第6話


 あれから二ヶ月程たった。

 何度かあの畑がある場所を確認しに行ったが、入り口は見付からず、少し荒れた土地しか無かった。

 余り木々もないので、間伐する必要もないと言う事で、伐採予定地の選出からも外れた。


 入り口が見当たらないって事は、やはり畑に入れた事は偶々だったのだろう。 人間嫌いの婆ちゃんウサギも(熊谷が)怒らせた事で、我々人間が再び来れない様にしたのかもしれない。


 だが太一は偶に思い出すのか、食卓に並べたサラダを見ながら残念そうに呟く。


 「ウサキュウ……美味しかったなぁ……」


 【ウサギから貰ったキュウリだからウサキュウなのだとか(太一命名)因みにトマトはウサトマで西瓜はウサスイらしい。 こっちの世界の野菜と分けたいらしい。因みに太一しか使ってない名称】


 「まだ言ってんのかお前、入り口が閉ざされた以上二度と入れないんだから、いい加減諦めろ」


 俺も残念に思っているが、人とは余り関わりたくないから入り口を閉ざしたんだろうし、此方がもっと関わって欲しいと思っていても、生きてる世界が違うのだから言うだけ辛いだけだと諭した。

 太一はあの場所で食った野菜の味が忘れられないのか、俺や熊谷だけしか居ない時だけ愚痴をこぼすようになってしまった。


 「父さんだってもう一度食べたいでしょ? 俺、野菜食って美味すぎて涙出たの初めてだったよ?」


 そう言うと、父さんだって泣いていたじゃないかと煩い。


 俺も確かに泣いていた。

 美味すぎて泣く事なんて、学生時代の月末に金がなくなって、購買のパン屋で苦学生の為に無料で配っていたパンの耳を七日に別けて齧り、ギリギリ飢えを凌いで居た時に、購買のおばちゃんから『痩せずぎて見てられないから、これ食いな!』と自分の昼飯を分けて寄越した握り飯を食って、感涙の涙を流して以来、無かったことだったし。

 出来る事なら俺だってあの野菜達をもう一度食したいと思っていた。

 だが……。


 「仕方ないだろう? 締め出されたんだから。 思い返すだけ辛くなるぞ?」


 「熊谷さんだってそう思うでしょ? もう一度食べたいよね? ね?」


 今現在、管理局で借りてる社宅には、俺と太一が一緒に住んでいて、週に一度か二度の割合で妻が通って来る様になった。 一応妻も、増えた勤続年数分の15年間を、俺と一緒に此方で過ごしたいと言ってくれたのだが、持ち家のローンもまだ残っている事から、空家にしておくのは家が痛む原因になる為、売却して群馬に家を借りようと提案した。しかし、老後に俺と二人で暮らす為に買った家だからと反対され、今は俺の代わりに借り主を探す為、不動産屋を回ってくれているので、通い妻の様な感じになっている。

  再プロポーズした際に聞いたのだが、太一が部屋に釣り道具の置ける物置きを勝手に増設した時があった。

 俺は羨ましいと常々思っていたが、太一が結婚したら家を出て行く筈だからと増設資金は妻が出し、将来的に俺の趣味の部屋として使って貰う予定だったんだそうだ。

 全く結婚しない息子に少し予定が狂ってしまったが、今でもその思いは強くあり、漸く結婚してくれそうな相手も見つかった事だし、予定通りに事が進みそうだと確信したのか、頑なに売却する話に反対した。

 因みに……。 何処からか話を聞きつけた娘夫婦が残りのローンを支払う代わりに譲渡しろと言ってきたが、妻が激怒して一時的に疎遠になっている。

 元々勤続年数を増やした理由が安月給の娘旦那では学費貯金が出来ないと踏んだ娘が、同居する代わりに家の名義を寄越せと提案した事で、孫の学費は此方で支払うと言い出したらしい。

 まぁ、その内……孫可愛さに仲直りするだろうけど、取り敢えず俺は放置一択だ。 俺は関わらない。君子(妻娘)危うきに近寄らずの精神である。太一もこの件には一切触れてこない。太一の場合は妻より姉の圧力が強く、味方をしろと言われているようだが、のらりくらりと躱してる様だ。


 閑話休題そんなことよりも


 うちの飯を食べに熊谷が泊りがけで来る様になった。

 どうやら、初恋の相手である登紀子の手料理を食べたい願望が炸裂したようで、今日目の前でお茶を啜っている。

 特に決まった曜日で妻が来る訳ではないので、狙い澄まして食べに来れない事から、来そうな日を予想して週に一回泊まるようになり、それがいつの間にか週二になったのだ(空振りばかりで)。 その内一緒に住みだすんじゃないかと警戒している今日この頃だ。 週三になって来たら一度奥さんにクレームというか、お灸を据えて貰おうかとも思っている。

 ──そもそもお前は奥さんの手料理なら毎日食えるんだから、そっちを有難く思いながら食いやがれってんだ!


 そんな俺の企みなど知らんとでも言う様な態度でふてぶてしく居座ってる熊谷は、朝刊に目を通している。 

 ──お前はうちの大黒柱か⁉ とっとと食った茶碗くらい自分で洗え!とは、思っても言わない俺は気が小さいのだろう。 今も台所に立ち、晩飯に食った時の茶碗を洗い終わって、朝飯に使った茶碗を洗い出していると、熊谷が新聞から顔を上げて太一の手元にあるサラダを見ながら言う。


 「んー……まぁ、そうだな。 西瓜は確かに美味かったが、キュウリやトマトはそこ迄じゃなかったからお前程じゃねーな」


 「俺を太一と同列にしてんじゃねーよ! 俺はコイツ程未練がましくしてねーだろうが!」


 「いや、お前だってこの前休憩中に出された西瓜、一口齧って食うのやめただろ? ため息吐いて……。あれ貰もんだがそれなりに良い奴で糖度も値段も結構する奴だぜ? それを溜息吐いて食わないって事は余程だろ? 未練がましい親子だよ全くっ」


 そう言われると、俺も黙るしかなかったが、妻の飯を集りに来るお前には言われたくない。 

 まぁ、確かに?

 ウサギからもらった西瓜の味を思い出してしまい、それ以上食う事が出来なかったのは認めるが……。


 似た者親子だと嗤う熊谷は放っといて仕事に行く支度をしていると、熊谷が太一に向かってとある提案を投げかけた。


 「そんなにウサキュウ……だったか? アレの味を味わいたいなら、うちに来い。 似た味なら食わせてやれるぞ?」


 「似た味があるっていうのか? そんな馬鹿な! 流石に俺も怒りますよ? 《お義父さん》?」

 「まだお前に《お義父さん》と呼ばれる筋合いはない! ったく! ……話を戻すぞ? 西瓜は確かに美味かった!それは俺も認めよう、だが他は違う。 まぁ、一度食いに来い。 文句はその時聞いてやる」


 って事で、ウサキュウを馬鹿にすんなと憤慨する太一を宥めつつ、仕事の用意をさせ、結納の話まで出てるのに、未だに未練がましくお義父さん呼びを許さない熊谷にも髪を梳かすように促して、俺達は仕事場へと向かった。


 さて……。 来週の休みは熊谷の言う野菜を食いに行ってやろうではないか。

 ウサトマを馬鹿にする奴は俺が許さん! 覚悟しておけ!

 


 

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