってる、それでいいじゃないか。
「ああ、もう、いいか」
窓枠に手をかける。身を乗り出して画面に頭を突っ込む、さぁ、行こう。
「ダメーーーーーーっ!!」
突然、
次の瞬間、私の下半身に何かが巻き付いた。それはそのまま私を強烈に後ろに引っ張ると、半分ウィンドウに入っていた私の上半身を引っ張り出して、そのまま地面に倒れ込んだ。
「な、何だっ!?」
自分の下半身に巻き付いている物を見る、それは腕だった。私の後ろ、尻あたりから誰かが抱き付いて私をウィンドウから引きはがしたようだ。
当然その人物は今、私の下敷きになっているはずだ。慌てて身を起こそうとするも、下半身をホールドされているせいで上手く立てない。
「あ、すみません」
バランスを崩してよろめいた所で、ようやくその腕がほどかれた。向き直ってみるとそこにいたのは一人の少女みたいだった。丸い目をぱっちりと開け、私から一歩二歩あとずさると、胸に手を当ててほっ、と息をつく。
「よかった、まだいる人に会えて」
そう発した彼女は私と距離を置きながらも屈託のない笑顔を向ける。見た目17~20歳ほどか、そこそこの長身を飾り気のないシャツとホットパンツに包んだ、どこか活発な印象を受ける女性だ。だが何より目を引くのは、まるで男子かと思う程に短く刈り込まれた頭髪だった、何か頭髪が邪魔になるスポーツでもしているんだろうかと思わせるくらいに。
それでも体のラインが女性である事をはっきりとアピールしている。キュッと締まった腰のラインの下にはお尻が奇麗なカーブを描いている。胸もしっかりとブラで締められているが、二つの双丘はその存在感をしっかりと示していた。
なんともアンバランスな色気を漂わせる、人生でもあまり記憶にないタイプの少女がそこに居る。
「あ、こんにちは。いや、こんばんわ、かな」
一応紳士的に頭を下げる。この娘は私が今まで思っていた『誰かと会ってみたい』という思いを抱えていたのだろう。が、私も男なのでその点を警戒してかやや距離を取られているので、無理に詰め寄らずにその場で挨拶をする。
「こんばんわ。誰も人いなかったんで、ちょっと怖かったです」
「……わかるわかる。おじさんも誰かに会わないかと期待して、ずっと旅行してるからね」
「え、県外の方、なんですか?」
「うん、徳島から」
そう言って車のナンバーを指差す。彼女は車までとことこ歩いてヒザを曲げ、目をぱちくりさせてナンバーを凝視する。
「徳島……あの、もしかして、ですけど」
そう言って一度言葉を切り、私に正対するとゴクンと唾を飲み込んで、一歩詰め寄ってこう発した。
「もしかして、あの掲示板の方ですかっ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます