第4話

 こうしてオカルト研究部に落武者の亡霊が入部した。

 翌日の放課後、黒岩は部員を招集し、鏑木、重松、クラッシャア子が揃ったところで口を開く。

「残念ながら鶴巻はバイトのデウスエクス・マキナ潰しで欠席だがよく集まってくれた。昨日新しい部員が入った。落武者の亡霊、土屋生姜右衛門しょうがえもんだ。みんな、仲良くしてくれ」

 当たり前だが落武者にも名前があり、彼の名は入部届によって判明した。

「生姜右衛門はまだ現代に不慣れだ。男同士、鏑木も気にかけてやってくれ」

「了解っす! よろしくな生姜右衛門!」

 鏑木がサムズアップする。重松の写真を撮ると、苦虫を噛み潰したような顔をする彼女の横で生姜右衛門がニッカリとサムズアップしていた。

「部長、生姜右衛門とスムーズに意思疎通できるようにならないんすか? このままだとちょっと面倒っす」

「安心しろ。鶴巻にこんなものを用意させておいた」

 黒岩はめいめいにドブ色の珠と暗褐色の房を持つ数珠を渡した。

「この数珠には重松を象徴するたまと生姜右衛門を象徴する房を用いられている。これを身につけることで生姜右衛門との縁が深まり、やがては会話も可能になる」

「なんで私が入ってるんすか。なんでそんな汚い色が私の象徴なんすか」

「最初に生姜右衛門と縁を作ったのが重松だったからな。やがてはお前の珠どころか数珠すら不要になるだろう。あと色については鶴巻曰く、精神性」

「ちょっと鶴巻のすました面をミンチにしてきていいですか」

「そういう言動のせいだと思うぞ」

 般若の形相を作る重松に、鏑木は数珠を手にしながら冷静に指摘した。

「別に良いと思うけどな。渋くて綺麗じゃん」

「ふん、女子力がないじゃない」

 ひとまず重松が怒りをおさめたので、その場は収まる。

 それから鏑木が生姜右衛門とクラッシャア子を引き連れて部室を出ていった。

 残った重松はジト目で黒岩に詰問する。

「これで本当に大丈夫なんですか。落武者が部員になっても何も解決しないと思うんですけど普通に。もしこれで駄目だったら私あの落武者の嫁入りDeathよ。そうなったら部長を骨の髄まで呪い殺しますからね絶対」

「それは勘弁願いたいな。必要な材料は全て揃った。あとは蓋然性で流しこむだけだ」

 重松の圧を意に介さず、黒岩は銀縁眼鏡のブリッジをクイと押さえる。

 かくして賽は投げられた。

 鏑木は生姜右衛門に親身に接し、本当に仲良くなった。重松のことで懸念はあったが黒岩が仲良くしろというならそうするまでだ。

 生姜右衛門に学校や街を案内し、現代日本では当然に普及したテレビ、スマートフォン、インターネットなどを設定し、恋バナもした。もちろん黒岩も参加した。男三人、部室でポテトチップスをつまんでいればそんなこともある。

「それで生姜右衛門はやはり重松が好きなのか?」

『ああ、まあ、そうだ』

 黒岩が尋ねると生姜右衛門は歯切れ悪く肯定する。この頃になるとオカルト研究部のメンバーは生姜右衛門の声が聞こえるようになっていた。

「まぁ重松は自己中心的だし怒りっぽいし勉強も運動も料理も不得意だけど、顔とスタイルは悪くないっすからね」

「あとSNSに精通している」

「それもありましたね」

 鶴巻が人間のストーカーに付き纏われた際、重松がストーカーのアカウントを特定して解決に大いに貢献したこともあった。

「俺はやはり重松よりクラッシャア子だな。顔もスタイルも重松より上で、性格も圧勝だろう」

「まー、否定できません」

 生姜右衛門の前では、重松よりクラッシャア子を褒めろと言われていた鏑木は、黒岩に追随して大笑した。

「生姜右衛門はクラッシャア子どうなんだ?」

『正直最初の頃は別になんとも思わなかったというか、むしろ奇妙な女だと感じていたな。だがそう、オカ研に入部してから彼女の魅力に気づいた。あんな素晴らしい女は生まれて初めてだ』

「死んでからは?」

『もちろん初めてだ』

 黒岩の茶々に生姜右衛門が大真面目に答え、三人で爆笑する。

「全く同意見だ。鏑木もそうだろ?」

「完全に賛成っす」

「そこで、だ。ここで一つ同盟を結ぼうじゃないか」

 黒岩は声をひそめて不敵な笑みを浮かべた。

「誰がクラッシャア子と付き合うことになろうが絶対に文句は言わない、恨みっこなし。そういう同盟だ」

『いいだろう』

「了解っす」

 今ここに男同士の確固たる同盟が結ばれた。

「逆に重松と付き合うとか言い出したときにはお前正気かと三時間くらい問い詰めたいない」

 黒岩が極めてくだらない冗句を言っていると、部室のドアが静かに開けられた。クラッシャア子だった。

「あら、何をしていたのですか?」

「男子会だ」

「楽しそう。私も参加したいです」

「も、もちろん!」

「いやダメだ。男子会だからな」

 鏑木が反射的に返事をするが、それを黒岩が止める。クラッシャア子はわかりやすく表情を翳らせた。

『そう固いことを言うな。せっかくいるんだ。入ればいいではないか』

「わかったわかった。じゃあキリもいいし男子会は終了にして普通に駄弁だべろうじゃないか」

 生姜右衛門の取りなしに黒岩も譲歩した。パッと顔を輝かせたクラッシャア子は、いそいそと生姜右衛門の隣に座る。

 それが大きな契機だった。

 生姜右衛門とクラッシャア子は瞬く間に仲を深めた。生姜右衛門は重松に見向きもしなくなり、クラッシャア子は黒岩と鏑木に対してそっけなくなった。そのくせ重松の前では未だ二人にベタベタした態度を取った。激変する人間関係に鏑木はあわあわと狼狽え、それを見て不機嫌になった重松が黒岩に噛みつき、動かざること山の如しの黒岩だった。鶴巻はバイトのレゾンデートル探しで忙しかった。

 オカルト研究部の人間関係が混迷を極めたところでいよいよ臨界点に達する。

 強い好意を示しながらも依然として黒岩や鏑木に粉をかけることをやめないクラッシャア子に業を煮やし、生姜右衛門が彼女を誘拐して婚姻したのだ。

 妻獲りを達成した生姜右衛門は別れの挨拶もなく姿を消す。

 そしてクラッシャア子が誘拐されたことにより、再び部員不足に陥ったオカルト研究部はあえなく廃部となった。

「これでよかったのかなあ?」

 黒岩が生徒会に行き、部室で重松と二人きりになったところで鏑木がぼやく。

「さっき部長が説明したでしょ。目的を果たした落武者は数珠を処分すれば縁が切れるし、クソ女とはオカ研が廃部になれば縁が切れる。祠も鶴巻が直したから落武者が復活することもなし。これが一番いいの」

「でもなあ、やっぱ廃部はなあ。いや、もちろん部の存続よりお前の方が大切ってのは当たり前なんだけどさ」

「で、でしょ!」

 重松は鏑木の顔を見ずに早口でまくしたてる。

「それに廃部になったからといって即刻部室から叩き出されるってわけでもないんだし! また部員が増えればまた部に戻れるって!」

「おお、確かに! こうなったら二人で頑張って勧誘して新入部員を見つけようぜ!」

 しおれていた鏑木が復活し、気勢をあげる。重松はそれを眩しそうに見つめた。

「待たせたな」

 黒岩が生徒会から戻ってきた。

「南条と部室の使用などについて擦り合わせてきた。鶴巻がバイトのアウフヘーベン作りでいないが今後のオカルト研究同好会の活動について説明する」

 黒岩がそこまで言ったところで控えめにドアがノックされた。どうぞ、と黒岩が許可を出すと静かにドアが開けられる。

 入ってきたのは機械のように精密な美貌をもつ金髪の女生徒だった。

「あの、ここがオカルト研究部だと聞いたのですがあってますか」

「今は部員不足で同好会だが、そうだ」

 女生徒は宝石のように輝かしい笑みを浮かべる。

「私は博士と一緒に最近日本に来て、この学校に通うことになりました。私はオカルト研究部に入りたいです」

「なるほど」

 黒岩は静かに頷き、鏑木は見惚れ、重松は苛立ちから渋い表情になる。

「ひとまず歓迎しよう。俺は部長の黒岩清志郎。君は?」

「はい、ハダリー・リラダンです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。素敵な名前だな、素敵な」

 黒岩は落ち着き払った態度で歓迎の意を示した。

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都立オホポニア高校オカルト研究部活動録(抄) ささやか @sasayaka

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