第26話

 おれはジュンと、じゃあがんばって練習しようねと言い合った。

 ジュンは玄関を出て、家の外までおれを見送ってくれた。


「じゃあまた、学校で」

「ほほーい!」


 大夫たいふも挨拶をする。あ、そう言えば。

「ねえ、ジュン」

「何?」

「マサトさん、大夫が見えなかったね。ジュンのお母さんが見えないことは想像していたけど、マサトさんは見えるのかなって思っていたから、なんだかさみしかった」

「そうだね……ボクも見えると思っていたよ」

 二人でなんとなく落ち込んでいると、大夫が言った。


「心配するでないぞよ。将人まさと殿は、わしを必要としていないのじゃよ」

「そうなの?」

「そうじゃ。将人殿は、もう自分でなんでもやっていこうと決めておるのじゃ」

「じゃあ、おれもいつか、大夫が見えなくなっちゃうの⁉」

「そんなの、いやだよ!」

 おれとジュンは泣きそうになった。


 大夫は、ほほほと笑うと、

「大丈夫じゃよ。わしと、和樹かずきじゅん殿の間にはきずなが出来ているのじゃ。怜愛れいあ殿とも優子ゆうこ殿とも。じゃから、おぬしたちがほんとうに必要ないと思わぬ限りは、ずっとわしの姿は見えるのじゃよ」

 と言った。


「大夫のこと、必要じゃないなんて思わないよ!」

「そうだよ、ずっといっしょだよ!」

 おれとジュンはそう口々に言い、大夫と指で握手をした。

 大夫は目を細めて、おれたちを見て、ぽわって光ってくるんと回った。


 おれはジュンに手を振って、ジュンの家を後にしてからも、大夫を肩に乗せていろいろなことをおしゃべりしながら帰ったんだ。



 翌朝学校に行って、ジュンと「授業でやる前に練習しておこうよ!」なんて話していたら、レイアちゃんとユウコちゃんが「何の話?」と会話に加わってきた。


「運動会のダンスが不安だから、ジュンのお兄ちゃんのDVDをもとに先に練習しておこうと思っているんだ」

「ボクたち、ダンス、苦手だから」

 えへへとおれとジュンは頭をかいた。

 すると、レイアちゃんもユウコちゃんも

「いっしょにやる!」

 と言ったのだ。


「わたしのうちも、お姉ちゃんのときのダンスのDVDあるよ!」とレイアちゃん。

「あたしは長女だから、DVDないけど、妹や弟にかっこいいところを見せたくて!」とユウコちゃん。

「じゃあ、みんなの家を順番にまわって、練習しない?」とおれが言い、みんな「いいね!」って言ってくれた。


「ねえねえ、タチバナくんちに行くと、大夫ちゃんに会えるんだよね」

「うん!」

「会えるぞい」

 大夫がおれの胸ポケットから顔を出し、言う。

「た、た、たいふっ」

 おれは慌てて、大夫をしまおうとした。でも。

「大夫ちゃん!」

 と、目をきらきらさせた、レイアちゃんとユウコちゃんに奪われて(?)しまった。二人は、大夫を両手で包み込むようにして持ち、教室の隅に行って、何事か笑いながら話していた。


「大夫、人気だねえ」

 とジュンがのんびりと言った。

「うん。でも、他の人に見つかったら、ダメな気がするんだよ。なんとなく」

「そうだね。レイアちゃんやユウコちゃんみたいな人ばかりじゃないからね」

「うん」

「でもきっと、そういうのも、あの二人、わかっていると思うよ」

「うん」


 大夫はとてもとてもたいせつな存在になっていた。

 マサトさんには、大夫は見えなかった。声も聞こえなかった。

 でも、おれはずっと大夫の姿を見ていたし、声も聞いていたい。ずっと会話をしていたいなとつよく思った。


 きっと、ジュンやレイアちゃん、ユウコちゃんも同じ気持ちだと思う。

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