『クイズで解く! レザークラフターの殺人』

クイズ狂からのアドバイス

 新島先輩は同じミステリ研究会に所属する3年生だ。頭と面倒見の良い人だが、モテているのを見聞きしたことはない。先輩に対して申し訳ないが、いわゆる良い人どまりというやつなのかもしれない。顔は広い方で、よく忙しそうにしている。

「おお、なに、書き上がったの? 早いじゃん」

 夏休みといえども、ぼくら学生は孤独を忘れるために大学に集まる。部室が集まるここ学生館は今日も学生の姿で賑わっている。そんな喧騒をドアの外に聞きながら、ぼくはプリントアウトした『レザークラフターの殺人』を新島先輩に差し出した。他のメンバーは遅れてくるらしい。大事おおごとにしたくはないから、見せるならこのタイミングしかないと報告に踏み切った次第だ。

「初めて書いたんで、脳味噌が疲れすぎて、書き終わった後13時間寝ました」

「寝たな~。ショートスリーパーのコアラぐらい寝てるじゃん」

「どれくらいか分かんないんですけど」

「どれどれ……」

 新島先輩はぼくの原稿の表紙に目を落とした。

「『レザークラフターの殺人』か。いいねえ。シンプルなタイトルじゃん。ってことは、革製品を作る職人が殺されるのかな? レザーで思い出したけど、ホラー映画に出てくるジェイソンはチェーンソー持ってるイメージだけど、実は今のところ1回も使ったことないんだよ。チェーンソーを使ってるのはレザーフェイスね」

「はぁ、そうですか。すごいっすね」

 そうだ、この人は妙な蘊蓄を強引にカットインさせてくるんだった。モテない理由のひとつなのかもしれない。

 新島先輩は嬉々として『レザークラフターの殺人』を読み始めた。時折、含み笑いをしたり、考えを巡らせたように原稿から目を離したりと、反応は良好のように見える。

「お、読者への挑戦状あるのか。いいね」

 笑みを浮かべながら、新島先輩は小説を最後まで読破してくれた。


「なるほどね~」

 新島先輩もミステリは書いていて、執筆仲間ができて嬉しいのか、ぼくを見てニコリとこりと笑った。

「どうでしたか? 初めてなんで見様見真似で書いてみたんですけど」

「初めてにしちゃめちゃくちゃ良いと思うよ。真相もちょっと意外だし、最後もなんかモヤモヤを残したままなのが妙に心に残る感じがするね。磨けばもっと良くなるよ」

 新島先輩は指で原稿を弾いて目を輝かせる。たぶん、これはリライトを求めているのだろう。ぼくは人間関係に波風を立てたくはない。先輩の思惑を汲み取ろうじゃないか。

「どの辺りを磨いたらいいですかね?」

「そうだね、まずは容疑者がもうちょっとほしいかなってところかね」

「容疑者ですか」

「被害者の姉が犯人じゃないかもってなった時に、じゃあ、別に怪しい奴いないじゃんってなると真相が分かりやすくなるからね」

「容疑者って何人くらいいたらいいですかね?」

「そうだね、4人がベストかな。4択問題にしやすいからね」

 急に想像しなかった単語が現れて、ぼくは聞き返してしまった。

「はい? 4択問題? ですか? クイズみたいじゃないですか?」

「大丈夫だよ。もうクイズみたいだから。逆にクイズみたいにしたくないなら色々と考え直さないとだから」

 あまりにも真っ直ぐな物言いに思わず納得しそうになる。

「まあ、容疑者が少ないっていう欠点はぼくもちょっと思ってました。増やすとしたらどういう人がいいですか?」

「被害者に動機を持ってる人がいいよね。例えば、被害者には弟子がいて、そいつが手掛けた作品を被害者のものにされたってなったら動機になるでしょ」

「なるほど」

 新島先輩のアドバイスをスマホのメモ帳に打ち込んでいく。

「あとはやっぱり、被害者が嫌っていたであろう広告代理店の人間もほしいね」

「確かに。京子もその人物の存在に言及していましたもんね。容疑者が増えるといいですね」

「クイズだと選択問題ってメジャーだからね。このクイズも選択問題式にした方がいいよ」

「あの、一応これ小説なんですけど、クイズにした方がいい感じですか?」

「クイズにした方がいいというか、もうクイズみたいじゃん。クイズみたいにしたくなかったなら、問題編と解答編にはしないわけじゃん」

「あ~……、まあ、そうなんですけど」

「そこらへんはクイズ作成者としての自覚をさ──」

 そうだ、この人がクイズ同好会にも所属しているということを今になって思い出した。なぜかは知らないが、先輩のクイズ魂に火をつけてしまったらしい。乾燥して火がつきやすい魂をお持ちなのかもしれない。

「となると、やっぱり先に読み進めさせる推進力が欲しいから……そこもクイズの力を借りた方がいいかもね」

「クイズの力ですか。どうすればいいですかね?」

 新島先輩は原稿を取って人差し指で文章をなぞる。

「『残暑が引いて、朝晩がグッと冷え込むようになってきた』っていう文章があるでしょ。これもクイズにできるからね」

「あ、書き出しからもうクイズにしちゃう感じですか?」

「やっぱり書き出しのインパクトって大事だからね。これはクイズなんだぞっていうことを読者に分からせるには一発クイズをぶちかますっていうのが有効な手段だからね」

「あー、なるほど……。ちなみに、小説に見せたいっていう時はどうすればいいですかね?」

「う~ん、でもまあ、繰り返すけど、これは問題編と解答編に分かれてるからクイズになるんだよね」

「おお、すごい頑なですね。頑なっていうか、意思が強いというか、そういうアレですね」

 新島先輩がぼくを見つめている。失礼にならないラインぎりぎりを攻めたつもりだったが、バレてしまっただろうか?

「意志が強いというか、クイズは奥が深いからさ。単純に問題が出て答えるっていうことだけじゃないんだぞっていうのを表現してほしいだけなんだよね。それを広めてほしいというか、このクイズでね」

「小説のつもりだったんですけど、なるほど。……先輩って、7割くらいクイズ同好会寄りの人みたいな感じなんですね。いや、まあ、別にいいんですけど全然」

「残暑なんかはさ、立秋を過ぎた暑さのことだから」

 ぼくの言葉を遮るようにして新島先輩が人差し指を振り上げる。どうやらクイズに興奮しているらしい。

「立秋は【24節気のひとつでもある太陽の黄経が135度に達する日】って言い換えちゃえばクイズになるわけよ」

「こ、黄経……ですか?」

「黄道座標の経度。これが135度になるっていうことは、秋になるっていうことだから、立秋以降に訪れる暑さっていうことになる。それはつまり、残暑なんだよ。1問目はこんな感じかな」

 自分で納得したように何度もうなずいている。

「1問目ですか。何問か出す感じなんですかね?」

「そりゃあ、クイズが1問だけで終わったらガッカリさせちゃうからね。せっかくのクイズ集なのにさ」

「クイズ集って言っちゃったよ」

「とりあえず……」

 新島先輩は原稿をパラパラとめくって素早く目を通していくと、かなりの早口をぼくに向けた。

「クイズにしやすいような【エスカレーター】みたいな単語は目についたら全部組み込んでほしい」

「結構クイズ差し挟みますね。こんなに挟んで大丈夫でしょうかね?」

「むしろ少ないくらいだよ。途中で刑事2人が事件現場に入るためにカバーをつけるところがあるでしょ。あれもね【何のためにカバーをつけているのでしょう?】みたいな豆知識を色んな形でちょくちょく挟んでいくといいよ。そうすると、知らない人は勉強になるし」

「なるほど……。これ思ったんですけど、クイズ出すじゃないですか、誰に向けてクイズ出してるんですかね?」

「そりゃあ、読者向けだよ」

「答えの出し方が難しいのかなと思いまして」

「なるほどね」

 そう言って新島先輩は顎に手をやった。初めてぼくの話を聞いてくれたような気がして嬉しいが、この感情は普通じゃないとも思う。まるでアマゾンの奥地で日本語が通じたみたいな感じじゃないか。

「そうしたら、クイズの解答者も捜査に帯同してるということにしちゃおうか」

「は?! どういうことですか?」

「解答ボタンを持ったパネラーが同行してることにすれば、彼らが頑張って答えてくれるだろう」

 新島先輩はそう言ってキリッとした目を向ける。

「いや、そんな真剣な顔で言われましても……。めちゃくちゃになりませんかね? 警察の捜査にクイズの解答者が同行するなんて」

「今はクイズの解答者も高学歴だから、警察がその頭脳を見込んで捜査アドバイザーとして迎え入れているという世界だ」

「捜査アドバイザーなのに現場でクイズやってていいんですか……。人死んでるのにクイズやってるって、めちゃめちゃサイコですよ」

「確かにそれはおかしいな」

「じゃあ、その設定はなしということで──」

「パネラーはクイズをやっていないと死んでしまう首輪型の爆弾を悪の組織につけられたことにしよう」

「こんな事件に関わってないでそっちを先に捕まえるべきでしょ」

「パネラーだから3人は必要だな」

「3人揃って首に爆弾つけられてたら高学歴どころか死ぬほど無能な気もしてきますけども」

「パネラーはクイズが好きな3人組だから、お互いにクイズを出すような間柄なんだ。そうすれば、クイズを出すくだりも自然になるだろう。君も彼らの気持ちになって、クイズが出したくなったタイミングでどんどん出して行っていいからな」

 よく分からないが出題の権限を一任されてしまった。

「分かりました……」


 新島先輩は「一息つこう」と言って部室の隅にある冷蔵庫からペットボトルの麦茶を持って来てぼくの分のコップにも琥珀色の液体を注いでくれた。

「クイズっていうのはさ」

 また熱を持って喋り出した。

「ヒントっていうのも大事な役割を持ってるんだよ」

「ああ、よくクイズ番組なんかでもヒントがちょっとずつ出てきたりしますもんね」

 新島先輩はまた『レザークラフターの殺人』の序盤にある一文を指さした。

「ここに『山道の脇に生い茂る木々の向こうからヤギが首を絞められたような鳴き声と茂みを何かが遠ざかっていく音がした』っていうところがあるだろ。これはさ、事件の真相に繋がるヒントになってるわけだ」

「あ、そうです。それが実はカモシカの鳴き声だったんだということを作中では明示はしていないんですけどね」

「ここにもう【ヒント!】って付足しちゃおう」

「はい? えっと……、なんでですか?」

「ヒントになってるからね」

「あ~……、でも、それが後々の推理の時に読み返して分かるっていうのがいいのかなと思いまして……。直接ヒントだって言っちゃうと読者の興を削いじゃうかな~と」

「クイズはね、広い年代に楽しんでもらえるようにするべきなんだよ」

「ずっとクイズの話してますよね?」

「だから、どこにヒントがあるかっていうのを示してあげるっていうのも大切なんだよ。そこはクイズ作成者として覚えておいてほしい」

「わ……かりましたぁ……」

 この人にはもはやぼくの言葉は届かないのかもしれない。何か狂気的なものを感じて反抗する気も失せてくる。

「じゃあ、今の文章のところに【ヒント!】と書き足す、と」

「【ヒント!】だけじゃダメかもな。【事件の真相に関わるかも? よく覚えておこう!】も追加で。他にも、カモシカが犯人だっていう伏線があるわけだから、そこにもちゃんとヒントだっていうことを書いた方がいいよ、もったいないからね」

「なんか親切すぎる気がするんですけど、大丈夫ですかね?」

「親切にされたら嬉しくない?」

「いや、嬉しいですけど」

「じゃあ、誰かに嬉しくなってもらうべきじゃない?」

 真っ直ぐな瞳でそう諭されてしまった。

「あ、そこはクイズとか関係なく人としてのアレなんですね……」

「それに、読者への挑戦状のところでちゃんとクイズを出すから、ヒントという伏線を回収できるから安心だよ」

「安心……っていう意味がちょっとよく分からないんですけど、どんな問題を?」

「まずクイズは【この事件の犯人は次のうち誰でしょう?】になる。選択肢は【A:被害者の姉】【B:被害者の弟子】【C:広告代理店の人間】【D:カモシカ】」

「急にカモシカが出てくると真相バレバレになっちゃいませんか?」

「選択問題だから正解を入れないと読者に対する裏切りになるからさ」

「まあ、それはそうなんですけど、選択肢の中でカモシカだけ明らかに浮いてて怪しく見えません?」

「カモシカには動機がないんだから、怪しくはないよ」

「怪しいというか、怪しくなさそうなのが逆に怪しいというか……」

「ちょっと何言ってるのか分からないな」

「なんでですか」

 新島先輩はコップの中の麦茶をうまそうに飲み干して満足げだ。

「とにかく、今伝えたことを盛り込んでもう一度俺に見せてみな。きっといいクイズになってるはずだよ」

「いや、もうミステリ関係なくなってる……いや、なんでもないです。分かりました。ちょっと頑張ってみます」

「新しく増やしたキャラによっては作品が大きく化けるぞ」

「そうですね。もうすでに相当化けてる感じがしないでもないですけどね」


 この日の活動ともいえないような研究会の活動を終えて家に帰ったぼくは参っていた。ある程度のダメ出しは覚悟していたものの、あれほどの急角度のダメ出しというか、アドバイスを食らうとは思いもよらなかったからだ。

 とはいうものの、ぼくが新島先輩に読ませたミステリは、エッジが大して効いていない特色のないつまらないものであったことは確かだ。

 初めてのミステリでおずおずと一歩を踏み出したぼくを新島先輩は見抜いていたのかもしれない。

 …………そう思わなければあの頭のおかしい指摘を到底理解できそうになかった。

 登場人物の増強、クイズ、謎のパネラー……ぼくは脳味噌から汗を滲ませながら、リライトを進めていった。

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