第5話



 『先ず熊さん。 彼の対価はこの店に来る客や野菜を作る者達への攻撃をしない事を約束した。 とはいえ、この森近辺以外で出会った場合や、腹が減っていて他に食べる物が見当たらない時は約束を守る必要は無い。 例えば、人間であれば今後森で出会ったとしても、君達三人は見逃してくれるだろう。 ただ、腹が減っている時はその限りでは無いので、警戒はしておくと良い』


 ──つまり、俺達三人のうちの誰か一人が他の誰かといた場合は、他の誰かを優先的に襲い、見逃してくれるということか……それはそれで後味が悪すぎるから、極力逃げるようにしよう。


 しかし、まるでヤクザのみかじめ料みたいだな……。


 そう思っていると、顔にでも出てたのか俺を見てウサギは笑う。


 『確かに襲わない事が常識としてある人間には、信じられないと思うかも知れないが、獣の世界では当たり前の事で襲わない事の方が異常に思われるんだよ。 一応この店に並ぶ時はお腹をある程度満たしてから来る様に頼んでるけどね。 そうしないと涎を垂らしながら品定めする熊さんの後ろに並ぶ方々は、生きた心地しないだろう?』


 確かに、そうなのかも知れない。 襲う事が当たり前の世界で、敢えて見逃す行為は確かに異常な行動だろう。 そして対価としても成り立つなら……。なるほどなぁっと納得している俺を横目に話を続ける。


 『次に猪の親子。 彼女達は育ててる間に作物に付いた害虫を食べてくれた、その対価で野菜を売ったんだ。 それと、なるべく畑を荒らさい事も約束して、うり坊に西瓜を渡したのさ。 甘い物は時として毒になり、人間側の作物を食べに行ってしまうかも知れないが、そうならない様にこちらで作るスイカの糖度は人間達の作るそれより、かなり甘い。 そのお陰で一度は人間の畑を荒らしたとしても、次からは行かなくなるのさ。 まぁ、うちの西瓜を食べた事のある者だけなんだけどね』


 そう言われると一度食べてみたくなるが、人間である自分達に西瓜が貰えるのかは怪しかった。 何方かという、手伝いをした者に率先として渡してるフシがあるからだ。

 偶々迷い込んだだけの俺達には、味わえないかも知れないと思うと、少し残念に思った。


 『次に狸さん。 彼等は、畑を荒らす野ねずみ共や、畑をボコボコにするモグラ共の駆除を、集団で行ってくれている。 畑はこの場所だけではなく、他にもあるからね。 その対価として荷車で定期的に渡しているのさ』


 そう言うと熊谷は目を丸くして驚いていた。

 「まだあるのか? この規模の畑が? おいおい、大問題じゃねーのか?」そう言いながら天を仰ぐ。


 『そう問題にはならないさ。 何故なら、此処に来れたのは綻びがあっただけだからだ。 今回はたまたま来れただけで、真面目に狐が仕事をしていれば防げた事だからな。 今頃はうちの者がクレームを言いに行って帰ってくる頃じゃないかな?』


 そう言うと、辺りを見回し何かを見つけたのか手招きし始めた。

 すると、藪をガサガサと揺らしながら1匹の兎が現れた。

 その兎はそこに人間が居たことに驚き、嫌悪感を醸し出すと藪の中に戻ろうとしたが、呼び止められて渋々で歩いて来た。

 無言で佇み俺達と話しをしているウサギを睨む。『そんなに睨まいでよお婆ちゃん、仕方ないだろう? 迷い込んで来ちゃったんだからさ? だからもう少し待っててよ、ね?』


 そう話すと再び此方に向き直る。


 『うちの身内が失礼したね、最近親友が人間に殺されててね、それですっかり人間嫌いになったのさ』


 そう言われるとに申し訳なくなるが、兎は笑って否定する。


 『気にすることないさ、そもそも人間が獣のルールなんて知らない事だし、守る義理もないのだから』


 「その、お婆ちゃんウサギの親友もはウサギだったのか?」


 『いいや? 鹿さんだったよ』

 そう言うと鹿さんと婆ちゃん兎の馴れ初めの話をし始めた。


 元々人間と獣とでは理も違う事から、特に人間が獣を殺めても特に問題として捉える事はなかった。 畑を荒らした獣に憤怒し、それを守る為に殺す事は仕方ない事だと思っていたからだ。 しかし、今回は違ったらしい。


 鹿さんと婆ちゃんウサギが知り合ったのは鹿さんが客として店に来てからだった。 鹿さんとの約束事は新芽を食べない事と畑を荒らさない事だったという。 その鹿さんは真面目だったのか、森以外の場所でもその約束事を守ったらしい。 とある日に仲間の鹿さん達が人間の畑を荒らしにあった時も、その鹿さんは律儀に守り一口だって食わなかったし、近付きもしなかった。 しかし、たまたま人間が仕掛けた罠の前に撒かれた餌を食べて、捕まった。 そして銃殺されたのだが、その日はたまたま店が開く日で、待てども待てども仲良くなった鹿さんがやって来ない。 痺れを切らした婆ちゃんウサギは、ついつい探しに森の外へと出たら、括り罠に掛かり脚をワイヤーの様な物で縛られ、動けなくなっていた鹿さんだったそうだ。 婆ちゃんウサギは近付いて助けようとしたが、断られそして、目の前で撃たれた事がショックで、何もしてない鹿を殺した人間を酷く憎んでいるのだそうだ。

 とはいえ、人間に獣の違いが分からないのだから、仕方ない。 そう頭では理解してるのだが、納得はしていないのだそうだ。


 『だから、睨むくらいは許してあげてね』そう言って笑うウサギに、太一は食い付いた。


 「俺達がその鹿を殺ったんじゃない!」

 『それはそうだろう。 もう何十年も前の話だしね、けれど誰が殺したって同じなのさ、同じなんだから』


 獣の違いが人間に分からないのと同時に、獣にも違いは分からないという。ただ人間や猿は顔に毛が生えてない分だけ見分けやすいようだ。

 俺や熊谷と太一との顔の皺の数が違うから、年寄りかそれ以外かの違いだけみたいだが。


 『因みに、おらと婆ちゃんの年類差、君たちに分かるかい?』

 分からないと三人が首を横に振ると教えてくれた。 その差、何と1200歳。

 見た目はウサギなのに、この婆ちゃん兎はそれだけ年を取っているらしい。

 『この婆ちゃん実は凄いウサギでね? 唯一九尾の大妖怪に面と向かってクレームを入れれちゃうくらい力の強い妖怪なのさ』


 見た目じゃ分からないだろうけどね!と、付け加える。


 「……尻尾は割れてねーよ? 本当にそんなに生きてるのか?」


 熊谷は不躾に婆ちゃん兎の尻尾を眺めては何本あるのか数えていた。

 その行為に激怒したのか婆ちゃん兎は威嚇すると、脱兎の如く駆け出して空中を走ると、パッとその場で回転して消えてしまった。


 「おい、熊谷! 失礼だろう? レディに対してする事じゃないぞ!」

 そう俺が言うと、ハッとしたのかすまないと小さな声で謝っていた。


 『はは……まぁ、いいよ。 ただあの分だと九尾の所へ行ったかも……クレーム入れた狐は三尾でね。 その上に言いに行ったねあれ……』


 ウサギには幹線が無いにも関わらず、目の前のウサギの額からは冷や汗が流れてる様に見えた。


 『さて、随分と話が逸れたけどアナタの対価を求める話をしようか』


 「ん? 俺の対価はお互いのルールの話じゃなかったのか?」


 『違いますよ。お互いのルールの磨り合わせをしただけで、対価ではないよ』

 そう言うと、座り直して何か考えた風を装うと、熊谷に向かって告げた。


 『あなたには、ここで見た出来事や話した事、それと畑の事を口外しない事を求めよう。 あなたは、見ていた限りだとその二人の上司か上役だろう? だから、その二人にも口外しない事を命じる事も出来る。 お話として伝えるくらいは許すけどね? 昔話とか』


 そう言うとウサギは熊谷にトマトを三つ手渡した。


 「昔ばなしなら良いのか?」

 そう熊谷が聞くと

 『それは構わない。今更だしね』


 ウサギが言うには稲葉の白兎やカチカチ山も実話だが、ある程度お話として改変されてる部分も多く、実話にすると更に惨劇になるのだそうだ。 今ですらかなり改変されているが、元の話からすると、それなりに惨劇なのだが、それを更に超えてくる程の惨劇な話なのだそうだ。


 『それを言うと呪われるらしいから、言わないよ? 婆ちゃん世代の皆が言うんだから、知らない方がいいよ? それでも知りたかった「いえ!結構ですっ!」ら? まぁそうだろうね』


 俺達三人同時に首がもげるんじゃね?って速度で首を横に振り、話を遮らせてもらった。 流石に呪われたくないからなっ! しかも婆ちゃん世代って……。怖過ぎるわ……。


 さて、最後の一人と言いながら俺を見るウサギに生唾を飲み込むと、クラックションを鳴らしながら巡回するのは止めてくれる様に言われた。 

 比較的楽だが、それでいいのか?と、思っていると


 『春先くらいかな? 熊さんが便秘で困ってた時は助かったらしいけど、普段はおしっこ漏れるくらい驚くんだよ、だから荷台に鈴でも付けてほしいんだ。 出来るよね?』


 熊さんが便秘中に踏ん張っていたところ、俺の乗る軽トラが近くを通って来たらしく、それに気付かず踏ん張っていたら突然クラックションが鳴り響き、驚いていつも以上に踏ん張ったお陰で全部出た事を感謝していたが、飯を食ってる時、昼寝をしてる時まで驚かされると落ち落ち安眠も出来なかった様で、かなりフラストレーションが溜まり、列に並んでいた時も思わず叩き殺しそうになる程殺意が出たのだそうで……。

 俺は何度も頷き、必ず鈴を付けて運転する事を近い、クラックションは取り外す事を誓った。

 そして、俺の対価は三つに切られた西瓜だった。


 『さて対価は渡したけど、それはこの場で食べてから帰ってくれ』


 勿論何処で貰ってきたのかと問われた時に困らない為にと言われ、それもそうだなっと、思ったので太一のキュウリ、熊谷のトマトを一つづつ渡され、西瓜を皆で分け合って食った後、俺達は畑をあとにした。


 因みに、どれも野菜は美味くて言葉が出ないくらい感動した。

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