第3話
重松はこの上なくうんざりしていた。
単純馬鹿の鏑木はクラッシャア子と日がな一日ベタベタくっついて行動している上、黒岩はそれを咎めるどころか容認し、自身もクラッシャア子と不自然に仲良くしている。あまつさえ、部長権限と称して様々な調べものを命じられるのだからたまったものではない。このままだと自分は落武者に誘拐され結婚させられるというのに二人はクラッシャア子に夢中になっているのだ。
口裂け女と大食い対決になった時も鼻毛大魔神が復活した時も鏑木が銀髪ロリ美少女吸血鬼になった時も、黒岩の行動は一見意味不明でもちゃんと解決に繋がる意味があった。
そういう過去の実績があるからこそ、重松は己の危機を脇に置いて嫌々ながら頼まれていた調査をしたのだ。そうして調査を重ねていくうちに重松は黒岩がクラッシャア子をどう思っているのか少しだけわかるようになってきた。
放課後、鏑木は今日もクラッシャア子と出かけてしまった。単細胞馬鹿は楽しくデートに行けていいよなと重松は内心で毒づくながら部室に向かう。
部室には黒岩しかいない。こういう場を設けることもきっと彼の計算のうちなのだろう。
重松が座ったことを確かめると、黒岩はおもむろに口を開いた。
「
「まあそうですね、信州なら」
重松も同意する。信州なら仕方ない。
「だが登場のタイミングが明らかに良すぎた。それに理想的すぎる」
「理想的すぎる?」
「ああ、俺は彼女を一目見るなり俺は自分の理想の女性が現実になったかのような衝撃を受けた。それは鏑木も同じだった」
「へー、別に美人ってわけでもないと思いますけどね」
「それだ。お前のその醒めた態度が気になった。彼女が本当に美人なら、重松がそこまで醒めた態度を取ることはない」
黒岩は重松の指摘に頷きながら、己が気になった点を語る。
「そして鏑木と話してみると、彼女の容姿に対するお互いの認識が食い違ってくる。それぞれが理想の女性像を彼女に見ているんだ。どう考えてもおかしいだろ」
「言われたとおり、彼女が言う転校前の高校を確認してみましたけど、環クラッシャア子は在籍していなかったです。他の情報も全部でたらめです」
「やはりな。つまり、環クラッシャア子は人ではなく怪異だ」
これまでの経験をもとに黒岩が重々しく断言する。
「じゃ、じゃあさっそく退治するんですか?」
「いや、しばらく放置でいいだろう。今のところ実害もないし」
「はあっ!? そんな悠長なこと言ってたらあの変態馬鹿の鼻の下がのびにのびて人類を逸脱しますよ! とりあえずあいつにもさっさと正体を教えましょう!」
重松は両手で長テーブルを叩き、勢いよくまくしたてた。
「鏑木に話すとモロに態度に出るからな。何も知らないやつが監視兼囮としてそばにいた方がいい。あいつには彼女とのやりとりは逐一報告するよう言ってあるが、特段何かを隠している様子もない。このままでいいだろう」
重松に伝えると火に油を注ぐだけなので伏せてはいるが、鏑木からクラッシャア子と友人以上恋人未満の関係に至ったことまで報告を受けていた。鏑木は黒岩を心底敬愛しており、これまでも無茶苦茶だと思えるような指示にも従い、なおかつそれによって怪異を退治してきた。黒岩は落武者退治のための情報共有の一環だとしており、それはあながち嘘ではなかった。
「いやいや、あいつはダボハゼよりも容易くハニートラップにかかりますから。ヤバいですってマジ」
「俺は鏑木を信頼している。それよりも落武者が問題だな。今日の写真を撮るか」
話題を変えた黒岩は表情の固い重松を撮影する。
当初と比べ重松の腐敗ぶりは悪化し、落武者とのラブラブ度も増してきた。もうそろそろ私達、結婚しましたとか言い出しかねない雰囲気だ。
「順調だな」
「ど頭かち割りますよ?」
重松はにこやかに殺害予告を放った。
「というかカマトト怪異もウザいことは死ぬほどウザいですが、落武者の方はマジで死ぬんでなんとかしてください。部長のことはなんだかんだで信じてますがそれでも不安なんです」
「そうだな、すまない。そろそろ頃合いだな」
黒岩は謝罪の後に入部届を取り出した。
「重松に取り憑いた落武者は時間の経過と共に重松への影響力を強めている。また、ピースサインをしていることから、おそらく取り憑いた者を介して現代の情報を得ていると思われる。しかもその情報に即した行動を取る柔軟性がある」
「それと入部届に何か関係あるんですか」
「つまり落武者は重松との関係において、かなり柔軟な行動ができるということだ。たとえば我らがオカルト研究部への入部とかな」
「は?」
重松は黒岩が何を言っているのか本当にわからなかった。
「いやいやいやいやいや。落武者がオカ研に入るわけないでしょ。頭パープリンですか?」
「果たしてそうかな。入部すればお前との関係がより深まる。そういう選択肢を理解した落武者なら入部すると俺は思う。さあ、落武者よ。入部する気があるならこの入部届を書いてくれ!」
黒岩が堂々とのたまうが、しばらく待ってみても長テーブルに置かれた入部届にはなんの変化もなかった。
「ほら、やっぱり」
「写真を撮ってみよう」
重松が呆れた声を出したところで黒岩が入部届を撮影し、撮れた写真を確認する。するとどす黒い血文字が書かれた入部届が確かに写っていた。
「ほらな。新入部員が増えたぞ」
黒岩は満足そうに頷いた。
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