第49話

 おれはふと思いついて、言った。


「学校でさ、習っていない漢字は漢字で書いちゃいけないっていうのがあるんだよ」

「ほうほう、なぜじゃ?」と大夫たいふ

「わかんない」とおれたち。


 だけど。

 おれの中で、ある強い思いが芽生えいた。


「でも、おれ、これからは漢字で書く! たちばな和樹かずきって! 漢字で書きたい!」

「ボクも、星野ほしのじゅんって書くよ」

「わたしも。片瀬かたせ怜愛れいあって書きたい」

「あたしも、鈴木すずき優子ゆうこって書く!」


 それから、もう一つ思ったことがある。

「でね。みんなの名前も、これからは漢字を思い浮かべて呼ぶことにする。だって、だいじな思いが込められているんだから」

 すると、みんなも賛成してくれた。

「ボクもそうする!」

「わたしも!」

「あたしも!」



 和樹

 潤

 怜愛

 優子



 みんな、素敵な意味が込められた名前。

 その意味を込めて、名前を呼ぶんだ。



「ボクさ、これから、橘のこと、和樹って呼ぶことにするよ」

 何かじっと考えていた、潤がそう言った。

「わたしも。和樹、は、恥ずかしいから、和樹くんで!」


 怜愛ちゃんがおれをじっと見た。

 小さいころにはそう呼ばれていた。

 きっと怜愛ちゃんも思い出していると思う。

 おれは緑色のくす玉のことも思い出していた。……怜愛ちゃんも思い出しているかな?


 そして、

「あたしも、和樹くんって呼ぶ!」

 優子ちゃんが笑ってそう言った。


「ほんとうにいいこたちじゃ」

 大夫はそう言って、筆といっしょにきらきらきらと星が瞬くように美しく輝いた。

 なんだか、とてもうれしい。



「潤も怜愛ちゃんも優子ちゃんも。これからも仲良くしてね!」

「うん、和樹!」

「和樹くん、こちらこそ!」

「和樹くん、あたしも!」




 漢字のことで困っていた。

 書いても全然覚えられなかった。

 いやでいやで仕方がなかった、書くことも漢字も。

 そんなとき、道に落ちていた、美しい筆。

 それは、文字の神様、橘大夫たちばなのたいふのものだった。

 橘大夫は、おれのご先祖様で、困っていたから来てくれたって言った。

 大夫のおかげで、筆記具を工夫するといいこと、それから「書く」以外の方法で漢字を覚えることを知ったんだ。



 ありがとう、大夫。

 大夫のおかげで、漢字を覚えることが楽しくなった。

 もっともっと、知りたいって思えるようになった。



 それからね。

 大夫のおかげだと思うんだ。

 潤ともっと仲良くなれた。

 怜愛ちゃんや優子ちゃんと仲良くなれた。

 友だちといっしょに頑張るって、すごくいいね!


 ありがとう。

 潤、怜愛ちゃん、優子ちゃん。

 これからもよろしくね!



 怜愛ちゃんと目があって、にこって笑った。

 おれも笑い返した。

 潤も優子ちゃんも笑った。



 

 橘大夫たちばなのたいふも、ほ、ほ、ほ、と笑って、そうしてぽわっと光って、くるんって回った。





                             

   《おしまい》

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