ソイラテ

巡 和樹

ソイラテ


 自さつは良くないと思う。


 少しでも自分に関わった人が悲しい思いをするから。


 私はこの子の前でも、同じことが言えるだろうか。


 「この前、しのうと思ったんだけど。でも、いざしのうってなった時に、悲しんでくれる人の顔が思い浮かばなかったの。」


 「だから、急にこんなこと言うのも変なんだけど。」


 「一ヶ月だけ私の恋人になって欲しくて。」


 

 六月。

 

 雨の日の喫茶店は思っていた以上に空いていた。平日の昼間ということもあるのだろう。だからこそ、六年ぶりに再会するクラスメイトがどこに座っているのかもすぐにわかった。顔を見たからわかったというより、この店の二人用の席に座っているのが彼女だけだったから。


 「矢場やばさんお待たせ。」

 

 ふわり。彼女の名前を呼んだ時、一瞬だけ懐かしい花の香りが思い出された。それがなんの花だったか、すぐには思い出せない。


 「き、来てくれたんだ。う、うれ、嬉しい。」


 彼女が顔を上げる。

 久しぶりに見た彼女の顔は、私が記憶していたものとは程遠かった。


 痩せこけた頬に目の下の黒ずみ。そのくせに目はにこやかに笑うみたいに細めている。髪の毛は無造作で何も手入れされておらず、とてもじゃないが二十代の健康的な女性のヘアスタイルには見えない。


 彼女は『矢場ラララ』。


 嘘みたいな名前だが、正真正銘それが彼女の名前である。また、とある因縁から私の高校生活の中で最も多く見た名前でもある。


 「久しぶりだね。高校卒業して以来だから六年ぶりくらいかな。」

 「そうだね。もうそんなに経つのかぁ。」


 店員さんを呼んでカフェラテとソイラテを頼む。どちらもアイス。

 最近、私の中ではソイラテがブームだ。チェーン店じゃないお店では置いていないことが多いが、ラッキーなことにメニューに載っていた。


 「それで、矢場さん。話って何?」


 ストローで豆乳とコーヒーを混ぜていく。最初は白と焦茶で明暗がはっきりしていたのに、少しかき回せば平らな薄茶になる。


 「えっとね。」


 矢場ラララはカフェラテに手も付けず、目ばかりが泳いでいる。落ち着かない様子かと思えば、数回深呼吸して真っ直ぐに私の目を見た。その目は何故だか潤んで揺れている。


 「この前、しのうと思って。」


 くわえていたストローから口を離す。今日はそんなにリップを濃く塗っていないのに、白いストローには薄桃色がべったりと付いてしまった。


 しのうと思って。


 しぬ。しぬって、自さつするってこと。


 唐突に頭の中に投げ込まれた言葉に、ぐるぐると頭の中を掻き回される。


 「でも、いざしのうってなった時に、悲しんでくれる人の顔が思い浮かばなかったの。」


 「だから、急にこんなこと言うのも変なんだけど。」


 さも自分の趣味の話をするかのように、彼女は途端にじょう舌になった。暗い瞳に似つかわしくない頬の紅潮が見える。


 「一ヶ月だけ私の恋人になって欲しくて。」


 かき回された頭の中がこぼれる感覚。

 こぼしたものはもう元には戻らない。だからなのか、私はろくに話したこともない同級生のこんな発言に、沈黙が訪れる間も無く答えてしまった。


 「わかった。いいよ。」

 「う、うれ、うれしい。えへへ。」


 ここだけを切り取れば微笑ましい告白の一幕だっただろう。でも違う。


 理由もわからないのにしにたがって、理由もわからないのに恋人になりたがる女と、それをすぐに承諾した女が向かい合っている。平日の喫茶店で。


 「ソイラテ、美味しい?」


 気付けば、矢場ラララのカフェラテはもう半分がなくなっていた。こぼしたのではなく、彼女の体の中に滑り込んでいったのだ。


 私はまた深く考えず、特別の秘密を打ち明けるみたいに囁いた。


 「家だったらもう少し私好みに作れるかな。あと、健康に良いらしいから飲んでるだけ。」


 そんなに好きじゃないし、って言葉は、頭からこぼれなかった。



 恋人を家に招き入れたのは久しぶりだった。


 「これからよろしくお願いします。あ、これ、お金。」

 「え?」


 ラララは背負っているリュックサックから、百万円の束を、さもそれが当たり前の行為のように取り出した。


 「一応、その、恋人になって欲しいとか同棲とかお願いしたのに、タダでっていうのも都合良すぎるなって。もちろんバイトもするけど、少しでも生活の足しになれば良いかなって思って。」


 喫茶店で本題を切り出した時と変わらず早口は治っていない。高校の時はこんな子じゃなかったのに。


 あの矢場ラララが私の家にいる。宿敵としてでも友達としてでもない。恋人として。

 

 彼女はしにたがっている。

 

 彼女はしぬ前に恋人が欲しいという。

 

 彼女は悲しみの中にいる。


 「こんな大金どうやって工面したの?」


 ふわり。また、あの懐かしい花の香りを感じた。 

 

 「ママがくれるからもらった。」


 彼女の顔は学生の頃の表情に戻っていた。

 いつも退屈そうで、笑顔なんて見たことない。そう、この顔が私の知っている矢場ラララの顔だ。

 無愛想なくせに勉強だけはできたから目立っていた。しかもずっと学年一位。


 で、私はそれを見上げるしかない二位。掲示板の前で、何度彼女の名前を見上げる羽目になっただろう。


 高校の三年間をラララと同じクラスで過ごした。そのおかげで、学力テストではクラス一位にすらなれなかった。私の幼い自尊心は傷つき、ラララと直接口をきくことはなかった。同じクラスだったのに。

 

 「あ、えと、その。」

 

 気がつくと、ラララは私の真正面に立って視線を泳がせていた。


 「恋人になったから、早速、お願いしたいことがあって。」

 ラララの顔が赤くなる。

 

 「な、名前で呼んで欲しいな。」


 冷蔵庫、扇風機、換気扇。そのどれもが、騒々しい音を立てて動いているということが静かになってようやくわかる。背中が少し汗ばんでいるのにも気がついた。


 名前を呼ぶくらいは友達だってする。それなのにどうしてこんなに恥じらう姿を見せるのだろう。


 『しのうってなった時に、悲しんでくれる人の顔が思い浮かばなかったの。』

 

 ラララの言葉を思い返す。

 

 百万円も現金を工面してくれる母親は泣いてくれないのだろうか。

 

 母親ではダメなのだろうか。 


 恋人になった私は、ラララのしを悲しめるだろうか。


 ふつふつと煮え切らない感情が沸き起こる。ラララと話していると私はどうも調子がおかしい。高校時代の因縁か。それとも、無力で情けない彼女に怒りを感じているんだろうか。

 どれもきっと違う。

 これは、嫉妬だ。


 「いいよ、ラララ。あと今更なんだけどさ。」


 恋の虚しさを知らないラララが妬ましい。


 ラララの手に指を絡ませる。ラララの指は少しだけ湿っていた。

 

 「恋人ってどんなことする関係か、知ってる?」



 初めてシたのは高校三年生の春。受験が終わってすぐ。


 第一志望校に受かった私は、当時通っていた予備校のチューターとシた。大学生だった彼はずいぶん興奮していたみたいだけど、私にしちゃ痛いし暑いし、割と好きだった彼の顔が必死すぎて冷めてしまった。


 男は結局、シたくて付き合っているだけなんじゃないかって思うようになった。チューターの彼はことあるごとに私を誘ってきたから。


 恋愛なんてくだらない。


 私のことなんて見てない。見ているのは私の顔、体、下半身にある穴。


 心の穴は埋めてくれなかった。


 「ラララはこういうことするの初めて?」

 「あ、う、う、ぅ、うん。」


 ラララは恋人が何をするか知って私を誘ったのだろうか。

 もし適当な男に声をかけていたら?

 なんで私が選ばれた?

 あんなに大金を用意してくれる親がいるのに、なおも他人を求める?

 

 なんで、恋人なんか欲しがる?


 教えてあげる。恋ってこんなにしょうもないことなんだよって。


 「ラララ、口開けて舌出して。」


 慣れた手つきでラララをベッドまで連れて行き、服を脱がせる。

 ラララの下着があらわになる。再会した時の第一印象と同様、それはとてもじゃないが二十代の女性のものと思えなかった。というか、高校の頃につけていた下着と変わらないんじゃないか、これ。


 あ、と気が付く。

 なんで高校時代の下着のことなんか覚えてる?

 はじめに会ったときに「記憶していたものとは程遠い」なんて思った?


 私にとってラララは、いつも一位のうっとうしい奴って認識じゃなかったのかよ。

 そんな雑念を悟られたくなくて、私はすることに意識を集中させた。でもそれは逆効果だった。


 ラララの舌と私の舌が触れ合うたびに。

 ラララの体を私の指で曖昧にしていく感覚に浸るたびに。

 ラララの快感に喘ぐ声が私の鼓膜を揺らすたびに。


 私は自分の心がかき回されていくのを切実に感じた。

 

 あの矢場ラララとシている。

 勉強では敵わなかったあの矢場ラララと。

 今までしてきた男たちとは全く別だった。ラララの線は細く、少し骨っぽいのに、抱きしめるとその柔らかさに驚いてしまう。女の子とするのは初めてだった。だけど私たちの相性は、昔から体の関係があったみたいにばつぐんだった。


 かき回された私は、いつしか自分自身を俯瞰して見ることもできないくらいにラララに溺れた。


 

 「なんで私なの。」


 ベッドの上で体育座りをするラララに、冷蔵庫から取ってきたペットボトルを渡す。蒸し暑いが、あれだけ激しく交わった後に水分補給は欠かしてはいけない。

 こんなことをシた後に聞くのは間違いなくヤバい女のすること。でも、ここでしか聞けない気がしたから。


 「佐倉さくらさ、じゃなくて、みかちゃんはさ。」


 下の名前知ってたんだ、と素直に思う。ああでも、そうじゃなきゃあんなお願いしないか。


 「いっつも私のこと見てくれてたから。」

 「え?」

 「みかちゃん、あんまり話したことなかったけど、いつも見てくれたのは気づいてたから。」


 ふわり。またあの懐かしい花の香り。

 記憶が蘇る。

 この匂いは、教室に置いてあった薄黄色の花の香りだ。いつも、ラララが世話していた花。


 「だから、その、悪くは思ってないのかなって。」


 ペットボトルをベッドの横の棚に置いて、ラララの方を向き寝転がる。


 違うんだよ。

 ラララのこと、うっとうしかったんだ。

 なんで一番になれないのかなって。あんたがいなけりゃもっと自分を好きでいられたのにって。

 

 でもそんなことは言わない。言ったって、過去には戻れない。

 それに、私たちは恋人だし。余計なことで溝を深めたくない。


 「恋人っていいね。」


 気がつけばラララもベッドの上で横になっており、私とばっちり目があう体勢になっていた。


 「そんなに気持ちよかった?」

 「あ、うー。そ、それもちょっとはあるけどさ。」


 豆電球に照らされているラララの顔が面白いくらいに赤くなる。

 なんとなく、この子の初めてが私でよかったと思った。なんとなく。


 「他人だから。」

 

 にい、と笑う。綺麗に揃った歯たちがこちらをのぞいていた。


 「他人なのに、繋がれるから。他人なのに、一緒にいられるから。」


 私の中にあった妬みの感情が、綺麗さっぱり無くなってしまったのを感じた。


 同時にある一つの疑問が浮かび上がる。

 ここに来た時に抱いた違和感。


 「お母さんは、ラララのママは悲しんでくれないの?」


 ガシャン。

 

 シャッターの閉まる音が聞こえた気がした。


 ラララは私の視線から逃げるように、天井を見遣った。


 娘と母の関係ってやっぱり触れちゃいけないのかな。よく言うよね。でも正直、私にはわかんない。

 

 ずっと父と二人だから。

 

 父に認められたくて勉強を頑張ってきたけど、この子のおかげで私は心の底から父に認めてもらえることはないのだと諦めた。一位じゃないと認めてもらえないって思ってたから。お母さんの代わりにはなれないから。


 「ママは多分、私がしんだら泣いてくれると思う。」


 ラララの声で、浮遊していた意識がベッドの上に引き戻された。ラララの横顔と上下する胸を見つめる。


 「でもそれは私のためじゃない。」


 「娘を亡くした、かわいそうな自分のためにしか泣けないの。」


 「そういう人だから。」


 全部を諦めてしまった声。それに伴う異質な空気。

 私はこの声を、この空気を知っている。


 絶望を隠す時、これ以上傷ついてしまいたくない時、人はこういう空気をまとう。


 私自身がそうだったから。


 「私も一つ聞いていい?」


 ラララは目線を天井にったまま小さな声で呼びかけた。


 「どうしてカフェラテじゃなくてソイラテが好きなの?」


 ラララの横顔から目を離して、私も天井を見る。豆電球は慣れてくると眩しいくらいに明るく感じてしまう。


 「豆乳って体にいいから。」

 「うん。」

 「イソフラボンとか、低脂質低カロリーなとことか。あと牛乳よりお腹に良いんだ。個人的に。」

 「ふーん。」


 丁寧な暮らし。かっこよく聞こえるけど、なんだか虚しい気持ちも湧いてきた。

 

 私は生にしがみ付いている。

 ラララはしを渇望している。

 さっきまで体を重ねていた二人に、同じ空気をまとった事のある二人に、大きな溝があることを思い知らされた気がした。


 ラララの規則正しい寝息が聞こえてくる。


 それに釣られるように、私も意識を失った。まだ熱が残るベッドの中で。


 

 恋人としての一ヶ月は、駆け足で過ぎ去っていった。

 

 少しはラララのこともわかってきた気がする。


 ものすごく賢いけど、人間関係を築くのが苦手でアルバイトを転々としていたこと。結局同棲してから間も無く、アルバイト自体を辞めた。まあ、例の百万円と貯金があったし、私も家にいるラララに対して不満もないから良いんだけど。

 

 ものすごく頑固なところもある。私が作った料理でも苦手なものは先にことわって食べなかったし、結局、この一ヶ月でソイラテを飲むことはなかった。豆乳の鼻に抜ける独特の香りが苦手らしい。


 ものすごく愛を、特に性的な愛情表現を求める。これは私もつい乗り気になってしまうところも影響しているのかもしれない。

 ラララと体を重ねるたび、情熱的な「生」の活動を通して着々と「し」に近づいているのを感じた。それがまた、二人の着火剤になる。噛んだり、傷をつけたり、首を絞めたり。そういう破滅的なこともした。それと同じくらいに相手をいたわる交わりだってあった。

 恥ずかしいくらいに私たちはお互いを求め合って、おちていった。



 そうして、その日はやって来た。



 「みかちゃん、今までありがとう。」



 気持ちのいい朝。小鳥のさえずり、ごみ収集車の排気音。町が目覚める音を聞きながら私たちは向かい合っていた。


 契約の日からちょうど一ヶ月が経った今日。


 ラララはこの家を出ていく。


 「無茶なお願いだったのに、一緒にいてく」

 「ねえラララ。」


 別れの挨拶を言いかけたラララの言葉を無理矢理に遮る。


 もう手遅れなんだよ。


 何を言ってもダメだよ。


 最初に言うべきだったんだよ。


 そんな言葉が頭をいっぱいにしている。

 それでも、私は構わずに想いをぶつけることにした。



 「私、ら、ラララが、い、いなくなっちゃうのは、悲しいな。」



 震えて上手く声が出せない。目の奥が熱くなって視界がにじむ。


 結局私は、彼女のことを何も知らない。


 母親のことも、なんでしにたいのかも。

 

 誰のことも何も知らない。分からない。

 自分のことだってよく分からないのに、他の人のことなんてわかるわけがない。わかっていいはずがない。

 

 彼女の悲しみは彼女だけのもの。

 私の悲しみは私だけのもの。


 だから、独りだってわかっているから、いなくなってしまうのは悲しい。


 「いや、違うな。そんなのは体裁をつくろいたいだけの言い訳だ。」

 

 濡れた頬を乱暴に手のひらで拭う。もう自分の気持ちからは逃げられないと思った。情けない、単純、しょうもない。そんな自分を責める自分に向き合わないといけない。


 そう、本当は悲しいからだけじゃない。なんで悲しいのか。いってほしくないのか。


 だって私は。


 「ラララのことが、好きだから、悲しい。」


 ラララの幼さの残るあどけない表情が好き。

 ラララの私を呼ぶ優しくてくすぐったい声が好き。

 ラララのおっちょこちょいな様で真っ直ぐな言葉が好き。


 だから、いかないで。


 「私もみかちゃんのこと、好きだよ。」


 ラララは笑った。私の大好きな笑顔だった。


 だからわかってしまった。

 そうか。やっぱりもう。

 

 彼女の気持ちは、簡単には変わらない。

 ずっとそばで見てきた。わからないことの方が多いけど、一つだけわかることがある。


 ラララは救えない。生きるということに、あんまりにも向いてないんだ。

 ラララ自身がそれを一番よくわかっている。


 ラララにとっての安らぎはこの世にはないんだ。

 

 でもこの一年間のラララの笑顔は、声は、言葉は、きっと嘘じゃない。


 「いくんだね。」

 「うん。」


 ラララはゆっくりと立ち上がって、横の椅子に置いてあったリュックを持ち上げようとする。はじめに来た時よりも少しだけ軽くなったはずのリュックは、なぜか来た時よりも重そうに見えた。


 「ラララ。」


 立ち上がる彼女を静止させ、目を見る。



 「ソイラテ飲まない?、とびきりおいしいやつ作ってあげるから。」


 

 ラララは私に笑いかけ、その細い首を上下に揺すった。




 じさつは良くないと思う。


 少しでも自分に関わった人が、悲しい思いをするから。


 横で寝息を立てるこの子の手首の傷跡を、背中から抱き締めるようにさすりながら考える。私の手首にもある、何本かの傷跡。きえてしまいたくても出来なかった、失敗の証。


 

 「私たちは同じなんだよ、ラララ。」


 

 悲しい思いをして欲しかった。

 私がしんでしまうことで、泣いてくれる人が欲しかった。

 きっと無意識にそう思っていた。だから、他の人もじさつをして欲しくないと思った。


 私たちは独りだった。


 ラララから恋人の契約を願い出されてあまり動揺しなかったのは、私も同じようなことを考えたことがあったからだったんだと思う。

 苦い思い出を再生したくなくて、この手首の傷跡の記憶とともに無かったことにしようとしてたんだ。

 でも思い出してよかった。


 エビルフェイとビルタリン。

 

 ソイラテに、心療内科に通っていた頃にもらった二つの薬を混ぜることで、ラララをとどまらせる事ができたから。この薬は大量摂取で強烈な眠気を引き起こす。

 

 きっともう、ラララも私もソイラテを飲まないだろう。


 これはエゴだ。

 どんなに悲しくても、辛くても、その人の苦しみを全部肩代わりすることはできない。だから、彼女のきえたい気持ちやしにたい気持ちを取り除いてあげること、代わりに乗り越えてあげることはできない。ラララと暮らすようになってから、ずうっと考えていたこと。


 ひとはみんな独り。


 同時に、独りは一人じゃないとも思う。


 独りは何人もいて、その独り独りが支えあって生きている。いや、極論支え合ってなくたっていい。独りであるという事が同じなら、それだけでいいんだと思う。


 「ごめんね。ラララ。私、ずる賢くて悪いひとなんだ。」


 起きた時、気持ち悪くてしばらくは寝込んじゃうだろうな。オーバドーズってほどじゃないんだけど、やっぱり体への負担は大きい。やったことあるからわかる。

 

 怒られちゃうかもなぁ。

 なんで邪魔するのって。私のこと何にも知らないくせにって。

 そしたら言ってやろう。


 ざまあみろ。私を惚れさせたのが悪いっ、てね。


 ラララの髪の毛のにおいを嗅ぎながら、スマホで会社に有給休暇の旨を伝える。


 今日はずっとこうしていたい気分なのだ。



 

 


 終

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