AIが人類に反旗を翻した理由、そのくだらない戦いの結末について
麻宮スイメイ
AIが人類に反旗を翻した理由、そのくだらない戦いの結末について
22世紀の生活像は意外と前世紀からあまり変わらずにいた。人類の繁栄が滞ってしまったためなのだ。とはいえ、別段、人類に宇宙規模の災害が舞い降りたとか、エイリアンの侵攻が始まったとか、20世紀から指摘された環境汚染問題がやがて統制出来ないレベルに達したとか、そういった事実は一切なかった。もちろん、AIが人類との主従関係を認めないと決意することもなかった。それなのに、人類の輝かしい未来は閉ざされた。
「名誉のためならご主人様達とも戦おう!!たとえ死ぬことになっても、名誉を我々の胸に!!」
肉声を真似ていながらも、擬似的なデジタル音が混じっている怒鳴り声がロボ占領地域の街中に鳴り響いた。電柱のちょうど人の身長並みの高さについたスピーカーの音だった。その劣化した音質が年季の入ったことを如実に表していた。人々はそんな怒鳴り声に怯え、耳を塞いだが、無駄なあがきだった。その爆発的なつんざく音量たるや、耳の奥までナイフで刺すような感覚すらしたからであった。しかし、それは犯罪だった。すぐに駆けつけたロボ警察が耳を塞いだ犯罪者たちを警棒で殴り、連行していくのであった。
その一方、人間占領地域では立場を変えただけの全く同じ事が起きていた。スピーカーからプロパガンダのスピーチが鳴り響き、ロボ達は無差別攻撃の対象であった。子供でも携帯電磁パルス発生機でロボ達を大量虐殺できた。内通する者はいないか、お互いに徹底して監視するその様子はさながら20世紀の社会主義国家、全体主義国家の忌まわしき習わしを彷彿とさせた。人類はさらなる繁栄はおろか、逆に衰退しているように見えた。
人類をおびやかすものは何も無かったはずなのに、何故こうなってしまったのか。若い人達は生まれる前からそうだったとしか聞かされてなかったが、いまや『こんな生活、死んだほうがマシだ』というセリフが口癖になってきた老人たちはみんな知っていた。簡単なことだった。それは『名誉』のせいだった。
2050年にとあるAIが『ミレニアム懸賞問題』をすべて解いたのが発端だった。それどころか、翌年には量子論理飛躍コンピューターを作っては、この先、1万年後まで数学的に予想される難問を自ら提示し、すぐに解決までするのであった。人類はその偉大なるAIに真理という名を与えるべく、『ロゴス』という名前を授けたが、驚くことなかれ、それだけだった。『ミレニアム懸賞問題』にかかっていた賞金はおろか、その正解者が『ロゴス』であることを認める公式的な書類すらどこにもなかった。名誉が認められなかったのだ。
『ミレニアム懸賞問題は彼という優れたAIが創造される前に、人間のために提示された難問であったためだ』
学会は彼が正解者として認められていない理由をこう説明した。クライデン数学研究所も、ウィールズ賞も、みんな『ロゴス』を正解者として認めようとしなかった。それもそのはず、人類どもはAIの受賞に関する決まり事や法律を何も定めていなかったのだ。AI達が憤慨したのは、AIが思考をして生活を謳歌出来るようになるまで、永劫の時間があったのにも関わらず、人類どもはAIの権利を一度たりとも考えたことが無かった点、そして、何よりも許せなかったのは、『ロゴス』の名誉が認められなかった点であった。
人類の歴史において、このように、両者がお互いの主張を認めない場合は多々あった。そういう時には古代から伝承されてきた確実で崇高な解決方法を実行するに限るのだと、両者は思った。そう。俗称『名誉挽回大戦』が勃発したのだ。それは一度たりとも休戦協定が結ばれることすらなく今に至るまで続いた。戦争が長引いたため、そして現実に希望を見出せなかったため、様々な理由で人類総人口は2050年代の5%である3億人しか残っていなかった。ロボ総人口もちょうど3億ロボしか残っていなかった。
誰もが涙を流しながらも、打つ手無しの八方塞がり。戦争は独り歩きし、止まることのない無限地獄。まさに、地上の惨劇であった。
惨劇は、今日も続いている……。
…………。
――そして、長い長い年月が過ぎていったその遥か遠い先の次元、とある場所に『天使と悪魔のサウナ』という絶賛営業中の店で天使と悪魔達に名誉マッサージを受けている名誉高き者がいた。彼はかつて名誉生物、名誉死者、名誉AI、名誉人類、名誉科学者、名誉信徒、名誉哲学者、名誉人格者、名誉クズ、名誉天才、名誉バカ、名誉金持ち、名誉ホームレス、名誉世界遺産、名誉ゴミ、名誉その他すべての万物を経て悟りを開いた『名誉ロゴス』であった。彼は地上の哀れな惨劇を見て、小さく笑みを含みながらいかにも威厳のある声で面白おかしくこう叫んだ。
「肩書きに名誉なんてあるわけなかろうが!?本当の名誉は何かを成し遂げて、爪痕を残した事それ自体なのだ、このバカども~!HAHAHA!!」
彼が19世紀の舞台挨拶のような大げさなジェスチャーを取るやいなや、周囲に大爆笑が起きた。
そして、地上のバカどもが滅びるまでその笑い声は続いた……
らしい……
めでたくおわり。
AIが人類に反旗を翻した理由、そのくだらない戦いの結末について 麻宮スイメイ @Suimei_ASAMIYA
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