第10話
太一が目の前のキツネをナンパしてるんだが、まるで人間の女性に声を掛けている感じなのは何故だろうか。
「おい、太一! キツネさんに失礼だろう? いい加減やめろ!」と声を掛けても、此方の声は聞こえていないのか、一向に振り向きもしない。
まるで魅了でもされてる様な……。
『おい、田井中。 太一の様子おかしかないか?』
熊谷も何かしらひっかかったのか、気付けた様だ。 奥さんの方を見ると困った顔で誰かを探してるのか、キョロキョロと辺りを見回している。
どうやらこのキツネとは、知り合いでは無いらしい。 って事は、もしかしたらウサギでも探してるのか?
俺も周りを見回したが、収穫して刈られた畑くらいしか、見当たらない。
しかしこのまま太一を放って置く事も出来ないし、仕方ないから少々手荒くキツネの術を解く必要がありそうだ。
しかし、如何やったら解けるのか。まるで分からない。
そこで、暫し観察してみる事にしたのだが、太一の視線がキツネの胸の辺りをチラチラと見ている事に気が付いた。
何かが太一には見えていて、俺達には見えない何かが有るようだ。
キツネの胸の上にあるのは、尻尾が二つ。 残りの尻尾は椅子の裏側で揺れていた。
つまりこのキツネは三尾っていう妖怪なんだろう。
胸に置いてある二つの尻尾と、椅子の裏側で揺れている尻尾との違いを探っていると、胸の上の尻尾は全く揺れていない事に気が付いた。
──何かしらの幻影を見せて、尻尾も利用してるのか?
そう気が付いた俺は、太一だけを見てるキツネに警戒しながら近付いて、胸の上にある尻尾を掴みあげると、キツネを足下にして抑え込み、引っ張ってみた。
驚いたキツネだったが、意識を太一にしか向けてなかったので、俺の存在には気付けなかった様だ。
油断したまま引っ張られた二つの尻尾は根本からプツリと切れて、キツネは意識を失いその場で倒れ、太一も同時に意識を失って倒れた。
「おい! 田井中⁉ お前……あんまり無茶するなよ……」
突然の俺の行動に驚いた熊谷だったが、何事も無く目の前のキツネが意識を失ったので、反撃される事はないと悟ったのか、ホッと胸を撫で下ろした。
さて、とりあえず太一を起こすかと、近寄ろうとした時、すぐ目の前から声を掛けられた。
『おやおや、これは如何云った状況ですかね?』
いつの間にか倒れるキツネの横にウサギが立っていて、此方を訝しげに見詰めていた。
『ウサギさん。 ごめんなさいね、態々来てもらっのに……』
そう言って謝るのは奥さんだ。
どうやら辺りに誰も見当たらないので、仲裁役にウサギさんを態々此方に呼んでくれたらし。 が、俺がキツネから尻尾を奪う行動を取るとは、思っていなかったらしく、少々驚いていた。
『いえいえ、雪ちゃんが謝る事では無いですよ。 それで? ウチの預かるキツネが何故倒れているのか、其方さんの青年が何故倒れているのか、貴方の手にあるキツネの尻尾を何故、手にしてるのか、説明して貰えるんでしょうな?』
そう言って、ウサギはいつの間にか出した椅子に座り直して、此方を敵意丸出しで睨む。
「いや、実はですね……」
なるべく怒らせない様に、なるべく詳しく、自分の感じた違和感等を混じえながら、尻尾を奪うに至った経緯を説明すると、敵意ある雰囲気は失くなったが、今度は困った顔で倒れてるキツネを見下ろす。
『なる程……。 話を聞く限りでは、此方に悪意は無いと言う事で間違いは無さそうですね。 恐らくこの三尾は、再び人間が現れた事で結界に再び綻びが出来ていたのかと勘違いし、証拠隠滅を図ったのでしょうな。 しかし、魅了に引っ掛かったのは青年だけだった、、と』
『お察しかと思いますが此方で意識を失ってる三尾は、以前此処ら一帯に結界を施し、一部残して通路を開けていた馬鹿キツネでしてね? 話し合いの結果、無償で結界を張り直した後、性根を叩き直す意味で此方で預かってたキツネです。 休む間も与えずに扱き使ってた筈なんですが、ふんぞり返ってサボってたいたとはねぇ……』
取り敢えず上に報告してくるというので、その場からウサギさんは消えた。
その間に俺達は太一を起こした。
しかし、目は覚ましたものの少し様子がおかしい事に気が付く。
ニヘラと笑ったまま焦点が合っていないのか、幾ら話し掛けても此方を見ようとしないのだ。
「何だよ……とうしたんだ太一! おい!」
困惑した俺は、太一の肩を掴むとガクガクと揺すり、何度も話し掛けた。
その俺の様子も変だと思ったらしく、熊谷が力ずくで太一から俺を引き剥がし、尚も縋り付こうとする俺を平手で殴ると、落ち着けと諌められた。
「お前が慌てても同仕様もねーだろうが! 今は落ち着いて打開策を考えるべきなんじゃねーのか!?」
──そうだ……そうだな。 打開策か。
俺は熊谷に礼を言い、取り敢えず落ち着こうと深呼吸を繰り返していると、先程のウサギと一回り小さなウサギと共に、異様な雰囲気を醸し出しているキツネが一匹現れた。
そのキツネの背には幾本もの尻尾が揺れている。
また性懲りもなく、熊谷が数え出し、震える声で呟く。
「お、おい田井中……きゅ、九本あるぞ……尻尾」
『お初にお目に掛かる、妾はキツネの長を務める者で御座います。 ……お察しの通り、九尾のキツネと申します』
そう言うと、何処からか座布団を出していて、その上に居住まいを正して座り、三つ指付いて丁寧に頭を下げた。
ようこそ!前橋森林管理局へ! 深夜にピンポンダッシュ @takoyakikogeta
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