第4話
「はぁ? 兎が畑を耕してただぁ? 何だよ田井中、もう呆けたのか? それとも暑さにやられたのか? 病院に行くなら有休使えよ?」
太一と俺とで件の場所で見た事を熊谷に伝えると、全く信じてもらえなかった。
まぁ、当然だろう。俺も未だに信じていないし、熱中症になって見た夢幻と思いたかった。 だが、太一がスマホで動画を撮っていたのだ。
流石ギリギリ現代っ子。 証拠を残すなら動画で!が、身に付いてる。
息子にそう言うと、『ギリギリじゃないから!外れてるから!』と言っていたが、ドラレコは発売してから直ぐに取り付けていたくらいは、現代っ子に近いと思うのだが、息子から言わせると違うらしい。
まぁ、そこに写った動画を見せると一応認めたが、画像が余り鮮明ではなく、多少ノイズがある事から加工してるのではないか?と、疑われた。
「そんな面倒な事してまで、お前を陥れて俺になんの特があるんだ?」
そう言うと、『登紀子さんを取られまいとしてる』とか訳の分からない事を口走り始めた。
──コイツ……昔に気持ちが戻り始めてるのか? 呆けてるのは実は熊谷なんじゃないかと疑った。
「冗談だよ……そんな変な目でみんのやめろ。 それと太一! 美知留にメールしようとしてんじゃねーよ。 怒られるだろうがっ!」
「だったら世迷い言言ってないで明日、俺等と一緒に確認しに行きましょうよ」
──おい、息子よ。 一応その方はお前の上司でここの所長だ。 口の聞き方に気を使え。と、思ったが同意見だったのでここでは口にしなかった。 あとで言っとこう。
熊谷も納得はしなかったが、一応事実確認は必要だと思ったのだろう。 明日は俺と太一と熊谷の三人で、その畑に行くことになった。
「狭いっすね……」
「しょうがねーだろ? 二人乗りなんだから」
「おい太一、お前若いんだから荷台に乗れよ」
「嫌だよ! 雨降ってんじゃん!」
その日は朝から小雨が降っていて、服の中までは濡れる事は無かったが、荷台は濡れていたので、荷台に座る奴は安全の為に座るのだが、尻が湿っぽくなる。そして誰もがそれを嫌がった為、狭い狭いと言い合いながらも車内の中で、三人乗っていた。
「クーラー効いてんのかこれ?(熊谷)」
「三人もむさいおっさんが乗ってれば効かなくなるのも仕方ないと思いますよ(俺)」
「俺はあなた方と比べると半分くらいの年齢なので、そんなにむさくないと思いますので、主に二人っすよね?」
「おい、田井中! 息子の教育がなってねーぞ!」
「おい息子! お義父さんの教育がなってないぞ!」
「お義父さんの教育は奥様のお義母さんに任せてますので、後でメールしときます。 父さんの教育も母さんに伝えておきますね」
「「ごめんなさい、言わないでください」」
「ハイハイ、馬鹿言ってる間に着きましたよ。 暑いんだから早く降りてください」
車の外のが涼しい事に驚いていると、さっさと案内しろと熊谷が煩い。
「ワイシャツで来るんじゃなかったな……背中にくっついて気持ち悪いわ」
「作業着で来る様に伝えておけばよかったすね」
「まぁ、帰りは誰か荷台に乗れば乾くだろ」
「雨が止んだらな、良いからさっさと行くぞ」
道も分からないのに先導しようとする熊谷を後ろに回し、三人は件の畑を目指して歩く。
暫く歩くと、前は雑草しか生えてなかった場所にもトマトやきゅうりなどの野菜が所狭しと実っていて、どれも収穫間近に見える。
「……父さん」
「……なんだい?息子よ」
太一は昨日の今日で足元まで溢れる程育った野菜に驚き、言葉を失くしている。 俺も同じような状態なので、何も言葉が出なかった。
対して熊谷は違った様で、煩いくらいに燥ぎ、手前に生えてる野菜を見ながら言う。
「何だよこれ……なんて瑞々しい野菜達なんだ! こんなの俺でも滅多に見た事ないぞ? 作った奴は天才か? ちょっとうちのカカァを呼んで来ていいか?」
熊谷の実家も農家だったらしく、野菜の育て方には自信があったようだが、ここに実ってる野菜達はそれ以上なんだそうだ。
俺達が感動したり困惑したりしていると、畑の奥の方に並んでる方々が居るのが見えてきた。
「……と、父さん? あそこに居るのって熊さんだよね?」
「ああ、息子よ。奇遇だな、俺にもそう見えてるよ」
「おい、なんで熊が二足歩行で買い物籠ぶら下げてんのに、そんなに冷静になって話してんだよ⁉」
何か色々信じられない風景を見てきたからか、俺と息子の太一は少し落ち着いていた。
熊さんが二足歩行で買い物籠ぶら下げているその後ろでは、猪が二足歩行でうり坊と一緒に手を繋いで列に並んでたり、狸が荷車を引いて列に並ぼうとしていていたりと、なかなかないシュールな様を眺めては、その愛くるしい姿にホクホク顔になっていく。
『あんたら客かい? 客ならちゃんと並んでくれよ? 横入りすると売ってやらんよ?』
そんな俺達に声を掛けて来た方向を見るが、誰も居ない。
おかしいなぁ?と、キョロキョロしていると、下の方から此方に話しかけてくるウサギが目に入る。
驚きすぎて固まる三人に、訝しげに首を傾けると、ウサギは再び声を掛ける。
『あんたら、人間か? 珍しいな……もしかして、結界綻んでたのか? 適当な仕事しやがって狐の野郎! あとでクレームだ! 取り敢えず、あんたら……来ちまったもんは仕方ないにしても、ここで立ち往生されると迷惑なんだ。 並ぶか帰るか……いや、並んで野菜を買っていきな!』
そう言うと、二足歩行で歩きながら太一の腕を掴み、逃げられない様に引っ張っていった。
妖術でも使われて言葉が話せなくなったのか、驚きすぎて話せなくなったのか、何方か分からなかったが、助けを求めてる事は理解できたので、俺も熊谷の背中を押して、ウサギの後を追った。
列に並ぶと、準順に野菜を受け取って山へと消えていく動物達を眺めた。
最初は熊さんだった。
熊さんの買い物篭はとても大きく、大人の人間なら三人は軽く入るだろう。 その篭にトマト、人参、キュウリに茄子と山と入れて持ち帰っていた。
次に並んでいたのは猪の親子だった。猪の親子もまた、トマト人参キュウリと茄子を篭いっぱいに入れて運び、うり坊は背中に西瓜を括り付けられていた。
次に並んでいたのは狸達だ。
狸達は荷車に人参、トマトと西瓜だけを山と積んで、えっちらおっちら運んで行った。
その後ろには太一が居て、自分の番が来たと思った太一は、財布を出そうとして止められていた。
『さて、人間さん。 ここでの買い物の対価は貨幣じゃない。 それを説明してから、それぞれの対価を決めたいと思う。異論は認めない』
必ず買って帰って貰うらしく、少し強い口調で最後の台詞を吐いた。
『先ずは、一番若い兄さん。 アンタにはお友達が獣達にあげてる液体を食べさせるのを止めさせて欲しい』
そう言うと、チュールの包みを取り出して、太一に見せる。
「え、……チュールですか?」
『チュールっていうのかい? まぁ、いいや。これはな、毒なんだ』
「いや!チュールは毒じゃないです! ちゃんとした食べ物ですよ!」
『それは分かってる。 ちゃんとした美味しすぎる食べ物だ。 そうだな……とある話をしようか』
そう言うと、ウサギさんは座り直して話し始めた。
とあるうり坊が母猪を探して迷子になり、木を切ってる人間達に出会った。 人間達はうり坊を見て、母猪の存在に怯えていたが、居ないと分かるとうり坊に近付き、餌をあげた。
慈悲だったのか、可愛かったからかは分からないが、その時食べた味は忘れる事が出来ない程うり坊に衝撃を与えた。 やがてうり坊は成長し、妻を持ち子を成した。 しかし、あの時食べた味が忘れられず、自分の子にも食べさせたくなったソイツは、ある日人間を探しに人郷へとやって来た。
そして、たまたまチュールを猫にあげてる女性を発見した。 嬉しさのあまり駆け出して、上手く止まれずにその女性を跳ね飛ばして怪我を負わせてしまった。 その後、その猪は人間に追われ逃げる中、なぜ自分がこんな事になってるのか分らずにいた。 あの時優しくしてくれたのも人間なら、今自分を追い詰めているのも人間だ。
何が違うのか分らずに、その猪は撃たれて死んだ。
『その猪ってのが、さっき買い物に来ていたうり坊の父親だ』
太一はその話を聞いて感情移入でもしたのか、涙ぐんでいた。
こいつは優しいやつなので、そんな話をされたら想像しちゃったんだろうな。 チュールを持ってる人に駆け寄って、自分も貰おうと思ったのだろう。 あの時の優しい人の様に、自分にも分けてくれると信じていたのだろう。 だが、それが裏切られてしまった。 その時の痛みが、訳もわからず追われた時の悲しみが、太一には伝わってしまったのだろう。
『分かってくれてありがとう。 言いたい事は伝わったと思う。 だから君には今回キュウリをやろう。 実行する事ができたら、次はトマトをあげる』
そう言うとウサギは、太一に3本のキュウリを渡した。
『さて、次は何方かな?』
すると、熊谷が片手を上げて1歩前に出た。
そして、ウサギにこう言った。
「ここは、国有林でな? 勝手に畑なんか作ってもらっては困るんだ」
そう言った。
それを聞いたウサギは鼻で笑う。
『おら達は獣だぜ? 人間ルールなんて知ったこっちゃない。 人間だっておら達のルールなんて守らないし、知ったこっちゃないだろう?』
そう言うと、再び座り直して話を始めた。
『おら達のルールの話をしようか……』
そう言うと、熊や猪が対価にどんな約束をしたのか教え始めた。
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