解決編 因果応報
警察署の刑事部屋の隅で、今淵を前に高梨とエウレカの面々が顔を揃えていた。じっと腕組みをして何かを待つ今淵を、4人は見守っている。しばらくして、刑事の1人が報告書を携えて駆け寄って来た。書類を受け取って中身を確認すると、今淵は満足そうにうなずいて、やって来た刑事を下がらせた。
「早く帰りたいから手短に済ませるぞ」
「身も蓋もないことを……」
高梨が小言を口走るが、今淵はそれを無視して、捜査資料の中から1枚の写真を抜き取った。
「こいつがガイシャを殺した犯人だ」
写真にはSR-prototype42が写っていた。
「ロボットが殺人を……?」
「こいつには、人の動きから道具の使い方を学ぶ機能が備わってる。そして、現場の研究ブースのテレビは点けっぱなしになっていた。こいつは見たんだよ。通り魔事件の犯人がナイフで人を切りつける再現映像を」
今淵が4人の前に掲げる書類には、現場の研究ブースで流れていたテレビのチャンネルと、犯行のあった日に放送されていた内容がまとめられていた。
「犯行があった日の夕方、ワイドショーでは確かに通り魔事件の再現映像を流していた」
菅が青ざめた顔で呟く。
「つまり、SR-prototype42は、その映像を見てナイフの使い方を学習したということですか? そして、SR-prototype42はそれを自分で実行して検証を行った……。そんなことが……」
「なるほど」
井ノ沢が何かに思い至ったようだった。
「じゃあ、SR-prototype42を破壊したのは海野さんですね」
「え? どうして?!」
高梨が声を上げる。さわらPが彼を宥めるように優しい口調で話し始める。
「消防斧には、指紋もSR-prototype42が触った痕跡も残っていませんでしたよね。それはつまり、それを使った誰かが消防斧の持ち手を拭き取ったということです。消防斧はSR-prototype42を破壊するために使われたので、必然的にSR-prototype42が使ったのではないことが分かります。海野さんはラボにやって来て、およそ3分防犯カメラの映らないところにいました。おそらくは、その隙に……」
今淵はお株を奪われてつまらなそうに立ち尽くしていたが、そのまま黙ってエウレカの2人が話すのを聞いていた。だが、高梨は納得がいかなかったようだ。
「なんで京子さんがロボットを……? 自分が宣伝したいものだったはずなのに」
「だからなんじゃないっすかね」
今淵が口を開こうとしたが、菅が一足早く応えた。
「自分が宣伝したいロボットだったからこそ、人を殺したという事実を表沙汰にするわけにはいかなかった。そんなことがあったロボットを万博なんかには出せなくなるし、メディアでも使えなくなるのは目に見えているから」
「だから……、だからそのためだけに京子さんはロボットを壊したんですか? 目の前で弟さんが倒れているのに?」
「もしかすると、あの女はロボットがガイシャを殺すところを見たのかもしれん。もともと馬が合わなかった上に、弟の財産を狙っていた女だ。金儲けに目が眩んでロボットが殺人を犯したという事実を隠蔽しようとした」
「そんなまさか……」
高梨はおぞましいものでも聞いたように目を白黒させていたが、すぐに声を上げた。どうしても京子に正義の鉄槌を下したいらしい。
「でも、だったら、京子さんは証拠隠滅罪に問われるんじゃ……!」
「いや、それはないと思いますよ」
さわらPが冷静に眼鏡に触れた。
「証拠隠滅罪は他人の刑事事件に関わる証拠を隠滅することに適用されます。ロボットは、現行の法律では裁かれることはありません。だから、SR-prototype42が殺人を犯したという証拠を破壊したとしても、それを罰することはできないでしょう。それに、SR-prototype42もラボの物もすでに京子さんの所有物ですから、器物損壊罪にも問えない」
井ノ沢も硬い表情を浮かべている。
「それどころか、SR-prototype42を設計した責任者は仙石さん自身ですから、本人の過失で事故に巻き込まれたという解釈がなされるはずです」
「じゃあ、どうすれば……」
高梨が嘆くが、今淵は力のない微笑を向けた。
「諦めろ」
『続いてのニュースです』
刑事部屋の隅に置かれたテレビからニュースキャスターの声がする。高梨は、ふと、そちらの方に目をやった。
『広告代理店情信の本社事務所内に侵入し、従業員らに怪我をさせたとして都内に住む女が駆けつけた警察官によって逮捕されました』
「あ、今淵さん、テレビ……」
デスクに向かって書類の作成に勤しんでいた今淵は舌打ちを返す。
「うるせえ。仕事しろ」
ニュースのテロップに「海野京子」という名前が表示されていた。
『海野容疑者は調べに対し、「約束されていた契約を一方的に反故にされた。連絡を無視され続け、頭に来た」と供述しており、容疑を一部否認しているということです』
「SENGOKU ROBOTICSの売り込みが破談になったんですね。それで、あんなことを……」
今淵が溜息をついて立ち上がると、テレビんリモコンのところまで歩いて行って勝手にチャンネルを変えてしまう。
「今淵さん、今ニュース見てたんですけど……」
今淵が壁の時計を一瞥すると、高梨とは目も合わせずパソコンのモニターを凝視する。
「もうすぐ『帝大王』が始まるぞ」
その表情から彼の感情を推し量った高梨は小さく苦笑いした。
「そういえば、エウレカの3人、ここ最近、署で見ないですね」
「先週発覚した国際的な闇バイト組織の捜査に一枚噛んでるらしい」
「興味なさそうな振りして、エウレカの情報集めてるんじゃないですか」
高梨がからかうように微笑むと、今度は今淵のイラついたような眼光で射抜かれる。
「いつからここでくっちゃべってられるご身分になったんだ、てめえは?」
「はい、すみません。仕事します」
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