第一章 人間が消えた世界で
第一話 椿山 湊の日常の終焉(舞台:徳島)
「う~ん……あ、あれ? テレビ消し忘れ、ん?」
私、中年男性の
夕べ寝るときに消し忘れでもしたのかと思った直後、ベッドの上にTVなんて無かった事に「なにゆえ?」と首をひねる。が、次の瞬間私は自分の見られたくない秘密をさらけ出されている事実にぎくりとなった。
その画面に映っているのは、私の性癖の具現化だったからだ。
44歳になる私は、妻・
そして今、目の前に浮かぶ画面には、その私の妄想がはっきりと形になって映し出されていたのだからとんでもない事だ。
画面を凝視すれば思わず鼻の下が伸びずにはいられない。だが、もしこれを妻や家族に見られたらと思うと、身震いを押さえることが出来なかった。
「やばい、やばい、やばい!」
ベッドの下にエロ本を隠した少年のように、パソコンのHDD奥深く隠したエロ動画が見つかりそうな青年のように、私は激しく狼狽した。だがその宙に浮くモニター画面はどうやっても消えてくれない。手で掴んで調べてもどこにもスイッチは無く、周囲を見回してもリモコンらしきものは見えない。どうすりゃいいんだよコレ!
コンコン
『あなたー、起きたー?』
妻と言う名の絶望の使者の声がノックとともに響く。ああまずい早くこれをなんとか……
ガチャッ、とドアが開かれる。思わず私は画面の前に立ちはだかり、手を広げて出来るだけその画面を妻から隠そうとした……のだが。
「あら、あなたも?」
その意外な言葉に反応し、そして妻の後ろにある謎の物体を目にする。それはタオルケットで包まれた、今自分の後ろにあるモニターとほぼ同じ大きさの四角形だ。
「え……お前も、このおかしな画面が?」
私だけではなく妻にも謎のモニターが、まるで憑りついた幽霊のように宙に浮いていた。私と違うのは妻がちゃっかりそれをタオルケットで覆って、中身が見えないようにしている点だ。ああ、妻もまた私に見せられないような願望的な光景が移ってるのか。というか自分だけそれはずるいぞ。
「あら? あなたのは砂嵐映像なのね」
「え?」
画面を隠そうとする私に対して、妻が頭を左右に振ってこちらのモニターを見ようとする、非常にヤバい状況かと思ったが、どうやら妻には砂嵐映像に見えているらしい……助かったー。
おまえの方は何が見えてるんだ? と反撃開始しようとすると、妻はずざざっ! と後ずさりし、タオルケットで包まれた画面を手で押さえる。が、えてしてこういう場合に焦っていいことはない、タオルケットを押さえていたテープをはずみで剥がしてしまい、はらっと布が取れて画面が御開帳になる。
「いやあぁぁぁぁっ! 見ないでえぇぇぇ~」
いや、妻の画面こそ砂嵐映像だし。
◇ ◇ ◇
「何なのかなー、本人以外には見えない世界って」
朝食の食卓。やや気まずそうな空気の中、16歳の娘、
しぶしぶ扉を開けた娘に二人の砂嵐映像を見せたことで半信半疑にはなった。妻に娘の画面を確認させて、それも他人が見たら砂嵐映像にしか見えなかったことに安堵し、無事にいつもの? 朝食タイムとあいなったのである。
まぁいくらヤバい映像でも自分にしか見えないんじゃ問題はない。ただこの画面は自分が移動する度についてくるんだからタチが悪い。まさかこんな物を従えたまま仕事や学校に行くわけにはいかんだろう、なんとかせねば。
「私達だけ、なのかしら?」
そう言ってTVを点ける妻。いつもならニュースの時間なのだが、何故か朝からアニメが放映されている。
「え、夕べの『マジックスプラッシュ』じゃん、なんで朝にもやってるの?」
娘がそうこぼす。これは娘の好きな魔法少女物のアニメで、昨夜遅くに放映したばかりの物らしい。しかも深夜枠のアニメだけあって、やたら際どいお色気シーン満載だ、こんなものを朝一で放送するなんて。
と思ってチャンネルを変えて驚いた。どの放送局も昨日以前のドラマやバラエティが放送されていて、新聞のTV欄通りの番組がほとんどない。
「あ、ニュース……緊急速報?」
国営放送のチャンネルに切り替えた時、そこには赤い文字で書かれた速報の文字と、強い口調で異常を語るアナウンサーが映し出されていた。
――本日未明より、謎のTVモニターのような画面が、あらゆる人に張り付くように出現しました。画面は本人以外には砂嵐にしか見えない模様で、詳細は不明ですが、決して――
「え! みんなこの画面出てるの!?」
妻が驚き、娘がスマホを取り出してニュースサイトを開く。
「うっわー、この画面の事で日本中がバズりまくりだよー!」
ライソで、ツブヤイッターで、NSNで、この話題は持ちきりになっていた。そしてその中で特に語られていたのが……
『これ、画面の中に入れるらしい』
うそ、マジで、悲願達成、俺の世界キター、などのコメントが追随して流れている。それを見て私達三人は顔を見合わせてしばし固まり、そして私から愛想笑いを浮かべる。
「あっはっは、まさかねー」
「そうそう、そんなアニメみたいな事があるわけー」
「まー見えてる世界がヤバいもんね、今ごろこのモニターに頭ぶつけてる人多そうだよねー」
乾いた笑いで場を和ませようとする三人。でもそれも上の空で、心中はもしそれが出来るなら今すぐにでも試したい、とい気持ちを、なんとか見栄で押さえている状態だった。
食後、それぞれの部屋に引っ込むと、私は画面に向き直り、そっと手を伸ばす。画面に手のひらが届いた時、そこには液晶も何もなく、そのままするっ、と画面の中に入って行く。
「うわ」
思わず声が出る。まるで超えてはいけない国境を跨いだようなヤバい違和感。と、中に入れた手の平が、何か柔らかい感触で包まれているのを感じた。
何だ? と画面に顔を近づける。そこにいたのは一人の金髪美女だ。見目美しすぎる彼女は自分の手を両手で包み、それを胸の谷間に埋めている。
やばい、やばい、やばい! これは……溺れるっ!
びっ! と腕を引き抜いて画面から後ずさる。これは、ダメだ! 一度この中に入ったら、もう二度とは出て来られない予感がありありと感じられた。一体なんなんだこれは!
「智美! 里香っ! さっさと学校に、仕事に行くぞっ!」
部屋を飛び出し、妻と娘に怒鳴る。これは良くないものだ、この誘惑に負けたら、今までの人生が全て覆されるッ!
「わ、分かったー」
「そ、そうよね。つまらないこと考えないで、さぁ行動しましょ」
二人は渋々と、それでもどこかで「助かった」というニュアンスを込めた声で従ってくれた。娘は学校に、妻はパートに、そして私は勤務している建設会社に出勤した。
――それが妻と娘、私の大切な家族との、今生の別れになるとも知らずに。
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