パリ破壊命令を阻止せよ

しーしい

パリ破壊命令を阻止せよ

――――1944年8月23日 夕方


 制服姿の婦人を車に押し込むと「出発して」とピエールに指示した。車はパリの裏通りを疾走し始める。

「こんな事をして、ただで済むと思ってるの?」

 目隠しのまま転がされた女性は、抗議した。

「もともと、ただでは済まないレジスタンスだからね。親衛隊女子補助員SS娘さん」

「女性?」

「あんたも女性軍人だろ。エルマ・クレーベ」

「私を狙い撃ちにしたの? 戦時国際法を遵守した扱いを……」

「だからレジスタンスだって。私らを即刻処刑しているのは、あんたら秘密国家警察ゲシュタポ親衛隊SSの一部門)じゃん」

 私は彼女の素っ頓狂さに呆れると、スカートをめくる。武器を隠していないか調べるためだ。

 ドイツ娘はその行為に抵抗するが、如何せん後ろ手に縛られている。

「フュジィ(秘匿名)姐さん、検問です」

 運転を担っているピエールが報告した。別に私達を封鎖している訳では無く、常設の検問だ。

「ショッキ(秘匿名)とタイミングを合わせて」

「無茶な話です、よね」

 ピエールは気合いを入れると、アクセルを踏み込む。

 私は短機関銃を用意すると安全装置を外した。

 検問前で突然加速した車に、ドイツ国防軍兵士は驚き、短機関銃を構える。

 その時突然、検問が爆発した。兵士達が爆風でよろけている隙に、車は検問を突破する。私は車窓から身を乗り出すと、短機関銃を乱射した。国防軍の反撃が、車の薄い鉄板に穴を開けていく。

「きゃぁああ」

 エルマは、あらん限りの悲鳴を上げた。

「うるさい。親衛隊女子補助員SS娘

 車内に戻ると、まだ熱い短機関銃の銃口を彼女の尻に押し当てる。

 余計うるさかった。

「姐さん、車を変えましょう」

「予定地点Aに。なんとか、計画どおりに進んだ」

 ゲシュタポに勤める、一人の親衛隊女子補助員SS娘を誘拐するのは、容易い事では無い。戦闘訓練を受けていない後方要員が脆弱である事は秘密警察も自覚しており、彼女達はオフィス近郊に住んでいる。もっとも、ドイツのジャガイモどもは(緊迫した状況下でさえ)花の都に浮かれているので、そこを狙えば良かった。

 路地裏に突っ込むと、玉突きのように偽装したタクシーに乗り換える。

「ほら、歩いてね。エルマちゃん」

 汚物が転がる道を急き立ててタクシーに乗せると、彼女の目隠しを外した。

「ここはどこ?」

「さあね、パリの闇って所。暴れると銃弾を撃ち込むよ」

「私を、どうするの?」

「そりゃあ、尋問する」

 彼女の背を拳銃に模した親指で押す。

「お願い、お家に返して」

「レーゲンスブルク(バイエルン州の古都)出身だっけ。パリ解放まで、もう少しさ。そうしたら、あんたはめでたく捕虜になる。望んで捕虜になれるのは、極一部だ」

 アメリカとイギリスは、ノルマンディーからベルリンを目指し、ソビエトは東から急速にベルリンに迫りつつある。

 ベルリンが燃えようが、瓦礫になろうが関係ない。

 レジスタンスとしては、連合国軍が到着するまでの間、パリを守らなければならない。


「ゲシュタポは、ヒトラーからパリ軍事総督コルティッツ将軍に宛てた軍事通信を、傍受したのだろう」

 私はエルマに対して、優しく尋問した。これが男性の親衛隊SS員ならもっと酷い事をしている。

「何の事ですか?」

 エルマは抵抗した。

 残念ながら、私の優しいの範囲は広く、彼女は目隠しされスリップ一枚で椅子に縛り付けられている。

 胸の谷間に、護身用拳銃を差し込むと、エルマは呻いた。バイエルン州のお嬢様でも、その冷たさが何かは分かるのだろう。

「ヒトラーへの忠誠は、得にはならないさ。今に到っては」

 私はドイツ人の総統閣下をせせら笑った。彼は今、地下壕で爆弾に怯えている。

「総統閣下への侮辱は許しません」

「そう言う親衛隊SS員が殆どだ。でも最後には追従だと認める。親がナチ党だったんだろう? だから娘を差しだした。商売が有利になるようにね」

 ドイツ国内のレジスタンスが得た情報を、少しずつ開示していった。

 レジスタンスは、どこの国にもいる。ゲシュタポの締め付けが厳しくなればなるほど、地下に潜るだけだ。

「閣下だけでは無く、父をも侮辱するのですか」

「エルマは、鎖の弱い輪だ。ゲシュタポに信頼されているが、ガラス細工だ」

「私の事まで侮辱を」

「ゲオルク・ヒルバートは、シベリアに送られた」

 私は嘘をつく。

 彼が東部戦線の武装親衛隊SS員である事は把握したが、生死は不明だ。

「違う、そんなの違う!」

 エルマは浅く口を開いて、硬直した。ゲオルクは、彼女の婚約者だ。

 彼女の中で怒りがたぎるのを感じる。

「共産党から得た情報だ。確度は高いよ」

「そんなの、嘘よ」

「エルマの故国ドイツは負けるんだ。でもその足掻きはフランスにとって迷惑だ」

「足掻きですって、こんな街、燃えれば良いのよ。総統閣下は、パリを焼けって、そう命令したんだから」

 彼女は激昂した。私は、彼女の目隠しを取る。

「ありがとう。裏付けが取れた」

 私は満身の笑みで、彼女の協力を労った。

「ち、違う」

 いまさら失態に気付いた、エルマは青ざめる。

「エルマは、本当にパリが焼かれれば良いと思った?」

 私は、彼女の縄を解くと毛布を渡した。

「……」

「後で、食事を与える。パリが解放されるまで、自由にしてあげられない」

 今日の午後、ヒトラーはドイツ国防軍のコルティッツ将軍に対してパリ破壊を命じた。それは内部協力者から、レジスタンスに伝えられた。

 私達の仕事は、その裏付けを取る事だ。だからゲシュタポの無線士兼テレタイピストとして働いているエルマをさらった。ゲシュタポがドイツ国防軍の通信を傍受するため、彼女らを使っている事は分かっていた。

 アメリカ軍・イギリス軍・自由フランス軍の連合国軍はパリ郊外まで迫っている。

 ドイツ国防軍は、市内で戦うレジスタンスとの休戦を、おおむね守っている。

 もし彼らが、ヒトラーの命令を遂行するならば、連合国軍に速やかな進軍を促す必要がある。

 さらに、レジスタンスによる武装蜂起のタイミングも検討すべき項目だ。早すぎると鎮圧されてしまうし、遅いとパリが火に包まれる。

 レジスタンスが蜂起に拘るのは、戦後においても政治的影響力を保つためだ。ド・ゴール将軍はクソ狸で聖人君子では無い。


――――1944年8月24日 未明


 ピエールは、得た情報をレジスタンスの上部組織に伝達している。

 問題があった。時間が迫っており、人づてに伝える余裕は無い。

 無線を使うのは危険な作業だ。当然ゲシュタポは傍受しているし、彼らはエルマを探している。

「送信が終わったら、逃げるよ」

 二階に上がると、電鍵を必死に打つピエールの背中に声をかけた。

「姐さん、先に逃走の準備をお願いします」

「分かった」

 返事すると、監禁部屋に入る。エルマは泣いていた。

「さあ、また逃げるよ。エルマ」

「ゲシュタポが助けに来ます。貴女達だけで逃げれば良いんです」

「パリは解放される。親衛隊SSの軍人がどう扱われるかは分かっているんだろ。あんたの制服、身分証明書、階級章は焼いた。私らの庇護のもと、国防軍の軍属(階級を持たない軍の雇員)として投降すれば、酷い目にはあわない」

 私はエルマを説得する。

 親衛隊SS員は、投降しても戦犯扱いになる。これまで行ってきた残虐行為の裏返しだ。同じ女子後方要員でも、軍属なら許される。

 加えて、リンチも恐れる必要がある。

 解放後、レジスタンスに参加しなかった一般市民は、ナチス協力者と指差される事を恐れて、ドイツ人やナチスに加担した同胞に対して私刑を行うだろう。ヒムラーの言うアーリア人の容姿をしたこの娘は、うってつけの憎悪対象だ。か弱い存在であればあるほど、市民の怒りは容易く向かう。

「そんな事……」

 エルマは涙を拭いながら首を振った。

「明日にも、連合国軍はパリに突入する。保身しても誰も批難しない」

「ゲオルクがいないなら、生き残っても意味が無いです」

 そうしてエルマはまた泣く。

「シベリアは絶滅収容所では無いよ。運が良ければ帰ってこれる」

 私は、また嘘をついた。

 武装親衛隊SS員の扱いは、スターリンの方が苛烈だ。捕虜となって生還できる可能性は極めて低い。

 その時、ピエールが部屋に飛び込んできた。

「姐さん、ゲシュタポだ」

 ひときわ大きい声で襲撃を知らせると、階下のガレージに降りていく。

 私はエルマの手を引くと、ピエールの後ろを追った。

「ピエール、エンジンをかけて!」

 部下達に命じながら、エルマをタクシーの後席に詰め込む。

「ガレージの扉はどうするんです?」

 運転席に座ったピエールが、私に聞いた。

 突き破る訳には行かないが、扉を開けるのは危険な作業だ。私は配下のショッキを呼ぶと、彼に任せる。

「出来そう?」

「はい、フュジィ先輩。掩護お願いします」

 私は車に乗ると、短機関銃を構えた。

 ショッキは、車庫のクランクを回して、扉を開け始める。

 ゲシュタポはいきなり撃ったりはしないが、逃亡の可能性を察して短機関銃を構えた。私は、短機関銃で彼らの頭を抑える。それでもショッキが狙われるのは防ぎきれなかった。

 扉が三分の二ほど開いた所で、ピエールは車を発進させる。ショッキは足を撃たれて体勢を崩した。

「ショッキ、乗れ」

 ピエールは左ドアを開けると、若いレジスタンスに乗るように促す。車は半ドアのままゲシュタポ要員一人を轢いて、裏通りを逃走する。

「ショッキ、出血してる?」

「今止血しています、当分は死なないですよ」

 ショッキは痛みに顔を引きつらせながら、強がった。

 一方、エルマは目の前で起きた戦闘に茫然としている。多くのドイツ人、そして占領下のパリ市民は、ここを後方地域だと思い込んでいるのだ。

 しばらく静かなままだったエルマは、顔を上げる。

「危険を冒してまで、何故私を保護するのですか?」

 彼女は呟くように口を開いた。

「別に、あんたのためだけじゃ無い。エルマにはまだ価値がある」

「……コルティッツ将軍は、パリ破壊命令に乗り気じゃ無いみたいです。連合国軍に対する保身でしょう」

 エルマは自ら話し始める。

「ゲシュタポは?」

「将軍が乗り気で無くとも、ゲシュタポに出来る事は限られています」

「確かにね」

「これで、私にはもう価値が無いでしょう。解放してください」

 エルマはそう主張するが、何か違和感がある。

「エルマは、パリをどうしたい?」

「私が……? 総統閣下は最近、死守命令しか出していません。確かに東部戦線は絶望的です。ドイツは勝てないでしょう。だからと言って、いまさらパリを焼くのは……ごめんなさい、考えられない」

 エルマは俯いた。


 振り切った後、ゲシュタポは追ってこなかった。パリに戦車が迫っている中、そんな事をしている暇が無いのに気がついたのであろう。一方で、ドイツ国防軍は市街戦に備えてバリケードを築いていたので、移動も困難だった。

 パリ市内をしばらく走った後、別のアジトに入る。

 エルマは大人しくなり、自ら中に入った。

 昼食の用意をしていると、ノートルダム大聖堂の鐘が連続して打ち鳴らされる。想定したより早かったが、連合国軍がパリ市内に入ったのであろう。

 解放を確信した市民が街路に飛び出して、この路地裏でさえざわめいた。これからが市街戦だ。さすがに気が早い。

 顔色の悪いエルマに、パンとキャベツのスープを食べさせた。

「将軍は、パリ破壊命令を実行しませんでした。良かったです」

 彼女は感情が抜けた表情で、パンにかぶり付く。

 窓から街を見ると、パリ市内のいくつかの建物で、火の粉とともに紙が舞っている。砲火やテロ、破壊命令によるものでは無い。ナチスの統治機構が、資料を処分しているのだ。

 ピエールはショッキの足に包帯を巻いている。跳弾によるものらしく、あまり深い傷では無い。

 私はパン籠から一切れを摘まむと、口に入れた。欧州全体が食糧不足だが、豊かなフランスでは白パンが食べられる。

 私は自ら皿にスープを注ぎ入れると、パンを浸して昼食を摂った。

「私は、破壊命令を知りながら、何も出来ませんでした」

 対面のエルマは、暗い顔でそう呟く。

「あんたが、気に病む必要は無いさ」

「故国は罪を犯しています。それは知っていました」

「生きていれば、過ちは正せる」

 私は湯冷ましで口を洗いながら、彼女を慰めた。

「これから、私をどうするのですか?」

 エルマは咀嚼しながら、私に尋ねる。

「連合国軍に、軍属身分として引き渡す」

「私は……無実ではありません」

 次第に、窓の外がうるさくなった。ドイツ国防軍が、群衆を路地に追い立てている。

「フュジィ姐さん、どうします?」

 ピエールは心配そうだ。混乱した群衆はレジスタンスの味方とは限らない。

「エルマを隠そう」

 私は彼女の手を引くと、クローゼットに押し込んだ。

 しかし、一歩遅かった。ピエールは扉を必死に押さえたものの、暴徒はアジトに流れ込む。

「見ろ、下着姿のドイツ女だ」

「隠そうとしてやがる」

「娼館か、ここは?」

 興奮した暴徒は、予想どおりの反応を示した。

「おい、出て行け!」

 制止したショッキは殴られる。

 スカートに挟んだ拳銃を抜こうとしたが、間に合わずにギラついた男に押し倒された。

 その間にエルマは、部屋の外に連れ去られる。

 私は、男の股間を蹴り上げると、転がるそいつを踏みつけながら拳銃を威嚇射撃した。怯えた暴徒は部屋の外に飛び出していったが、アジトにエルマはいなかった。

「エルマ、どこだ?」

 反射的に彼女を追った私を、ピエールが制止する。

「フュジィ姐さん、ほっときましょう。もう、うちらとは関係ありません」

「軍属として投降させる。それが約束だ。こんな結末は許さない」

 私は言い切る。ピエールは間違っていないが、私にも守るべき正義がある。

「それは女としてですか? 姐さん」

「そうだ。ジャガイモ野郎がやった事を、パリ市民がやって良い訳が無い」

「じゃあ、行きましょう」

 ピエールは残弾を確認すると大型拳銃をショルダーホルスターに収めた。

「先輩、ピエールさん、僕はどうすれば?」

 頬を手でいたわるショッキは壁に背を預けながら、命令を求める。

「ショッキ、自動車を準備しておけ」

 ピエールは指示すると、街路に飛び出す。そこは群衆の一番最後のようだ。

 後ろからは、暴徒を追うドイツ国防軍が新型小銃を威嚇射撃する。

「どけ、どけ!」

 体躯の大きいピエールが、拳銃で殴りながら人をかき分けるが、密集しすぎて中々進めない。

 しばらく群衆を漕いでいると、突然進行が止まり、暴徒は逆走し始めた。行く先からも銃声が聞こえる。挟撃にあったのだ。

 私は拳銃を抜くと、空に向けて数発発射する。怯えた暴徒は、恐慌状態に陥り地面に座り込んだ。

 雑踏を通り抜け、一方の端に辿り着く。エルマは、路地の群衆と大通りを封鎖するドイツ国防軍の間に倒れていた。

「どうします。姐さん?」

「手を挙げて、エルマを救い出す」

 私は腰を低くしたまま、拳銃をピエールに渡す。

「危険ですよ。ドイツ国防軍に回収させれば良いじゃ無いですか?」

親衛隊SS員をか? 引き渡せばエルマは身分を回復する」

「無茶しないでくださいよ。姐さん」

 私は手を挙げると、立ち上がった。視線をエルマの方に何度か向けながら、歩み寄る。

 幸いにも、ドイツ国防軍は撃ってこなかった。

 エルマは倒れたままだ。スリップは引き裂かれ、体中に殴打の跡がある。

 彼女の手を肩に回すと、立たせた。そのまま反転すると、路地の方に歩く。

 そこまでは良かったが、群衆の一人が短機関銃らしきものを撃って、銃弾が私とエルマを襲った。一発が私の太腿に食い込み、そのまま前のめりに倒れる。エルマを庇ったため、背中をしたたかに打ちつける。

「フュジィ!」エルマがそう叫んだ。

 発砲に驚いたドイツ国防軍は新型小銃を水平射撃する。パリ市民が次々と倒れていった。真上を弾が通り過ぎる中、私はエルマを引き摺りながら匍匐前進する。私の血が、石畳を赤く染めた。

 後ろから「射撃やめ」の命令が下される頃には、路地の入り口にはピエール以外誰もいなかった。彼は二挺の拳銃をその場に置くと、私達を助けに来る。

「撃ちやがった」

 私は毒づいた。

 ピエールがエルマを肩に担ぐと、意地で立ち上がる。

 圧迫止血しながらアジトに戻ると、路地には誰も残っていなかった。殺到する暴徒に実力行使するのは弾の無駄だと判断したのか、ドイツ国防軍は逃げ道を作ったようだ。

「先輩、同じ所を負傷しましたね」

 ショッキは銃創の処置をしながら、笑えない冗談を言う。

 ピエールはエルマのスリップを脱がすと、擦り傷を殺菌した。

 夜になっても、疲労したエルマは起きない。

 彼女に毛布を被せると、私も久しぶりの睡眠を取る。


――――1944年8月25日 昼過ぎ


「これを着な」

 昼過ぎに起きたエルマに、アジトに保管してある予備の服を渡す。

「あの時、暴徒に連れ去られて、置き去りにされ、貴女が私を運んで……怪我をしたのですね」

 彼女は私の血染めのスカートを見て、記憶を思い出したようだ。

「感謝しろよ。大変だった」

 そう言って、私は恩を売る。

 弾は貫通していたが、骨に当たったのか明後日の方向に抜けている。

 だからかは分からないが、酷く痛い。

「何故、そこまでするのですか」

「戦争だからって、捨てちゃいけない尊厳がある」

 あの日からずっと、尊厳を求めて戦ってきた。最後がこれなら悪くは無い。

「それだけのために」

 埃っぽさが取れないエルマの目は潤む。

「重要な事さ」

「パリは?」

「解放された」

 正確に言えば、まだだ。エッフェル塔にはフランス国旗が掲げられているが、ドイツ国防軍の司令部前ではまだ戦闘が続いている。レジスタンスとして、その戦いに参加を求められたが、怪我人ばかりでは、どうしようも無かった。

「そうですか。私は投降します」

 エルマは返す。

「アメリカ軍、自由フランス軍。どっち?」

「どちらでも」

 私とエルマは、ピエールの運転でアメリカ軍の司令部に乗り付けた。

 付近を慌ただしく歩き回っている、連絡将校の一人を呼び止めると、エルマを引き渡す旨を伝える。

「レジスタンスのフュジィ曹長です。この娘はドイツ国防軍の軍属で……」

「フュジィ? 噂に聞く女レジスタンスか」

 若い少尉は、私の事を知っているようだ。

「本当かどうかは、分かりませんよ。少尉殿」

 私は、場を混ぜ返す。

「撃たれてなお歩いている女傑なら、間違い無い」

 少尉は、エルマを正面に立たせた。

「娘、所属と名前は」

親衛隊SS女子補助員、エルマ・クレーベ」

 私は慌てる。軍属として投降するはずだ。

「エルマ、何故?」

「フュジィにとって、戦う事が尊厳ならば、私の尊厳は、責任を取る事です。今なら、胸を張ってそう言えます」

「それがエルマの選択ならば、もう何も言わない」

 骨折り損だが、落胆もしない。

「ありがとう。フュジィ」

「ジャンヌ」

「さよなら、ジャンヌ。忘れません」

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