問題編③ ハウダニット

 両国雅照は突然部屋に現れた5人組に気圧されたように椅子から立ち上がった。白い肌に細い身体、理知的な瞳が聡明さを物語っている。

「だから言っただろうが。なんでいちいち5人1セットで動く必要があるんだ」

 中腰のままの両国を見て、さすがの今淵も申し訳なさそうな声を発した。

「まあ、細かいこと気にしないで下さいよ。話聞こうとしてたんですから」

 先陣を切って両国に相対するのは井ノ沢だ。

「どの立場で言ってんだ? お前らのせいだろうが」

 今淵のツッコミを軽くあしらって、両国に椅子に座るように促すと井ノ沢は単刀直入に質問をぶつけた。

「カメラの試撮をしていたそうですが、ラボに戻って仙石さんの遺体を発見した時のことを教えて下さい」

 両国は魂の抜けたような表情だった。事件の衝撃はそうそう忘れられるものではない。

「あ……、はい。夕方の4時半くらいに先生が買い物に出るというので、それを見送って僕はカメラの試し撮りに出たんです。ロボットの動きなんかを撮影したかったので新しいカメラを購入したんですが、使い方が不安だったので」

「ちなみに、買い物ってのは?」

 今淵が口を挟む。

「先生は作業をしながら食事をとるんですが、その食事を色々な店を探して買って来るのが好きで、それですね」

「その途中で海野さんと堂本さんに会って口論になったのか」

 井ノ沢が独り言のように口にする。両国は様子窺うようにおずおずと続けた。

「試し撮りをしてラボに戻ると、先生が倒れていたので……警察を」

「警察じゃなくて、先に呼んだのはあの女じゃないのか?」

 グッと顔を寄せる今淵に、両国は気圧されたようにしてうなずいた。

「そ、そうでした……。海野さんにメッセージを送りました」

「なぜ警察が先じゃない?」

「なぜと言われましても……、気が動転していたので、よく覚えていません」(※ヒント1:章末をチェックしよう!)

 今淵は不敵な笑みを浮かべる。

「ふん、まあいい。あんたがラボに入った時、ロボットは動き回ってたんだな?」

「ええ……、はい、そうです」(※ヒント2:章末をチェックしよう!)

「で、〝先生〟とは特許のことで揉めてたらしいな」

 舌鋒鋭く今淵に突っつかれて、両国は唇を噛んだ。

「そのことについては話したくありませんし、もう決着のついたことです」

「あんたに動機があると思われても仕方のないことだよな」

 今淵が意地の悪い笑みを投げかけると、両国はキッと鋭い眼を向けた。

「私じゃない! 私はずっとカメラ回してたんですよ。その結果はどうだったんですか?」

 一同は顔を見合わせ、一番の貧乏くじを知らずのうちに引いた高梨が応じる。

「両国さんの映像には捏造の痕跡もなく、ラボの防犯カメラとの整合性も取れていました」

「私には犯行は不可能なんですよ」

 そう主張する声には棘があった。

 部屋を出ると、菅は今淵に苦笑を向けた。

「追い込み方エグいっすね」

「だが、あの映像がある以上は、奴に勝ち目があるのは確かだ」

「珍しく弱気じゃないですか、今淵さん」

 ニコニコの笑顔でそう言う高梨の尻を蹴っ飛ばして、今淵は堂本の待つ部屋へ向かって行った。ゾロゾロと今淵の後をついて行くエウレカの3人だったが、悶絶している高梨を見て、最後の菅は思わず笑ってしまった。

「さすがに今のは高梨さんがよくないな」



 堂本はハイブランドのスーツにノータイの薄いブルーのシャツを第二ボタンまで開けた、いかにも広告代理店の人間というような出で立ちだった。体育会系のような顎の大きな顔にツーブロックの短髪の男が、部屋にぞろぞろと入って来たエウレカの面々を見て素早く立ち上がると、目を輝かせた。

「エウレカのみなさんじゃないですか! この事件の捜査を担当されてるんですか?」

「え、ええ、まあ……」

 あまりの勢いにリーダーの井ノ沢も反応に困っているようだった。

「その首輪の爆弾って本物なんですか?」

 興味津々に首輪に手を伸ばす堂本の腕を今淵が掴んだ。

「安易に触るな。こいつらは命を握られてんだぞ」

「ああ、失礼」

 堂本は我に返ったように椅子に腰を下ろした。今淵に何も聞かれていないにもかかわらず、そのまま話し出した。

「ボクは犯人じゃないですよ。仙石さんとお姉さんのゴタゴタに巻き込まれたようなものです。ウチの会社としては、仙石さんのロボットのメディアなどでの展開を検討していただけですし……」

「そのわりには、被害者と口論をしていたそうじゃないか。しかも、事件が起こる直前に」

「まあ、そうなんですが、こっちとしては慣れっこですよ。将来のクライアントになるかもしれない人ですから、関係性を修復することばかり考えていましたけどね」

 今淵が悪い顔をする。

「そのわりには、自分はそそくさと車で退散して、あの姉に任せたらしいじゃないか」

 堂本も負けてはいない。

「ごきょうだいで話し合いをされた方がいいと提案しただけですよ。どうやらメディアで展開することについて、弟さんのご理解も得られていないようでしたので」(※ヒント3:章末をチェックしよう!)

「被害者と口論をした後、どこで何をしていた?」

「海野さんを仙石さんのラボのそばまで送って、そのまま帰ろうとしました。その途中で連絡が入ってここまで飛んで来たんですよ。ボクに犯行は不可能ですよ」

 胸を張って真っ直ぐに言う堂本に反駁できる材料を持つ者は誰もいなかった。



 刑事部屋に戻って来た今淵のもとに新しい報告があった。ひとつはNシステムからの情報だ。

「お、出た。自動車ナンバー自動読取装置」

 井ノ沢が間髪入れずに反応するので、菅が嬉しそうに歯を見せた。

「なんで正式名称なんだよ」

 キャッキャする若者たちとは正反対に、今淵はブスッとした表情で報告書を高梨に押しつけた。高梨はその報告書を律儀に読み上げた。

「ラボから車で10分離れた場所のNシステムに堂本さんの車が捉えられてますね。時刻は17時15分……。そもそも、仙石さんがラボに戻った17時2分頃には、堂本さんは京子さんといたから……、それでこの位置のNシステムに撮影されるには……。彼には犯行は無理ですね」

「いちいち言わんでも分かる」

 今淵がイライラしたようにそっぽを向く。

「やっぱり、これは衆人環視の密室ですね。それもかなり強固な」

 井ノ沢は椅子に馬乗りになって、背もたれに組んだ腕を乗せ、そこに顎を置く。さわらPも同調する。

「海野さんの場合は、17時過ぎからラボに来る17時18分までの間アリバイはないですけど、その時間のラボの防犯カメラには彼女の姿を映っていない……」

「誰も犯行現場に入れないじゃん」

 頭の後ろで指を組んで菅が大あくびと共に絶望的な状況を言葉に替える。今淵は高梨を手招きして、ホワイトボードを持って来させ、そこに事件の出来事の時系列を書き記すように命じた。

 すぐに高梨が書き上げたのが、次の表だ。


16:30 海野・堂本、打ち合わせで会う

16:32 仙石、ラボを出る

16:39 両国、カメラを持ってラボの外に出る

16:45 海野・堂本・仙石、口論

17:02 仙石、ラボに戻る

17時過ぎ 海野、ラボのそばに来る/堂本、車で帰る

17:15 堂本の車両、Nシステムに捉えられる

17:16 両国、ラボに戻る/遺体発見/スマホで京子に連絡

17:18 海野、ラボに来る/防犯カメラ映像途切れる

17:26 警察、現着

(※ヒント4:章末をチェックしよう!)


 一同は唸りながら表を見つめる。

「まず分かることは、『17時過ぎ』ってのが『17:05』ってことくらいだな」

 菅が降参したようにそれだけを言った。

「唯一、動きが明確でないのがあの女だ」

 今淵の目は標的を冷めたようだった。彼は立ち上がって、ホワイトボードマーカーを手に取ると、表の下に殴り書きをした。

『海野はどうやってラボに侵入したのか?』



 午後9時を回った。

 エウレカの3人は今淵たちと別れて、ちょうど警察署を出ようとしていた両国と鉢合わせることになった。お互いに気まずそうな会釈を交わしたが、菅が1歩踏み出す。

「どんなロボットを作っていたのか、興味があるんです」

 両国は疲れたような笑み浮かべると、署の向かい側にあるファミレスを指さした。エウレカの面々も、空腹に気づいたようにお互い顔を見合わせる。

 4人は連れ立ってファミレスの奥の席に陣取った。店内は客足も落ち着き、ゆったりとした時間が流れている。

「先生は、人とロボットの垣根がどこに設定されるのかを探っているようでした」

「ハダリーですか」

 菅がすかさず反応してみせると、両国はまるで仲間を見つけたように一気に表情を柔らかくした。井ノ沢がメニューに目を落としながら口を開く。

「ハダリーって、ヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイブ』? オーギュスト・ヴィリエ・ド・リラダンでしょ?」

 さわらPがニヤニヤしながら割って入る。

「いや、正確にはジャン=マリ=マティアス=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン伯爵ね」

「お父さんが糸井重里さんみたいにマルタ騎士の財宝探してた、あのヴィリエ・ド・リラダン?」

 もはやふざけている井ノ沢は眠そうに目を擦っている。両国はテーブルの上に両肘を置いて、長話の様相を見せた。

「もし、完璧なアンドロイドであるハダリーが実在したとしたら、皆さんはどうしますか? 例えば、皆さんはクイズをやるでしょう? そのクイズはハダリーにとっては、既知の知識を応答するだけに過ぎない。なぜなら、ハダリーはインターネットにアクセスできるはずで、それは人類の叡智そのものだからです」

「僕もそのことについて結構考えますよ」

 さわらPが真剣な表情で眼鏡をかけ直した。

「知識格差のない人類にとって、クイズは無意味なのではないか?」

 両国は直球のテーマをエウレカの面々の前に差し出した。さわらPはやや精神を高ぶらせる。エウレカではクイズの作問も担当するだけに、矜持があるのかもしれない。

「僕は、それでもクイズは残ると思いますね。すでに競技クイズは知識量を問う一面と問題の読解能力を問うなどの多面性があります。例えば、アスリートが記録を競うように、クイズも己の肉体を駆使したスポーツのようになっていくと思われます。知識格差がないということは、クイズの存在意義を脅かすものではない」

 菅もワクワクしたように口を開いた。

「俺はむしろ、より高度に発達するって想像してたかな」

「より高度に、というのは?」

 両国が目を輝かせる。

「クイズも出題の仕方が変わって、暗号化されていたりして、それを計算能力で解読したりとか……。やっぱり、今でも説明できない現象を数式で解き明かそうとして、どんどん分からないことが出て来て……っていう経験をたくさんしてるから、どんな未来であったとしても、未知の領域は必ず出てくるって、俺は思ってるんですよ。そういうフロンティアみたいなのを切り拓いていく感じで、クイズそれ自体が未知の領域への挑戦みたいになるんじゃないかな、と。で、それを観戦する側も自分自身で理解できるわけだから、その未知の領域に切り込んでいく計算とか論理的思考なんかが。娯楽であり、人類の叡智を拡張する場でもある、みたいな、めちゃくちゃすごい場になるんじゃないかと想像してるんですよ」

「なるほど、それは夢がありますね」

 両国が自然と井ノ沢に目を向ける。彼はメニューをめくりながら、ありげな遺風を装って応える。

「まあ、俺の場合は、そもそもエウレカを始めたのも、言ってみれば、知ることの面白さを追い求めてきただけだからなぁ。その手段がクイズであって、今も、知識量だけじゃなくて、クイズ自体をクイズしてるというか、そういう感覚なんですよね。もう今の時点でクイズっていうものが知識を問うわけじゃなくて、クイズをスタートにして色んなものを繋げていくことを楽しむものになってるんですよ」

「それが技術力によって知識が網羅されてしまうと、クイズがクイズでなくなってしまいませんか? もし、未知の領域すらも全て白日の下に晒されてしまったら?」

 両国が踏み込んでいくと、井ノ沢はメニューをテーブルの上にそっと置いた。

「ハダリーの話に戻りますけど、それって言ってみれば、今こうやって話してる輪の中に新しい誰かが入って来たっていうだけだと思うんですよ。だって、人とほとんど同じなんでしょ? じゃあ、それはもう俺たちにとっては人なんですよ」

「そのことに怖さはありませんか?」

「ないですね」

 井ノ沢は即答する。

「ないというか、今だって別に変らないじゃないですか。隣に座ってる人が俺のことを攻撃しようとしてるかもしれない。でも、一旦そういうことは置いておいて、コミュニケーションを取ろうとしてる。結局、人とロボットっていう記号論的なところが独り歩きしてるけど、倫理的な問題は今は別として、ただ人が新たに生まれたっていう、それだけなんじゃないかと。生まれ方が違うだけでね。それを今までと同じように、このテーブルに迎え入れるんですよ。もしロボット特有の考え方があるなら、それはそれで面白そうですしね」

 両国は徐々に花開いていくように表情を明るくしていった。

「皆さんとお話できてよかったです。先生が理想としていたものは間違っていなかったんだと再認識できました。先生は常に仰っていました。『ロボットを作ることは、人間を知ることだ』と。人とロボットの間の垣根を取っ払いたかったんだと思います」

「それはその通りだと思いますね」

 菅が大きくうなずいた。

「ディープラーニングだって、人間の視神経と一次視覚野を人工的に模倣して出来上がったわけで、それが今話題になってるAIの基礎ですからね」

「ラボにあった、遺体発見時に動いていたというロボットはどんな機能があるんです?」

 唐突に事件の話を持ち出すに両国は一瞬、面食らったようだったが、すぐに笑顔を取り戻した。

「ああ、あれは、周囲の物体を障害物とそうでないものに区別して、干渉するのかしないのか、干渉するのならどうするのか、干渉しないならどうするのかということを自律的に選択して行動するためのロボットです」

「え、めちゃくちゃ難しい。つまり、どかせるのかどかせないのかっていうのを認識しつつ、どかすならどうどかすのかみたいなことを自分で考えられるということですか?」

 井ノ沢が尋ねると、両国はニコリと笑った。

「ほとんど正解です。考えるだけでなく、ロボットと周囲の物体がインタラクティブな状態ということです。もちろん、まだ研究段階ではありますが。これが実現できれば、人間のように物をどかしながら掃除ができるロボットも実現できるようになります」

 それから4人は遅い夕食と多岐にわたる話題に花を咲かせた。しかし、両国とファミレスの前で別れる時の井ノ沢が去って行く両国の背中に何かに気づいたような眼差しを向けているのを隣の2人は目敏く見つけていた。



──────────

ヒント1:

両国はなぜ警察より先に京子に連絡をしたのか? 両国は「気が動転していた」と言っているが、それは本当のことだろうか?


ヒント2:

今淵は「ロボットが動いていたこと」について、現場の状況と整合性が取れないと言っていた。だが、京子と両国の証言は一致している。


ヒント3:

堂本はどうやって顔も知らない仙石を認識することができたのだろうか?


ヒント4:

この時系列表を見る限りは、仙石を殺害した犯人は現場のラボに足を踏み入れることができなかった。しかしながら、実際には殺人は決行された。どこかに認識のずれが存在しているのかもしれない。

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