第8話



 「わっはっは! そうだろうそうだろう! うちの妻が作ったトマトは美味いだろう!」


 そう胸を張って自慢する熊谷。


 ──いや、お前何もしてねぇだろ。


 というツッコミ待ちか?と、勘ぐってしまうくらい自慢気に語る熊谷のその後に続く言葉で顔を青くした。


 「うさぎのトマトよりか断然うちのが美味かろう?」


 そう言って直に自分が口走った言葉でしまった!って顔をする。


 「うさぎ?」

 そう不思議そうな顔をする奥さんと、何やってんだ馬鹿!と、俺も太一も慌てるが、ふと違和感を感じた。


 太一もそう思ったのか、一瞬何かを考えてから


 「お義母さんもウサギのトマトを知ってるんですか?」


 等と言い出した。


 ──馬鹿息子━━っ!


 と、心の中で叫んだが……。


 ──あれ? と、俺も違和感を感じ始めていた。


 うさぎの畑から帰ってきてから暫く、太一が冷や汗を掻きながら語り出した事がある。 それは、うさぎに口止めされた内容を俺達三人以外の人に言ったら如何なるのか?という、無謀ともいえる実験だった。


 事もあろうに馬鹿息子は、同じ職場で働く同僚にうさぎの畑から貰って食ったトマトの話をしようと思い、『うさぎのトマトをまた食べたいな』っと、言おうとした所、息が詰まって言えなかったのだそうだ。

 もう一度言おうとしたら、また息が詰まる。普通なら何かしらの力が働いて言えないのだと思い、そうそうに諦めるのだが、太一は諦めずに3回目も躊躇なく試そうとしたら、頭痛がしたそうだ。 しかもそんじょそこらの痛みではなく、意識を失う程の痛みだったらしく、涙目でその時の恐怖を語っていた。


 これには俺も熊谷も呆れてしまい、『『馬鹿だろお前……』』と、声を重ねて突っ込んでしまった。


 だからこそ分かる違和感だった。


 だが、その後の奥さんの言動で俺達三人は更に驚く事になった。




 「あなた達うさぎさんの畑に行ったことあるの?」


 ──今なんて言った? ?とは、どう言う意味だ?


 固まる三人を尻目に話を続ける奥さん。


 「あら? 違うの? え、でも……う・さ・ぎ・さ・ん・の・は・た・け! ほらっ! 言えるじゃない! 他の人には言えなかったのに言えるって事はそういう事でしょ?」


 無謀な人はここにも居たようだ……。


 ここでは何だからと言って、一度熊谷の家にお邪魔させて貰い、改めて話を聞く事にした俺達は、空っぽになった籠に再び沢山の野菜を採って入れて、持ち帰った。


 お茶請けに奥さんの漬けたキュウリと那須の御新香を出して貰い、取り敢えず話を切り出す前に喉を潤そうって事で、四人並んで一つの机を囲んでお茶にした。


 奥さんの漬けた御新香は、うさぎの畑で食った野菜よりも美味しく、思わず唸るほどだった。


 その唸り声を聴いた熊谷は、声には出さなかったが自慢気だった。

 もしかしてコイツは、登紀子の飯を食って自分の妻との味を比べようとでも思っていたのかも知れない。

 まぁ、分からんが……。


 「お義父さんは何でそこまで自慢気なんですか? 何もしてないのに……」


 ──どうやら俺は子供の育て方を間違えたようだ……。 何でこいつは要らん事を直に口走るんだろうな……。まったく、親の顔を見てみたいもんだ……あ、俺か。


 俺は何となく窓のガラスに映る自分の顔を見てしまった。


 ──こんな顔か……解せぬ。


 一人でボケツッコミをしていると、熊谷は不思議そうに太一を見てから言う。


 「当然だろう? 俺の女なんだから」


 ──何で俺の女だからが自慢する事に繋がるだ? と、俺は思ったが深く追求することは避けた。

 序に太一の脇腹を肘鉄して黙らせ、とっとと話を戻そうと切り出す。


 「所でうさぎの畑の話ですが……」


 「そうそう!そうだったわね。 実は少し昔の話に成るんだけど、……」


 そう言って語り出した奥さんの話は驚きの連続で、うっかり八兵衛ならぬうっかり太一も口を開けて呆ける程の内容だった。

 その内容とは……


 「昔ね? 家庭菜園を始めた頃くらいかしら……」


 そう言って語り出した話によると、奥さんが家庭菜園を始めた頃は、畑も今の様に大きくなく、ミニトマトを少しだけ作って食卓に並べる程度しかなかったらしい。

 そんなある日、いつもの様に畑で草むしりをしていたら、1匹の野ウサギに出会ったそうだ。 その野うさぎは人が居ても逃げないので、もしかしたら誰かが飼っていたのかと思うくらい大人しく、何だか人懐っこかったので可愛く思い、一番熟していたミニトマトを数個採って食べさせたそうだ。


 その日は何事も無く過ぎたが、次に畑に行った日も出会い、今度はきゅうりを食べさせたそうな。

 その後も何度か畑に行く度に出会うもんで、何となく親近感が湧いてきて、その都度自分の望みとか夢とかを語り始め、ある日『もっと沢山作りたい』と、うさぎに語ったそうだ。

 そうしたら、その日の夜に不思議な夢を見たんだそうだ。

 その夢にスーツをピシッと着こなしたウサギが名刺を持って現れて、もし良かったら自分の畑をプロデュースして欲しいと持ち掛けて来たらしい。

 夢の中の話だったが、何となくOL時代を思い出して楽しくなってしまった奥さんは、交換条件に自分の畑の手伝いを申し入れたそうだ。


 翌朝目を覚ますと、不思議な話だったけど楽しかったなぁとおもっただけで、直に忘れたんだそうだ。

 しかしその日の午後に畑に出向くと畑を貸してくれていた地主さんが現れて、こう言ったそうだ。


 『実は少し野暮用で海外に行く事になったので、無期限でここらの畑全て預かってくれないですか?』と。


 勿論その間は好きに扱っても良いという話だったそうだ。


 確かに嬉しかったから二つ返事で了承したが、こんな広い畑を一人で管理するとなると、流石に無理だと思い


 『私一人じゃ耕せないわよ!』


 と、自分に突っ込んだそうな。


 一応やれるだけはやろうと思い、少しだけ耕せたが、機械でも入れないと無理だと早々に諦めたらしい。

 そして次の日、少しでも耕そうと朝から畑に向かったら、地平線の彼方まで耕された畑があったそうな。

 流石に驚いて、近所の農家さんに耕してくれたのは誰かと聞いて回ったが、誰も知らないと首を横に振ったそうな。

 不思議な事もあるものだと思ったが、ふと夢の話を思いだした奥さんは、少し大きな独り言を言ったそうだ。


 『こんな広いんじゃ私一人では種も撒けないわ!』と。


 そして、その日の夜中に懐中電灯を持って、畑に向かったら……。


 「沢山のウサギさんが種を撒いてくれてたの! 流石に驚いて腰抜かしちゃったわよ!」


 そう楽しそうに笑う。


 ずっと誰かに言いたくて、でも言えなくてむず痒い思いをしてきたであろう奥さんは、本当に楽しそうにその時の事を話してくれた。


 その後もうさぎさんとの付き合いは続き、雑草を抜くのを手伝ってくれたり、害虫の駆除もやってくれたり、収穫も手伝ってくれたり、道の駅へ出品する為の袋詰めも手伝ってくれたりと、本当に助かったらしい。


 「うさぎさん達も勉強熱心でねー、何匹も訪ねてきては、熱心にノートに書き込んでは、色々質問してきたりして、私の農家スキルも上がっていったの」


 そんなある日、訪ねてきた1匹のウサギさんが、スクっと立ち上がって


 「もし良かったら、うちの畑を見てもらえませんか?」と、いわれ二つ返事で了承したが、うさぎさんの畑が何処にあるか知らないし、通うのは少し大変かも?と、伝えたところ……。

 ではこうしましょう!と、自分の畑とうさぎさんの畑をらしい。


 「「「は? 繋げた⁉」」」


 ──繋げたってなんだろう?


 そんな疑問が頭によぎったが、答えはすぐに解答された。


 「私の畑から行けるのよ、うさぎさんの畑に、今から行く?」



 とんでもない誘いを提案してきた。


 


 

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