第9話

「あ、でも、宿題!」

「宿題?」

「うん、この漢字をね、このノートいっぱいに書かなくちゃいけないんだ……」

 おれは絶望した。


「ほほう、いっぱいに?」

「うん。しかも、フリクションの青色で書いたら怒られちゃうよ」

「それはなぜじゃ?」

「さあ? 鉛筆じゃないと怒られるよ。シャーペンもダメだもん」

「ふむふむ」

「あー、もうダメだー!」

「そうすぐあきらめるのをやめるのじゃ」

「だってさー」


「とりあえず、宿題のノートにていねいに一回だけ書いてみるがよいぞ。フリクションの青色で」

「えー、怒られるよ」

「いいからいいから」

「……わかったよ」

 おれは時間をかけてゆっくりと漢字を書いた。


「中国のな、長芝ちょうしという偉大な書家も草書をゆっくり書いたそうじゃよ。草書は早く書くものであるのにな」

「そうなの?」

「そうじゃ」


「ねえ、書けたよ。フリクションの青色で」

 鉛筆で書くより、きれいに書けているような気がした。書きやすくはあった。

「よし!」

 大夫はそう言うと、筆でノートをぽんっと軽くたたいた。


 すると、ぱあっと光が出て、ノートが光で包まれて輝いた。


 驚いて見ていると、光はすうっとノートに吸い込まれるようにして消えていき、なんと!

「漢字の宿題ができている!」

「ほ、ほ、ほ。特別サービスじゃ」

「ありがとう、大夫!」

「まあ、頑張ったからの。これくらいはいいじゃろ? 自分の書きやすい筆記具でていねいに一回書いて、あとはダジャレで覚えるのがよいぞよ」

「うんっ」

「ぐちゃぐちゃに無理やり書くより、よほど勉強になるじゃろ」

「うんっ!」


 おれは嬉しくて嬉しくて、大夫を手に包み込んだ。

 大夫はまた、ほ、ほ、ほ、と笑った。



「ところでな、妙に熱心に勉強しておるがの」

「そう?」

「うむ。何かこう、勉強したくなる理由でもあるのかと思ってな」

「べ、べ、別に!」

「そうかの? ふふふふ」

「何、変な笑いをしているんだよう」

「いや、わしもな、若いころはいろいろあったのじゃよ。ふふふふ」

「ふふふふ、じゃねーよっ」


 おれは顔が真っ赤になるのを感じていた。

 小さくて、ほわんとした女の子のことを思い出していた。


「ほほう、かわいいのう」

「ほほう、じゃないっ」

 ああ、今度の漢字のテストこそ、0点じゃありませんように! いい点とれますように!

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