第7話
週末の土曜日、かねてからの約束通り熊谷の奥さんがやってる畑に来ていた。
その畑はかなり広く、とても奥さんが一人でやってる様には思えなかった。
聞けば収穫も全て一人で、今まで他の誰かが手伝いや助っ人として居た事は、熊谷が知る中では居ないという。
「一人で収穫って凄いですね……ちょっと信じられないっす」
そう言って浮気相手でも居るんじゃないすか?と、熊谷を煽る息子に肘鉄を食らわす。
まぁ、俺の嫁の飯が食いたいからと勝手に泊まる様な奴だから、ここらで痛い目を見れば良いとは思うが、ガチな話なら色々困る話ではあるので、他人の夫婦の不和を煽るような発言は控えろと言う意味で小突いてみたが、息子の軽口には大分慣れたのか熊谷は笑って言い返した。
「アイツに浮気相手がいるだと? ははは、馬鹿言うなワシ以上に良い男などこの世にはおらんし、ワシ以上にアイツを大事にする男も居らん。浮気などされる道理がないわ。 寧ろお前の方がされるんじゃないか? うちの娘は良い女だしなぁ?」
「っな!」
言い返されたら何も言えないのか、自分に自信がないのか、押し黙ってしまった息子。
──そこは、自信をもって浮気される筈がないと言い切れよ!
俺は心の中で息子に発破を掛けたが、伝わっていないようだ。 まったく誰に似たんだか……。
そうこうしてると畑の奥から……というか、トマトの林がワサワサと揺れ出して、モンペに長袖シャツを入れて頭に無造作にタオルを掛けて、それを麦わら帽子で押さえてる様な出で立ちで、熊谷の奥さんが戻ってきた。
熊谷の家に着いたあと、奥さんに挨拶した時、来た理由を告げると朝採れ野菜ではないが、採れたてを振る舞ってやると言って、さっさと畑に一人で向かってしまったのだ。
それを追い掛けて来て、今こうして三人で駄弁ってるって訳だが……。
大の男が三人も居て、なんの手伝いもしないでただ突っ立てる姿というのは何とも情けない限りだ。
そう思って沢山採ってきたであろう野菜が入った籠を受け取りに俺が受け取りに走る。
「あら、優しいのね。 うちの旦那とは大違いだわ」
そう言ってケタケタと笑う。
そんな奥さんの言葉が刺さったのか、熊谷は罰が悪そうに舌打ちをしたあと、俺から野菜の入った籠を奪い取ると、横を流れる小川に籠ごとつけ込んだ。
この小川は山からの湧き水で出来た川で、とても冷たいのだとか。
そこへ太一がすかさず自分の持ってたタオルを小川に入れて、固く絞ると奥さんに手渡す。
「暑かっでしょうお義母さん、手伝わなくてすいません」と、言いながら。
その気のまわし方は素晴らしいとは、思うが息子よ……。奥さんにお礼を言われたあと振り向きざまにお義父さんに向かってニヤリと笑うのは如何なんだ? 子供か? 子供の喧嘩なのな? そして、熊谷よ……。 ニコニコ顔で近付いて太一の肩に手を回しながら『残業増やしてやろうか?』などと、コソッと言うのは辞めなさい! 大人気ないぞ!
何故か睨み合いの末、腕相撲に発展した二人の大きな子供を微笑ましそうにニコニコと笑って見てる奥さん。
「息子が二人になると、ああなるのかしらね」と、楽しそうに言う。
「さぁ、うちも息子はアイツだけですし、その辺は分かりませんやははは」
そう俺が言うと
「うちの旦那とじゃれ合ってる田井中さんも、あんな感じですから奥さんは息子が二人いると思っていると思いますよ?」
そう言って笑われた。
──そうだろうか……? まぁ、旅館で会ったときの口調は悪戯した子供を問い詰めてる大人に思えなくはない……か? いや、でも、しかし……俺はコイツラみたいに子供じゃないはずだ。
俺がそんな事を考えてるのが伝わったのか、意味深に笑う奥さんはフフフと何か思い出したのか、熊谷は普段から俺の話を良くする様で、『ワシはアイツみたいに子供にはなれん!』と、最後に付け足すんだそうな。
「いやいや、奥さん違うんですよ! 子供なのはあいつの方でこの前だって……」
言い訳するように俺が熊谷との違いをまくし立てると、楽しそうに笑う。
普段会社でどんな風に過ごしているのか知らない様で、目を丸くして驚いたり、笑い転げていたりと、本当に楽しそうに話を聞いてくれた。
「おい、人の女をナンパしてんじゃねーよ!」
腕相撲で決着がついたのか、程よく冷えたトマトを片手で籠ごと持ってきた熊谷が戻ってきた。
熊谷の後ろを見れば腕をブンブンと振って汗だくになってる息子が「馬鹿力め……」などと言ってる所を見ると、多分負けたのだろう。
熊谷は腹は出てきているが若い時は森林管理局で丸太を担いでいた時もあるから、今でも腕っ節だけは強いのだ。 まぁ、息子の太一も鳶職やら解体屋やらやってたからそれなりに力も強いのだが……。
「登紀子がいるのに、他人の妻をナンパなんてするかっ!」
籠から冷えたトマトを二つ取ると、一つを奥さんに手渡して、俺には放り投げてくる熊谷に文句を言う。
「如何だかなぁ? お前は直ぐに俺から奪っていく奴だからな! 油断は出来ねぇよ」
まったくコイツは昔の事を何時までもナチネチと……。 そう思って少し睨むが、そう言えば報告しなくてはと、思い立ち。
奥さんに告げ口をする。
「実は最近お宅の旦那様がですね、うちの妻の手作りが食べたいと言って泊まりにくるんですよ、週に2回も! どう思います?」
そう告げ口してみたところ、奥さんの顔から笑顔が消えた。
「あら、あらあら? あらあらあらあら? アナタ? 最近忙しいのは仕事だとか言ってませんでしたか?」
「田井中貴様! 余計な事を!」
そう言って俺に掴みかかろうと腕を伸ばして来た熊谷だったが、奥さんにガシっと手首を掴まれると、腕が動かせないのか青く顔を染めて怯えていた。
「田井中さん、太一くんもちょっと失礼しますね〜」と、笑いながら熊谷を引き摺ってトマトの林へと引っ張っていった。
熊谷の顔からは、声にならない言葉で『助けて!』と、叫んでる様に見えたが、トマトを頬張る振りして見なかったことにした。
「父さん……エゲツな……」
何故か太一にもドン引きされたので、不思議そうにしてると
「お義母さんは見てくれは小さくて可愛らしいけど、アレでも空手の有段者で、かなり強いんだよ」
そう教えられた。
「そうなん? え、いやでも夫婦喧嘩なんだし、そこ迄痛め付けたりはしないだろ?」
「んー……。如何だろうねぇ」
そう言うと、二人が去ってったトマトの林を二人して眺める。
「……まぁ、泣いてたら慰めてやろうぜ?」
「そだね……そんな事よりせっかく冷えたトマトが暖まっちゃうから早速食べよう父さん!」
そう言ったが早いかガブリと豪快にトマトを齧る太一。
さっきまで熊谷に同情の目までしてたのに切り替えの早いことで……。
本当に誰に……「うんまっ!」
俺の思考が止まるくらいの大声で美味いと叫ぶ太一は、驚きの目で齧りとったトマトの断面を見てる。
そんなにか? と思い、一旦思考するのを止めて、俺も齧りついた。
「っ!」
確かに美味い。
しかも、うさトマと対して変わらない美味さ……いや、こっちのが美味い気がした。
二人して顔を突き合わせた後は、貪るように籠にあったトマトを食った。
ウメェーウメェー言いながら。
籠のトマトが無くなり、ヘタだけが道端に転がって、腹を擦る大きな子供が二人出来上がる頃、熊谷と奥さんは帰ってきた。
手を繋ぎながら……。
──何があった⁉ と、思ってしまう程の仲睦まじい二人を目の当たりして、俺も太一もついつい二人を信じられないっすって、顔を並べて魅入ってしまった。
「愛だよ、愛!」
何となく自慢げに言う熊谷に軽く嫉妬すると共に、尊敬してしまう自分もいる事に気付く。
──後で伝授してもらおう。 いや、ある意味売った事になる俺には教えないかもしれん……ここは登紀子の手作り弁当でも賄賂に……いや、手土産に……。
等と、考えていたら顔にでも出てたのか奥さんの目がスッと細められ、言い様のない威圧が……。
──うん、辞めよう。 俺には必要無いテクニックだな。
そう考えてニッコリ微笑むと、奥さんにも伝わったのか笑顔で返された。
そんな俺と奥さんに何故か嫉妬したのか、熊谷が拗ねていた。
──もしかして……テクニックを使ったのは奥さんか……?
あれ? 俺は思い違いをしていたのだろうか。
熊谷が奥さんを射止めたのではなく、奥さんが熊谷を射止めた……のか?
そう思って再び奥さんを見ると、口に指を当て、フフフと笑っていた。
まぁ、そんな事は口にだして言う事ではないし、藪蛇にしかならんから言わんけど……。
ソッと俺は奥さんからの怖い視線を外して落ちてたトマトのヘタを拾うと、話を変えるべく奥さんのトマトをべた褒めするのだった。
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