第四話 旅立ち
『いいですね、ぜひ会いましょう』
『来てくれますか?是非お願いしたいです』
自分が昨夜書き込んだ「会いませんか?」という問いに、二つのレスが付いていた。思わず「おお!」と顔がほころぶのが分かる。
今、この世界に少なくとも二人の人間がいる事が判明したのだ。人々の横に浮かぶウィンドウ、理想の世界の誘惑に負けずに現世にとどまっている奇特な人物が。
「分かりました、どちらにお住まいですか?」
そう入力して『投稿する』ボタンを押す。画面がホワイトアウトし、すぐに画面にメッセージが現れる。
― not server error ―
「……え?」
呆然として画面を眺める。この掲示板サイトは不適切な書き込みがあった場合、ホスト規制などがかかり、共通プロバイダからの書き込みが出来なくなることはよくあるのだが……明らかにこれは違う。
ブラウザバックし、掲示板のメインサイトに戻ってみるが、やはりそこにはエラーメッセージが表示されるのみだ。
「サイト自体が、落ちた、のか」
いつか来るとは思っていたが、ついにこの掲示板サイトを運営しているサーバーが、何らかの原因で落ちてしまったのだ。無理もない、電気が通っている所がどんどん減りつつある現状で、いつそこが停電しても不思議はないのだから。
「なんてこった、場所が分からないんじゃ、会いに行きようが無いな・・・・・・あ、そうか」
ブラウザバックし、残っているログのIDを調べれば、少なくとも書き込み主が居る県くらいは分かるだろう。探すエリアは広くなるが、人がほぼいなくなったこの世界では案外簡単に探し出せるかもしれない。
「あちゃー、日付変わってから書き込みしてるからID変わっちゃってるよ」
目論見は外れた。せめて昨日の『生存報告書き込み』とID照合が出来ればと思ってたが、これじゃさすがにお手上げだ。
はぁ、と息を吐いて立ち上がる。せっかく意気込んで会いに行こうとしたのに、それすら不可能になってしまった。もしかしてこの浮かんでるウィンドウが自分を誘う為に、こっちの世界での希望を潰しにかかってるんじゃないか、などと思い睨みつけてみる。
「つくづく忌々しいな、コイツは!」
私から家族を奪い、会社を、仕事を奪い、社会を、生活を奪ったこの人間ホイホイ。今もまた私から一日の希望と活力を奪い「こっちにおいでよ」と私の理想の世界を見せ続ける。
こんな
実際、私同様にこのウィンドウの誘惑に負けなかった人はどんな方なのだろうか。私はなんとなく「乗り遅れた」感じが強かったのだが、それに加えて今までの人生が割と気に入っていた事、そしてそれを潰したこのホイホイに対して嫌悪感が強かった事、それで意固地になっているのも含めて飛び込まなかったのだが。
会ってみたい。そう思った時、私の決意が固まった。
再度PC画面をチェックする。昨日まで生存報告があったのは『東京』『神奈川』『石川』『北九州』。
「行ってみようか」
これは長い旅になる。ほぼ日本中を西へ東へと飛び回る旅になるだろう。しかも会える保証など無い、私が行く頃にはすでにその人がホイホイの誘惑に負けてしまってるかもしれない。広いエリアを探す中で行き違いになってしまうかもしれない。そして昨日のレスをくれた人が、生存報告のあった四か所のエリアの人である保証もまた無いのだから。
でも、この世界で、やる事が出来た、目的が出来た。
服を着替え、朝食を済ませて家を出る。会社に到着した私は真っすぐ事務所奥の金庫のダイヤルを合わせて開け、中にある社用車の鍵を取り出す。裏の駐車場に回り、もうかなり古い型のライトバンに乗り込んでエンジンをかけ、車のハンドルをポンポンと叩いて語りかける。
「さって頼むぜ、遠征だぞー」
普段は荷物の運搬や、社の慰安会の送迎などに使っているこのオンボロバン。私が自家用車ではなくこの車を旅のお供に選んだのは、大荷物を積むのに向いている事もあるが、一番はこいつがディーゼルエンジン車だと言う事だ。
「行く先々で泥棒することになるかなぁ」
今現在、飛行機はもちろん電車もバスも、公共交通機関は全滅状態だ。なので車で移動するしか無いのだが、それもガソリンが尽きればただの小屋でしかない。もちろんガソリンスタンドなど営業してるはずもなく、セルフスタンドも電気が来ていなければアウトだろう。
だが、軽油が燃料の車なら行く先々で運送会社や重機リース社に立ち寄れば、トラックの燃料タンクから拝借することが出来るだろう。もちろん事務所に不法侵入してカギを探さなきゃならないが、このさい背に腹は代えられない、社会が元通りに戻った暁には潔くお縄を頂戴するか。
ドラッグストアに寄って保存がきく食料や水、救急箱セットなどを調達し、ホームセンターで最低限の生活用品やアウトドア用品を吟味する。なにしろ当てのない長旅、何が必要になるかも分からないのだ。
一度家に戻り、全ての部屋の掃除を済ませる。ウインドウの中とはいえ妻と娘がいる家を長い間留守にするのだ、もし二人が戻ってきた時にゴミとホコリだらけなら怒られるかもしれないし、またウインドウの中に逃げちゃうかもしれない。出て来られる保証なんてどこにも無いんだけれど。
「じゃあ、行ってきます」
妻と娘のウィンドウにそう告げて、私は家のドアを閉め、鍵をかける。
さぁ、行こう。未だにこの世界に居る、まだ見ぬ人に出会う旅に。
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