第3話 常長乗船

空想時代小説


 アカプルコに着いて、向井将監の案内で横沢将監らはホテルに入った。武士以外は、船で寝泊まりである。弥七はそのリーダー格となっていた。弥七より年上の者でも、言葉がわかる弥七は頼りになる存在なのである。

 ある日、暴徒が武器を持って船におしかけてきたことがあった。弥七の命令で急遽桟橋が外され、もやい綱も切った。船はアカプルコ湾から出ることはなかったが、少ない人数で岸壁に戻すのに苦労した。どうもアカプルコの人間からは歓迎されていないようだと弥七は感じていた。たまに、アカプルコの街を歩くことがあったが、冷たい視線を感じたからである。後で知ったことだが、日本の将軍が直接イスパニアと通商をすることは、マニラ経由で商いをしているノビスパンの人からすれば、ライバル登場ということになるからである。

 6ケ月ほどで、待ち人がやってきた。支倉常長一行がイスパニアから戻ってきたのである。しかし、歓迎ムードはどこにもなかった。憔悴しきった表情での帰船であった。弥七は、常長殿の任務が不調に終わったことを悟った。それにしても常長の服装には驚かされた。紋付き袴姿ではなく、きらびやかな色の服で、鳥の羽までついた帽子をかぶっている。まるでイスパニアの貴族のような出で立ちだった。刀も日本刀ではなく、洋風の刀を持っている。中には短筒を持っている家来もいた。イスパニアに渡った時は、30人ほどの一行だったと聞いたが、戻ってきたのは10人だった。死んだ者もいれば現地に残った者もいるということだった。

 数日後、ソテロ神父もイスパニアからもどってきた。神父が持参したイスパニアからの手紙を見て、常長は肩を落としていた。しばらくして、常長から帰国の命令が出た。そこから船の修理が始まった。嵐でこわれたところや、新しい帆をはるなどの作業に追われた。それにしても弥七は気がかりなことがひとつあった。水夫は30人ほどしかいない。これでは、全ての櫓をこぐことはできないし、交代要員がいなければ皆倒れてしまう。出航まで数日というところで、新マニラ総督アロンソ・ラファルトという人物がやってきて、マニラまで連れていくことになった。


 出航当日の朝、50人ほどの異様な集団が船にやってきた。足かせがはめられ、鎖でつながれている。中には、全身黒い人間もいた。アカプルコの街で見た人間とは明らかに違う。マルケスに聞くと、牢屋から連れてこられた奴隷や犯罪者たちだとのこと。弥七は航海が無事終えられるか心配になった。元和4年3月7日(1618年4月2日)修理が終わった船はアカプルコを出航した。マニラにはイスパニアの船が使う海流にのっていった。海に流れがあることも不思議だった。帆ですすむ日が多く、水夫たちの出番はさほど多くはなく、交代制が守られたこともあり、大きな反乱は起きなかった。食事についての文句はあったが、牢屋にいた時よりは好待遇のようだった。ノビスパンに来るのに、7ケ月もかかったのに、マニラには4ケ月ほどで着いた。元和4年6月20日(1618年8月10日)のことである。とても暑い日だった。


 

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