リライトミステリ ～つべこべ言わずに書き直せ！～

問題編② 怪しげな密室殺人

　署に戻った今淵たちの耳に入って来たのは、ヒステリックな女の声だった。

「少なくともあのラボのデータはひとつ残らず無事な形で確保すると約束して下さい！」

　ふくよかな中年の女が声を張り上げていた。事情聴取を行っている部屋を遠巻きに眺める刑事たちに今淵が声をかける。

「何かあったのか？」

「ＳＥＮＧＯＫＵ　ＲＯＢＯＴＩＣＳで起こった事件の参考人ですよ。被害者の姉らしくて、ラボの物を引き取らせろと迫ってるんです」

　今淵は呆れたように首を振って、隣の高梨に顎で指図した。

「お前、行って説明して来い」

「ええっ！　僕がですか？」

「お前に言ってるんだから、そりゃそうだろ」

　高梨は不安を顔面に貼りつける。

「いや、だって、近づいちゃいけないような空気ですよ」

「いいから行け。静かになったら俺があの女から話を聞いてやる」

　尻を蹴られて、高梨は渋々声のする方へ向かって行った。その背中を、エウレカの３人のエールが押し出した。

「容疑者は全員で３人だな」

　今淵が自分のデスクのまわりにエウレカのメンバーを侍らせている様は、大学の少人数のゼミと教授という雰囲気がある。今淵にそれだけの貫禄があればの話だが。

「１人目は、第一発見者であり通報者でもあるガイシャの助手、両国雅照。これは裏の取れていない噂に過ぎんが、ガイシャに自分の開発した技術を盗られた上に、特許の申請をされたらしい」

「本当ならやばい話ですよ」

　菅が暗く沈んだ声を落とす。井ノ沢も渋い顔をしている。

「発明品と特許については、青色発光ダイオードの件で明るみになりましたけど、最近ではＦｅｌｉＣａの職務発明の対価の裁判も行われましたし、他にも発明への対価が支払われていないケースは多くあると言われてますからね。」

　さわらＰが神妙にうなずく。

「今回のケースもおそらく職務発明ということで、特許を受ける権利がラボに帰属するものだったんでしょう」

「あのラボはガイシャの個人事業になってる。まあ、上の人間が下の人間を搾取するって構造は、残念ながらどこでもあり得る話だな」

　今淵が力のない声で言うと、井ノ沢が苦笑を返した。

「なんか、刑事の今淵さんが言うとやるせない気持ちになるんですけど……」

「現場の手柄なんかも取られたりすることなんてしょっちゅうだぞ」

　世知辛い事情を暴露する今淵をエウレカの3人はやるせない気持ちで見つめていたが、当の本人はどこ吹く風といった感じで咳払いをした。

「そんなことはどうでもいい。両国の話に戻るが、ラボのまわりを散歩がてらビデオカメラの試撮をしていたらしい。で、戻ったところ、血まみれのガイシャを発見したんだと」

「試撮っていうのは？」

　井ノ沢が尋ねる。

「どうやら、ロボットの動きを撮影するつもりだったらしい。で、新しいカメラを買ったんだが、慣れるために試撮をしていたんだそうだ」

「第一発見者かつ犯行動機もあるってことですね」

　さわらＰが口を挟むと、今淵は微笑んだ。

「そうだな。第一発見者が犯人ってパターンはわりとあるからな。で、この助手がガイシャを発見して、同時に呼んだのが海野京子。さっき騒いでやがったガイシャの姉だ」

「ケーブルを引っこ抜いたって人？」

　菅が苦笑交じりに言うと、今淵は舌打ちをした。

「そういう余計なことする奴は意外といるんだよ。現場の手間を増やす異分子をばら撒くんだ」

「海野さんには動機はあるんですか？」

　井ノ沢が聞くと、今淵は資料を手の甲で強く叩いた。

「どうやらガイシャとは犬猿の仲だったようだ。金銭面での言い争いが絶えなかったらしい」

「血縁者でもお金の問題で絶縁するってこともよくありますもんね……」

　井ノ沢が苦い顔でそう言うと、今淵もうなずいた。

「まあ、人間ってものは色んなきっかけで変わっちまうもんだからな。あの女は両国にメッセージで呼ばれてラボにやって来てガイシャを発見して、取り乱してケーブルを引っこ抜いた。この２人が警察を出迎えた」

　今淵はデスクの上の缶コーヒーを一口啜って、最後の１人を紹介した。

「最後が、堂本恒通。広告代理店の情信の社員で、ガイシャの姉と懇意だったらしい」

「なんでこの人も容疑者に？」

　井ノ沢が尋ねると、今淵はデスクの上の書類を指さした。

「ガイシャの姉が一緒に金儲けを企んでたのが、この男だ。まあ、つまり、カネ絡みってことだな」

「なんか、トラブルだらけって感じっすね」

　菅の感想に今淵が同意を示した。

「金の生る木には亡者が集まってくるものなのさ」

　５分ほどして事情聴取の行われている部屋に足を踏み入れた今淵とエウレカの３人は、げっそりとした高梨の視線に迎え入れられた。

「ホントにすぐ返してくれるんでしょうね？」

　京子が最後の念を押すと、高梨は気弱な目でうなずいた。今淵は近くの椅子を引き寄せて腰掛けると、女をじっと見つめた。

「で、なんであのラボの物をそんなに引き取りたいんだ？」

「私が相続することになってるからよ！」

「弟のことより財産のことが心配か？」

　京子は顔をしかめた。

「弟の事業は日本の未来を担うのよ。どんなデータだって価値がある」

　井ノ沢が割り込んでくる。

「弟さんの助手の両国さんからラボに来てほしいと言われたんですよね。そういうことはよくあるんですか？」

　京子は顔をしかめて、井ノ沢たちエウレカのメンバーをジロジロと見つめた。

「なに、あんたたち、テレビで観たことあるわね……」

「いいから、質問に答えてくれ」

　今淵が促すと、不服そうに京子は答えた。

「初めてのことよ。だから、胸騒ぎがして飛んで来たの」

「で、現場を引っ掻き回したわけか」

　今淵が嫌味を垂れるが、京子は馬に念仏といった様子だ。

「それまではどこで何をしていたんだ？」

「ラボから車で１０分くらいのカフェで堂本さんと打ち合わせをしていたのよ」

「打ち合わせというのは？　何時頃からでしたか？」

　さわらＰが質問を投げる。京子は若者３人組を訝しがりながらも答えた。

「１６時半からだったわね。弟のロボットを世間に大々的に宣伝する計画を立てていたのよ」

　菅は顔をしかめた。

「仙石さんはメディア嫌いって有名でしたけど、大丈夫だったんですか？」

「大丈夫よ。でも、事件が起こる前、偶然街で弟と出くわしちゃってね。堂本さんと弟はお互い顔すら知らなかったのに、一緒になって大喧嘩よ。『金の亡者と手を組むつもりはない』とか言って」（※ヒント１：章末をチェックしよう！）

「全然大丈夫じゃねえじゃねえか……。いつごろの話だ、それは？」

「１６時……４５分くらいかしらね」

　井ノ沢が記憶を手繰り寄せる。

「遺体発見のおよそ４５分前ですね」

「大喧嘩して、あんたはどうしたんだ？」

「あの子がプンプンして帰って行くんで、放っておこうと思ったんだけど、堂本さんが『仲直りをした方がいい』と、ラボの近くまで車で送ってくれたのよ。だけど、しばらくどうしたもんかとウロウロしてたの。そうしたら、両国くんからの連絡が来て……」

「ラボの近くに着いたのは何時頃だ？」

「１７時過ぎかしらね」

「堂本はどうした？」

「車で帰って行ったわ。まあ、その後、あんなことがあったんで連絡してここに来てもらったけど」

「喧嘩の後、あんたの弟は？」

「車で来ていたみたいだったから、そのままラボに戻ったんでしょ。そこまでは知らないわよ」

　京子のつっけんどんな態度に刑事魂を焚きつけられたのか、今淵は鋭い眼光を飛ばした。

「ケーブルを引っこ抜いた理由はなんだ？」

「だから、ロボットが動き回っていたから、止めようと思ったのよ。あれじゃ、あのロボットがあの子を殺したみたいだったんだもの」

「ほぅ？　で、これから売り込もうとしてるロボットの評判に傷がつかないようにしたってわけか」

　じっと相手の反応を見つめる今淵だったが、京子も負けじと睨み返す。

「どのみち、あんんたには弟を殺す動機がある。金儲けの邪魔になったんだろ」

　あまりにも直接的な疑いの眼に、京子も向きになって言い返す。

「それなら、両国くんだって、弟と特許のことで口論になってたわよ。恨んでたっておかしくないでしょ」

「その噂ってホントだったんですか？」

　菅が声を潜めると、京子は意地の悪そうな笑い声を上げた。

「噂なんかじゃないわよ。弟はそのことを認めて、両国くんに対価を支払うって約束したんだから。それに、弟の技術に目をつけてた人間なんてごまんといるわよ。あの子もついこの前、ラボに侵入されそうになったとかで窓を潰しちゃったんだから」

「だから、ラボの窓が……」

　高梨が顎をさすりながら思案を巡らせている。京子は自画自賛するように口元に笑みを浮かべた。

「それで、私が入口にあの防犯カメラをつけてあげたのよ」

　今淵は高梨と視線を交わして、これ見よがしに溜息をついてみせた。京子のバッグの中でスマホが鳴って、彼女は立ち上がろうとした。バッグの口からハンカチがはらりと落ちる。高梨が拾って差し出すのをひったくるようにして受け取ると、京子は部屋の外を指さした。

「ねえ、ちょっと、電話してきていい？」

　今淵は無言でうなずく。京子は電話に出ながら、廊下に飛び出して行く。廊下から騒がしい声が漏れてきた。

「遺産は……」

　その声は遠ざかって聞こえなくなっていった。

「なんというか、世知辛いですね」

　高梨が嘆くように言うと、今淵は鼻で笑った。

「お前は経験がないだろうが、こんなことしょっちゅうあることだぞ」

「被害者はロボット製作で一代でひと財産築いたんだそうです。色々な国や機関、企業から引く手数多だったらしいですが、そういうものに目もくれなかったようですよ。それで業界ではちょっと敵も作っていたようです」

「ガイシャに家族は？」

「結婚もしてないようですよ」

「ガイシャの両親は？」

「亡くなってます」

「あの女の他にきょうだいは？」

「いません」

　今淵が椅子に深く腰掛けると、ギシリと音がする。

「じゃあ、遺産はあの女が独占できる」

「まさか、それ目的で……？」

　若者らしく正義の火を点す高梨と同様に、今淵も瞳を燃やしていた。

　鑑識官に呼ばれた今淵は高梨とエウレカの３人を伴って、パソコンのモニターの前に陣取っていた。

「両国さんから押収したビデオの映像とラボの入口に設置されていた防犯カメラの比較を行いました」

　鑑識官が簡潔に述べると、高梨が思い出したように、モニターを指さした。

「今淵さん、これですよ。これが現場の状況をややこしくしてるんです」

　興奮を抑えきれない部下を横目に見て、今淵は浮かない表情だ。

「そういえば、お前、なんか言ってたな。映像比較してどうだったんだ？」

　今淵が尋ねると、鑑識官はハキハキした口調で答えた。

「結論から言いますと、両国さんに犯行は不可能かと」

「それはこっちが判断する。何が分かった？」

　鑑識官はキーボードを操作して、画面内に２分割された映像を表示させた。

「左がラボの入口に設置されていた防犯カメラの映像です。いわゆる、クラウド防犯カメラというやつで、映像はクラウド上とラボのパソコンに保存されるようになっていました。設置されたのが２日前で、データも２日前からのものしかありません」

「右側は両国が試撮してたという映像か？」

「そうです。２つの映像のタイムコードを一致させて、同時に再生します。まず、１６時３２分から」

　右側の映像は暗いままだ。その時間の映像がないという意味だ。入り口前の味気ないコンクリートの地面を映す左側の映像にラボから出て行く男の後ろ姿が写っている。今淵が小さく舌打ちする。

「最近付けたわりに画質がそう良くねえな。音もねえじゃねえか」

　鑑識官が聞かない振りをして言う。

「状況と背格好、服装から仙石さんであることは明白です」

「時間的には、海野さんと堂本さんが打ち合わせを始めたくらいのタイミングですね」

　さわらＰが抜け目なく補足情報を入れていく。

「少し映像を早送りします。次が、１６時３９分です」

　左側の映像にまたもやとこの後ろ姿がラボから出て行くのが映っている。

「これが両国さんですね」

　高梨も食い入るように画面を見つめている。すぐに真っ暗なままだった右側の映像が表示される。コンクリート敷きの地面が大写しになっている。こちらは高精細なものだ。ここで鑑識官は一度映像を止める。

「タイムコードを見て下さい。１６時３９分２７秒０６……両者の映像は全く同じ時間のものとなります」

「どちらかが捏造されている可能性は？」

　厳しい目で今淵が尋ねる。

「両国さんのカメラ映像は、ずっと現場にいた両国さんが持っていたカメラごと押収しましたので、編集することはできませんでした。また、ラボの防犯カメラ映像は一度クラウドに保存されたものが自動でラボのパソコンのローカルにエクスポートされるように設定されてありました。この映像はクラウドから直接ダウンロードしたものになりますので、改竄はできないかと思います」（※ヒント２：章末をチェックしよう！）

「分かった。先を続けてくれ」

　両国が撮影した映像は街をフラフラと映すだけで、ほとんどは道路ばかりを撮っていて、太ももにレンズを向けているのか周囲の景色が見えない箇所も多々ある。

「使えねえ映像だな」

「街中でカメラを回すのって案外気を遣いますからね。かなり周囲に配慮したんでしょう」

　さわらＰが優しい解釈を見せる。とはいえ、両国の映像は街中の交差点などを映したりして、途切れることなく続いている。（※ヒント３：章末をチェックしよう！）

　両者のタイムコードが１７時２分を示した時、左側の映像に鼻をかみながらラボに入って行く男の姿が映る。（※ヒント４：章末をチェックしよう！）

「仙石さんか」

　井ノ沢が呟く。今淵は腕組みをしながら映像を睨みつけている。

「そろそろ、このラボの近くにあの女がやって来るわけだ」

「また少し早送りします」

　鑑識官は１７時１５分から等速再生した。右側の映像に、見覚えのある壁が映し出される。鑑識官が口を開く。

「ここで両国さんが戻ってきますが、両者の映像を比較して下さい。１秒以下のタイミングで両国さんのカメラの動きと防犯カメラに映った両国さんの動きが一致しています」

　両国がカメラを上げてラボの正面入口を映すのと、防犯カメラの中で両国がカメラを正面入り口に向けるタイミングと動きは完全に一致している。

「こりゃ、完全一致だな」

　さすがの今淵もお手上げというように大きく息を吐いた。それでも諦めきれないように、

「街の防犯カメラには何か映ってないのか？」

　と鑑識官に尋ねる。鑑識官の声が渋る。

「それが、あの街は防犯カメラの設置が進んでいなくて、映像以前の問題なんですよ」

　今淵は舌打ちで応じる。鑑識官は仕方ないというように映像を先に進めた。防犯カメラの画角から消えた両国のカメラはラボの中を捉える。作業台のそばに赤い血溜まりが映り込んで、「先生！」と両国の叫ぶ声がして、両国のカメラの映像は終了した。

「この後、１７時１６分に両国さんが警察に通報します」

　ラボの防犯カメラに両国の姿が入り込む。彼ら正面入り口の前をウロウロしている。

「そして、１７時１８分……」

　防犯カメラの画角に京子が現れる。それまでの間、両国は一度もラボの中に戻っていない。両国と２、３言交わした京子がラボの中に入る。そして、３０秒もしない内に防犯カメラの映像が終了してしまう。

「おい、なんで映像がない？」

　鑑識官が椅子を回転させて、残念そうな顔を今淵へ向ける。

「海野さんが現場のケーブルを見境なく引っこ抜いたんですが、その中に防犯カメラの有線ＬＡＮケーブルもありました」（※ヒント５：章末をチェックしよう！）

「あ～……、それで防犯カメラの映像が保存できなかったのか。データ保存がクラウド１本化されてるとこうなる可能性あるんだよなぁ……」

　菅がムンクの「叫び」のように、顔を押さえて嘆いている。鑑識官はあくまで冷静に先を続ける。

「その後、１７時２６分に警察が現着します」

「通報から１０分もかかったのか？」

「通報者の説明がままならず、オペレーターがてこずったようです」

　今淵は難しそうな顔をしていた。

「１７時１６分に助手がラボに入って、２分後にあの女が駆けつけたということは、助手はガイシャを発見してすぐにあの女にメッセージを送ったってことだな」

　鑑識官がうなずく。

「そのようです。両国さんのスマホからのメッセージは１７時１６分に『大変なことになっているので、早く来てください！』というのが発信されています」

　井ノ沢が冷静を装うように息を整える。

「ラボの出入り口はたったひとつで、窓は潰されている……。この状況だと、ラボには仙石さんを殺害したと思われる犯人が出入りできない状況だということになります。密室殺人ですよ」

　一同は井ノ沢のその言葉にじっと聞き入っていた。

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ヒント１：

京子の話によれば、仙石と堂本は初めて顔を合わせたらしい。逆説的に言えば、それまでお互いの顔を知らなかったということだ。

ヒント２：

現場となったラボに防犯カメラは設置されていた。一方、警察は防犯カメラの映像をクラウド上からダウンロードした。クラウド上の映像データを撮影したのが、現場となったラボの防犯カメラだとどうして言えるのだろうか？

ヒント３：

両国の映像は街の景色を映し続けているわけではない。さわらＰの解釈は的を射たものだったのだろうか？

ヒント４：

この映像では、仙石廉次郎の顔は完全に確認できているわけではない。

ヒント５：

京子は「ケーブルを引き抜いたのはロボットを止めるためだ」と証言している。防犯カメラのＬＡＮケーブルが引き抜かれたのは偶然だろうか？　ＬＡＮケーブルのコネクタは、ＬＡＮポートから簡単に抜けないような構造になっている。