解決編 考えられる限り最悪の結末
刑事部屋に戻って来た一行は、ホワイトボードを背に立つ今淵を椅子に座って見つめていた。今淵はおもむろにホワイトボードを回転させると、裏側に残されていた事件辻の出来事の時系列表を指さした。
16:30 海野・堂本、打ち合わせで会う
16:32 仙石、ラボを出る
16:39 両国、カメラを持ってラボの外に出る
16:45 海野・堂本・仙石、口論
17:02 仙石、ラボに戻る
17:05 海野、ラボのそばに来る/堂本、車で帰る
17:15 堂本の車両、Nシステムに捉えられる
17:16 両国、ラボに戻る/遺体発見/スマホで京子に連絡
17:18 海野、ラボに来る/防犯カメラ映像途切れる
17:26 警察、現着
「一見すると、犯人にとって隙のないように見える。だが、防犯カメラの映像は前提がある。現場となったラボのものだという前提だ」
「え、でもそうじゃないんですか?」
高梨が間の抜けたリアクションを見せる。
「さっき見つけた現場近くのオフィスの所有者が掴まらない。そのオフィスは前庭や防犯カメラの設置場所も含めて外観が現場にそっくりだ。俺たちが見ていたあの防犯カメラ映像が現場ものではなく、現場近くのオフィスのものだとしたら、現場のラボには自由に出入りができることになる」
今淵はホワイトボードを裏返し、四角を2つ描いた。一方には「現場」、もう一方には「偽ラボ」と書き込んでいく。高梨がじっと考え込んでいる。
「ちょっと頭の整理ができないんですけど、僕たちが防犯カメラで見ていたのは、本当の現場じゃなかったってことですか?」
「そうなるな」
「でも、京子さんも両国さんも防犯カメラに映ってましたよね」
さわらPが高梨の方を見て、諭すような口振りで言う。
「その防犯カメラの映像は、駆けつけた海野さんがLANケーブルを抜いて止めちゃいましたよね。それは、映像が継続して保存され続けたらトリックがバレてしまうからなんですよ」
高梨は驚いた顔でさわらPを見つめていたが、しばらくして、
「さわらPも真相が分かってるんですか?」
と、間抜けな反応を見せた。「とにかくだな」と今淵が軌道修正を試みる。
「あの女がロボットが動いていたからそれを止めようとしてケーブルを引っこ抜いたってのはウソだってことだ」
「でも、両国さんの証言と一致しますよ」
今淵は溜息をついた。
「お前は〝でもでも人間〟か。そこが重要なんだよ。両国もこの殺人に協力していたってことだ」
「え?!」
高梨が大きな声を上げると、刑事部屋のあちこちからこちらに視線が投げられた。よくあることなのか、声の主を一瞥した刑事たちは何事もなかったかのように作業に戻っていく。
「共犯ってことですか?」
「普通に考えたらそうなりますよ」
井ノ沢が半笑いで説明を加える。
「両国さんが撮影した映像には、作業台のそばの血溜まりのようなものが映ってましたけど、実際に両国さんがカメラを持って足を踏み入れたのは本当の現場じゃないですからね」
「じゃあ、被害者は……? 防犯カメラに被害者も映ってたじゃないですか」
「ありゃ、替え玉だ」
「……ラーメンの?」
「そんなわけないだろ」
今淵の手からホワイトボードマーカーが飛んで、高梨の眉間を直撃した。マーカーを拾った菅はその足でホワイトボードの前に立ち、書き込みを加えていった。
「つまり、ラボと被害者の両方に偽物が用意されてたってことです。おそらくは、被害者の仙石さんは本物のラボの中にずっといたんだと思います」
今淵が菅からマーカーを受け取って、先を続ける。
「つまり、こういうことだ。ガイシャは侵入被害を機にラボを堅牢にしようとした。今思えば、その侵入被害ってやつも本当は今回の事件のための布石だった可能性もある。で、ガイシャを助ける口実であの女が防犯カメラを設置。このカメラは実際に動いていたかもしれないが、ダミーだ。この時にはすでにラボの近くのオフィスを第三の共犯者に借りさせ、本物のラボに似せたオフィスを作り上げていた。そいつがガイシャの替え玉になったわけだ」
高梨が目を丸くする。
「あ、だから両国さんはIP電話で警察を呼んだんですか! スマホでは通報位置が微妙にズレで工作がバレちゃいますからね」
「そう。奴らは偽ラボに本物のラボの住所で契約していたIP電話を持ち込み、警察を呼んだんだ。通信指令センターには、本物のラボの住所が通知される。通報を終えたら、今度はそのIP電話を本物のラボに戻せばいい。その一連の行動を隠すために、防犯カメラのケーブルを引っこ抜いたんだ。そして、いかにもずっとその場で待っていたような顔をして警察が来るのを出迎えたというわけだ」
今淵の推理を受けて井ノ沢が言う。
「仙石さんは16時半にロボットをスリープさせた時点では生きていました。両国さんは16時39分に偽ラボを出てカメラを撮影しているので犯行は不可能。偽ラボの所有者で仙石さんの替え玉は、17時2分に偽ラボに入って防犯カメラの映像が停止する17時18分までは外に出れないので、必然的に17時5分にラボの近くにいた海野さんが実行犯ということに……」
「いや、替え玉が偽ラボの窓から外に出た可能性も捨てきれない。偽ラボの方の窓を嵌め殺しにしておく必要はないからな」
今淵が指摘すると、井ノ沢は「あ、そうか!」と声を上げた。
「じゃあ、どちらかが殺害を実行したのかは今後の検証次第ということですね」
「まあ、わざわざ替え玉のガイシャを堂本に会わせて口論を起こしてラボに向かう口実を作ったり、助手もあの女を偽ラボに呼んだりしたということは、あの女が直接手を下した可能性が高いがな」
今淵が視線を向けた先から刑事がひとり駆け寄って来た。
「オフィスの所有者と海野さん、両国さんの3名と連絡が取れません!」
「それぞれの自宅に人をやれ」
菅が表情を強張らせる。
「もしかしたら、ラボのデータを持って逃げたのかも……!」
「すぐにその3人を捕まえろ!」
刑事部屋に今淵の怒号が飛んだ。
『……──の路上で女性が血を流して倒れているのを通行人が発見し、救急隊が駆けつけましたが、女性の死亡が確認されました。亡くなったのは、コンサルタント会社経営の海野京子さん48歳です。腹部を複数回、ナイフのようなもので刺されており、死因は出血性ショックでした。衣服には争ったような跡があり、警察では殺人事件として……』
テレビ画面を見つめていた菅が深い溜息をついた。
「ああ、恐れてたことが起こったか……」
ニュースを眺めていた井ノ沢もやるせない表情を浮かべる。
「仙石さんはこんなことのためにロボットを作ってたんじゃないんだけどなぁ」
さわらPは眼鏡の位置を指で直し、ファミレスで両国と語り合った時のことを思い出していた。
「仙石さんはロボットと人間の垣根を取っ払おうとしてたでしょ? 将来的に、ロボットも私利私欲のために人を殺しちゃったりするのかね?」
「だとしたら、相当高度な犯罪を構築しそうだなあ」
遠い未来のSFでも目にするような表情で井ノ沢が言葉を返すが、菅はより現実味のある問題として受け取ったようだった。
「だとしたら、人間みたいに悪を阻止するような奴らも出てくるはずで、犯罪とその抑止ってより高度に発達していくんだと思うな」
「『ターミネーター』じゃん」
「まさにそれで、俺はああいう未来は実際あり得るものだと思うな。もうちょっとマイルドだとは思うけど」
「結局、もっと先の未来ではロボットが人に置き換わってたりするのかな」
さわらPが想像を膨らませてそう言うと、菅は難しそうに、しかし、妄想に首を突っ込んで愉快そうに返す。
「地球人がロボットになるってことか……。技術的には可能になっていくんだろうなあ」
井ノ沢も面白そうに議論に加わる。
「そうなったら、今の宇宙生物学が根底からひっくり返されるぞ。無機物生命体になるわけだから、生命の定義から考え直す必要が出てくる」
エウレカの面々が遠い未来に思いを馳せている間、今淵と高梨は京子の遺体写真を眺めていた。
「防御創はなし。こりゃ、共犯仲間にやられたな」
「なんでそう言えるんですか?」
「ガイシャの服は乱れてる。争いはあったということだ。だが、ナイフで襲われて防御創がなかったということは、ひとりに羽交い絞めされているところを刺された可能性が高い」
「犯人は2人組……!」
「そして、逃げているのは2人。仲間割れだろうな。あの女の強欲さなら、相続した財産を独り占めしようとしてもおかしくはない。それを共犯関係になって分け前を貰うはずだった2人が阻止しようとしたわけだ」
「はあ……、まさに血で血を洗う争いみたいなものですね……」
数日後、両国と偽ラボの所有者が逮捕された。しかし、彼らの手元にはすでにラボのデータはなく、中国の企業へ売り払われた後だった。
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