トモダチノツクリカタ
@hibinokiroku
第1話 ハシハナ君
家賃5万円くらいのワンルームに住んで早10年余り、学生の頃は性格は多少明るく希望に満ちており、夢もそれなりに抱いていた。そして、なんとか就職して薄給ながらもまあまあ安定した収入があり、この間いくつか縁談があったり合コン的な出会いの機会もあったのだが、結婚には至らぬまま30代を迎えてしまった。ちらほら白髪がハネてきてショックを受ける。恋人どころか大人になって本当に友達も減った。
仕事は事務系で受付やデータ入力と淡々としたもので、いずれAIに取って代わられるであろう職種で入社1年目ですでに飽きていた。ほぼ自動昇格で主任にはなったもののその後のキャリアパスは見込めず、モチベーションもだだ下がり、転職も考えて、転職サイトにエントリーしてみたが、今の会社が残業がなく、そこまでブラックとも感じられず、この職種だとどこ行っても同じだろと半ば諦めていた。
職場での普段の会話は少なく、黙々とひたすらデータ打ち、唯一コミュニケーションといえば帰宅途中に立ち寄るコンビニで「あたためますか?」「袋いりますか?」の返答のみで、言葉にすらなっていない時もある。家に帰ってもテレビにツッコミを入れる有様。シャワーを浴び、飯を食い、ベッドの上でユーチューブ動画を自動字幕起こし機能で飛ばし読み、そして、翌日もその次の日も家と職場の往復の繰り返し。
あ、『およげ! たいやきくん』だ、オレ……。
土日しっかり休めるところも今の会社に特に不満はないが、さすがに暇になってきた。一人で静かに映画鑑賞や極めて稀にライブを観に行ったり、誰にも邪魔されず、自由で、『孤独のグルメ』的に救われなきゃあダメなんだという思いでお一人様を満喫していた。それも飽きてきたら、グーグルマップで『ポツンと一軒家』の感覚で今度行く所を探した。
「ん、こんな所に温泉あるじゃん」
独り言は日常茶飯事。グーグルストリートやクチコミを見る限り、そんな人混みでもなく、こじんまりとした施設であることを確認した。ちょっと行ってみよう。
夕方、車で国道沿いを走り、市道を抜け、郊外の山側を少し登った所にある温泉。駐車場に車を止め、タオルと着替えの入った袋を持ち、入り口へと向かう。趣のある外観。玄関で靴を脱ぎ、券売機で入浴券を発券する。番頭さんに券を渡し、脱衣所へ。混んでなさそうだ。
露天と内湯があり、一糸まとわぬ姿となったところで、いざ内湯の方へ行こうとすると、20代くらいの茶髪の細身の青年とすれ違った。大胆にもタオルで隠さず、こちらの方を見たので、おっ! と思いながらも何を見たら毛がないのだ。髭と首から下は全て脱毛する人がいるのは知ってはいたが、実際に目撃したのは初めてだったので凝視してしまった。お互い初対面がすっぽんぽんの状態であったが、どこか同じニオイを感じ取った。でも、その日は一言も会話することなく先に上がることにした。
日はすっかり暮れていた。駐車場に戻るとやっぱりどこの誰かが気になったので、彼が出てくるのを待った。土砂降りの雨が降ってきた。フロントガラスの水滴が一瞬にして増えていく。水滴同士が連なり、くっついて滴り落ちるを繰り返す。街灯の光が水滴に反射しにじむ。
しばらくして若者が傘をさして出てきた。ジャージのズボンにTシャツ姿。メガネをかけているが間違いない、あの子だ。こっちに向かってくる。雨粒がいい感じに目隠しになった。彼は二台隣の軽自動車に乗り込んだ。発進する。
「ちょっと待ってくれ!」
独り言をつぶやき思わずこちらもエンジンをかけ発進した。道路に出た先の赤信号で止まったのを確認。
「8487」
ナンバープレートと車種を特定。さらに後ろから付いていく。
「尾行じゃん、これ」
車間距離を適度にあける。もう夜だ。しかも雨でバックミラーごしの視界は不良だった。意外と気付かれないかも。訳ありでない普通の善良な一般市民は自分が尾行されているなんて思いもよらないだろう。
「どこまで行くんだ」
地元住民かと思っていたが、自分の家の方角へと向かっていた。
「意外と近所だったりして」
途中、信号でまかれそうになったが、なんとか追いついて10kmくらいは跡を付けた。そして、住宅街の私道の方に曲がる。アパートへと入っていくのを確認。
「ヤバい……家まで特定しちゃった」
近所ではないが、遠くでもない場所だった。けど、さすがにアパートの敷地内まで侵入すると怪しまれるかもしれない。一旦その場を通り過ぎ、再度通過する時に駐車されている『8487』の車を再確認。部屋番号までは分からないがこのアパートに住んでいるのは確かだ。
名前も知らないあの子のことをナンバープレートの語呂からハシハナ君と呼ぶことにした。
一週間後、次の土曜日、自然と温泉に向かっていた。駐車場に到着する。
「ハシハナ君、来てないかな」
『8487』の車を探す……、ない! あの日だけだったのか?
せっかく来たのだから温泉につかることにした。やはり彼は来なかった。う〜ん、やっぱり気になる……あの時の感覚は一目惚れだったのだろうか。
何を思ったか翌、日曜日の早朝、午前5時、確実に自宅にいる時間帯を狙って、例のアパートに行ってみることにした。車がある。まだおやすみの時間だろう。隣の駐車スペースが空いていた。車の中を覗いてみる。
(ダッシュボードに電機メーカーの工場の入構証があるぞ!)
ここは心の声。
(勤務先も特定しちゃった……どうしよう)
会社のホームページで勤務シフトを確認した。夜8時には帰宅しているらしい。ますます彼の生態というか行動パターンを知りたくなった。
たいていの人は電車やバスの車内でスマホばかり見ている光景を目にするが、その姿を眺めている人がいる。そこでたまたま見掛けた人の人生を想像したりするのが楽しみで悪趣味だが人間観察が日課のようになっていた。が、ここまでくるともはやストーカーかもしれない。
月曜日、定時で仕事を済ませ、アパート近辺をうろついていた。勤務先までの通勤経路は一方通行であった。対向車のナンバーを確認する。
「8487だ!」
動体視力を駆使して目で追いかける。
「ん? アパートを通り過ぎるぞ! どこへ行く!?」
Uターンして後を追う。仕事帰りにそんなに遠くへは行かないはずだ。
「このスーパーが怪しいぞ」
駐車場を確認。ナンバーを探す。
「あった! ここで買い物するんだ……」
彼はスーパーのレジに並んでいた。作業着姿だった。
(作業着で通勤してるんだ……)
温泉で見掛けたラフな姿とは妙なギャップがあった。ある意味、ギャップ萌え? しかもメガネは仕事用とプライベート用で分けているのか、やや印象が違った。
さらに翌日も同じ時間帯にスーパーに現れた。通い慣れた地元のスーパーだろう。水と納豆、パンなどを手際よく手に取っていく。すでに目当ての商品は決まっているのだろうか。買い物かごに入れるとすみやかにレジで購入していた。
(自炊してるのかな……)
https://kakuyomu.jp/users/hibinokiroku/news/16817330651170425076
さながら『瓜を破る』の鍵谷さんだ↑
レジの店員さんに「お箸を付けますか?」などと何か言われたのだろうか。軽く頷き、ニコッと笑みを浮かべた。無表情しか見たことなかったので、あんな優しそうな顔をするんだと思い、一度話してみたいと思った。偶然を装って話しかけてみようと接触を試みることにした。まるで宗教の勧誘か詐欺の手口だ。
トモダチノツクリカタ @hibinokiroku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。トモダチノツクリカタの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます