第9話
手土産は特に要らないと云うので、そのまま俺達は熊谷の奥さんについて行った。
トマト畑を奥へ奥へと入って行くと目の前が急に薄く霧がかり、そこを抜けると目の前には……。
二足歩行の熊が現れた。
例によって例の如く大きな買い物籠をぶら下げて……。
当然固まる俺達と何故か普通に挨拶してる奥さんの温度差が酷い。
「あら、熊ちゃん元気? 久しぶりねー! あ、お茶呑んでく?」
──誘うな! 誘うな! 友達か⁉
まるで農道でご近所さんに出会った時の会話を繰り出す奥さん。
ここで熊ちゃんが頷けば戻ってお茶を呑む事になるのか!?と、ジワリと変な汗が流れると、熊ちゃんは何か悟ったのか、首を横に振って別の出口の方へと歩いて行った。
ホッと安堵の息が溢れると、首だけくるんと戻して熊ちゃんから鈴を転がす様な声がした。
『今日はやめとく。 また今度ね、雪ちゃん』
それだけ言うと片手を上げて去ってく熊ちゃん。
──熊ちゃんも話せるの⁉
と、驚くと共に奥さんの名前も知れた瞬間だった。
これには熊谷も驚いた様で、顔面を青くして奥さんを見ると、震える声で尋ねる。
「く、熊ちゃんは家でお茶呑んでんの? 入れるの? 床大丈夫?」
どうやら混乱して別の事が心配になったようだ。
「偶にねー、でも安心して? 庭にしか入って来ないから」
──呑んでんのか……。
「熊ちゃん、さんは……湯呑み持てるんですか?」
──太一も太一で安定してたので少し落ち着いた。
相変わらず変な所に興味を持つ奴だな。
しかも素直に聞ける性格が微妙に羨ましくもある。
「爪が伸びてるけど、器用に持つのよ? しかもその姿ってとても可愛らしいの 今度きたら太一君も呼ぼうか?」
「はい! 是非!あ、でも熊さんが嫌がるなら遠慮します」
「大丈夫よー、あの子私の知り合いって分かれば攻撃しないから。 それに、今ここで出逢ってるから多分大丈夫よ? 匂い覚えただろうし」
──俺……、今日ここに来れて良かった! 何か前は敵意持たれてたし……。 俺は今日の日を忘れない!
……って少し感慨に耽ってたが、冷静になってよく考えなくても、忘れらんねーわ! 普通に……。
そんで何で太一は一緒にお茶呑む事に同意してんだよ!
おかしいコイツ、絶対おかしい!
本当に俺の子か?
少し不安になった。
熊ちゃんと別れた後、暫く歩くと今度は猪の親子に出会った。
「あら、猪ちゃんしゃない! 久しぶりね! ウリちゃんもこんにちは!」
『こんにちはー!』
『あら、雪ちゃん。 ご無沙汰してますー。 最近どうですか?』
まるで商店街で出会ったご近所さんのノリで再び挨拶を交わす奥さんと猪ちゃん……。
その足元には背中にマスクメロンを括り付けられてるウリ坊が居る。
──今日はメロンか……。
つーか、猪の親子も普通に話をしてるんだが……。
「こんにちは、ウリちゃん。 僕は太一って言うんだ! よろしくねー」
『太一? よろしくねー!』
そんでもって太一よ!
なんでお前は普通に順応してんの⁉
本当に俺の子なのか⁉
暫くお話しした後、猪の親子とも別れ、再び歩き出す。
──この分だと次に会うのは狸御一行様だろうか……。
だがしかし、狸御一行様とは会わなかった。
どんな会話をするのか気になったので残念に思ってると、この森で見るのは初めてとなる生き物が、サングラスを掛けてビーチチェアーにゆったりと座り、くるくる巻いてるストローを挿したカクテルジュースを優雅に呑みながら寛いでいる狐に出会った。
後ろに広がるのは畑である……。
──ビーチ⁉ 気分的にビーチなの⁉
シュール過ぎて、俺の頭もバグってきた気がしたが、安定の太一がやらかしてくれたので冷静になった。
「こんにちは、お嬢さん! 俺、太一! 君の名は?」
…………まさかナンパするとはお父さんも考えてなかったわー、……ははは。
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