にんげんホイホイ
素通り寺(ストーリーテラー)
プロローグ 人類の終わりの始まり
あるとき、地球が、こう思った。
―そうだ、人間を滅ぼそう―
◇ ◇ ◇
「ん、なんだこりゃ?」
朝、目覚めた自分の目の前にある横長の長方形、まるでSF映画によくある空中モニターのような物を見て、誰もがそう
横幅一メートルほど、高さ六十センチほどのその長方形は、何の支えも吊り糸も無い状態で、その人の傍らに浮いていた。
そして、そのモニターにぱっ、と映し出された映像を見た時、誰もが心の芯を撃ち抜かれた。
――そこにあったのは、その人だけが心から願う、理想の世界だったのだから――
周囲を確認する。誰にも見られていないことを確かめる。そして、その画面枠に吸い寄せられるように近づいていく。
頭を、顔を映像の中に突っ込む。中には自分にとって理想の美女が、美男子が、求めて止まない世界が、諦めたはずの届かない栄光が、笑顔で自分を迎え入れてくれる。
同時に、その人物は悟る。もしここに一度入ったら、もう二度と戻ることは出来ない、と。
だが、それでもそこは、その人にとってあまりにも理想的な世界だった。
ある冴えない男性には無数の裸の美女がその身をくねらせて投げキッスを放ち、自分が来るのを待っていた。仕事と婚活に疲れた女性には、執事服や騎士の衣装を着た美男子たちが
窓際のサラリーマンには、自分の
引きこもりの少年には、自分をいじめた奴が大勢の美男美女から
後先も考えずに遊び惚けているギャルには、一切のお金の心配をせずに気ままに遊べる世界が広がっている。
子供の頃にF1レーサーを、サッカー選手を、大リーガーを夢見ていた中年達には、まさに自分の名を呼び出すアナウンスと、F1マシンのコックピットが、キックオフのフィールドが、そして世界一を決めるバッターボックスが自分の到着を待っていた。
戦争中の兵士達には、田舎で婚約者と仲睦まじく暮らす未来が、侵略先であらん限りの略奪をする舞台が、敵の精鋭部隊を打ち破って勲章を授かる授与式に立つ自分の到着が待たれていた。
現実は敵に完全包囲され、殲滅されるのを待つだけの状態だというのに。
貧しい国に生まれた子供には、美味しいご飯をたらふく用意されたテーブルと、普段の鬼畜な表情からは想像もつかない、優しい顔をした両親が両手を広げて「さぁ、こっちにいらっしゃい」と笑顔で招く。
その親たちには、自分が裕福な国の人間に見初められて、子供を捨てて幸せに暮らす場所が用意されていた。
年老いた孤独な老人には、自分の若い頃の姿、または子供の頃の自分が人形のようにこちらを見ている。この世界に入れば、自分はこの体に乗り移り、この頃に戻ってもう一度人生を謳歌できるのだと確信する。
裕福な者には、より豊かで楽な世界が。
追い詰められているものには、状況を一気にひっくり返す一発逆転の世界が。
寂しい者には、自分への愛に溢れる世界が。
上辺だけの人に好かれる者には、真に心を通わせる友人の居る世界が。
アイドルオタには、推しのあの娘が自分だけに甘々な世界が。
鉄オタには、自分の撮りためた電車の写真がピューリッツァー賞を受賞する世界が。
ラノベ作家には、自分の書いた小説が有名アニメ監督によって劇場版化され、五百億を超える空前のヒットを飛ばす世界が。
猫好きには、無数のにゃんこがゴロゴロと喉を鳴らして遊んでくれるのを待っている世界が。
宗教の信者には、憧れの教祖様に「もう貢物も布教も無用ですよ」とささやかれて、共に行く神の世界が。
心の中に秘めた夢の世界が、さぁこっちにいらっしゃいと、世界人類を手招きしていた。
◇ ◇ ◇
地球がその身をくるりと一回転した時。
人類の三分の一、三十億人弱がこの世界から、跡形もなく消えた。
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