逃げられない戦い

 新島先輩に貰ったアドバイスをもとに加筆修正したものが書き上がったのは、お盆前だった。お盆には帰省すると言っていた先輩を大学で捕まえて、ぼくの作品をチェックしてもらうことにした。

 学生館の人出もずいぶん少なくなったように感じる。実家に帰る学生も多いのだろう。ぼくには無縁の話だ。

「ずいぶん早く書き直したんだな」

「アドバイスのおかげで色んな意味で方向性が決まったので書きやすかったです」

 原稿を差し出すと、新島先輩は嬉々として表紙を見つめた。

「タイトルも変えたのか……『クイズで解く! レザークラフターの殺人』ね。いいじゃないか」

 目を輝かせて彼はページをめくった。


「いいクイズだったね~」

 リライトしたぼくの小説を読んだ新島先輩の第一声がそれだった。なので、ぼくは抵抗の意味も込めて、

「ぼくの小説、どうでしたか?」

 と尋ねたのだが、その意図はどうも通じていないようだった。

「やっぱり、随所にクイズとか雑学がが紹介されていて、クイズ集というだけじゃなく、色々な知識を広く学べるものになったと思うよ。これならクイズ同好会のみんなも喜ぶだろうな」

 と、ミステリ研究会の部室の中で宣う。

「ああ、それはよかったです」

「この『エウレカ』のメンバーの今後もちょっと気になる感じで、続編も期待できるよね」

「続編ですか……、考えてなかったです」

「最初のうちはそれでいいよ。初めから続編のことを考えていると、変にセーブしちゃって中身がちょっとぼやけちゃったりするからね」

「まあ、そこはもうぼやけてるというか、別物になってるというか……」

「これ、もっとブラッシュアップしたらもっと良いものになりそうだな」

 何か嫌な予感がぼくの背中を這い上がっていく感じがする。

「ブラッシュアップ……ですか。これ以上、ですか?」

「やっぱり、磨けば磨くほど光るものだからね」

「なるほど……」

 新島先輩の真っ直ぐな眼差しを目の前にしてぼくは悟った。

 ──……これは逃げられない戦いだ。

「ええと……、どういうところをブラッシュアップすれば……」

「これはね、俺以外のアドバイスも聞くべきだと思うよ」

「ああ、セカンドオピニオンみたいな……」

 まるでぼくが病気みたいではないか。

富村とみむらさんっていう俺の先輩がいるんだけどね。もう卒業したんだけど、ミス研にも所蔵してたんだぞ」

「へえ、そんな人が……」

 この人にも増してクイズ脳の人間じゃないことを祈りたい。

「何冊か本も出してるから、かなり良いアドバイスが貰えると思う」

「え! そうなんですか!」

 新島先輩にそんなまともな人脈があったとは。

「どんな本を出されてるんですか?」

「確かね……、動物が好きな人だから、『ミステリの中の動物たち』っていう本も出してたと思うよ」

「ぜひその富村さんという方の意見を聞いてみたいですね」

「分かった。富村さんに連絡取ってみるよ」

 ひょんなことから始まったぼくのミステリ創作人生が幕を開ける音が聞こえた気がした。

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