第2話

 宿題かあ。

 漢字の宿題、ニガテ。

 ニガテっていうか、なんかうまく書けない。


 一文字書くのにも、時間がものすごくかかる。それを一行書くってなると、ほんとうに大変なんだ。漢字の宿題は、何時間もかかってしまう。算数の宿題なら十分で終わるのに。時間がかかりすぎるから、ますますやりたくなくなる。いやでいやでたまらないから、ついつい後回しになって、結局やらないことも多い。やらない、というより、やれない、に近い気がする。第一、苦労して書いても覚えることはできないし。それにすごくすごく苦労して書いて提出しても、先生に「書き直し」って言われるし、間違えた漢字を書いていることも多いし。


 ああ、ほんとうにいやだ。漢字をちゃんと書くなんて、出来ないよ。

 今日もたくさん漢字の宿題が出ていた。そしてすぐに漢字のテストがある。


「やだなあ。……漢字なんて、なくなればいいのに」


 おれがそうつぶやいたとき、道路に何かが落ちているのが見えた。

「……なんだろ、あれ」

 近づいてよく見てみた。


「筆? なんでこんなところに筆が? 誰かの落とし物かな?」


 筆を拾ってよく見ると、小筆ではなく大筆で、なんだかとても立派な筆だった。

 新品ではなく、たいせつに使い込まれた輝きがあった。

 軸の部分は樹木の自然な凹凸おうとつがそのままで、でもみがき込まれていて、美しく茶色に光っていて、とてもきれいだった。毛の部分は白色に少し茶色が混じっていて、そしてていねいに使われている感じがした。


「……誰のだろう?」


 筆を持っていたら、ふと何か書きたくなり、空中に自分の名字の「橘」っていう漢字を書いてみた。

「橘」は難しい漢字だけど、自分の名前だから、これは書ける。

「よし!」

 なんかいい気分になった。


「この筆、誰のだろう?」

 交番に届ける? それとも学校に?


「おぬしのうちに連れて行ってくれたらいいぞよ」


「えっ⁉」

 気づいたら、筆の近くに、筆くらいの大きさの小さな、茶系の着物を着て変な頭巾ずきんをかぶったおじさんがいた。しかも、ちょっと光っていて、ふわふわと浮いていた。


「うわっ! な、な、なにっ⁉ てゆうか、誰っ?」

「わしは文字の神様じゃよ」

「は? 文字の神様?」


 変な小さなおじさんは、おれが持っていた筆の上にすとんと降り立つと、「さよう、文字の神様であるぞ」と、もう一度言った。

 そうして、おれを見てにっこりと笑った。

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