【みじかい小説No.2】星を探しに

くさかはる@五十音

星を探しにいこう

「星を探しに行こう。」

ユキが突然、そう言った。

ミズキは不思議そうに首をかたむける。

「どうしたの、急に。」

ポットでお茶を注ぎながら、ユキは答える。

「だってそうでしょ、こんな夜には決まってる!」

一方的なユキの提案はいつものことだ。

「いいさ、ユキが言うならどこへだって。」

ミズキがそれに二つ返事でのるのも、いつものことだ。

そんなわけで二人は、月のこうこうと照らす中、上着を軽く羽織って外に出た。

時計の針は夜の九時を指していた。


「まずはどこへ行こうか。」

ユキが言う。

「なんだい君、そんなことも決めずに飛び出してきたのかい。あきれたね。」

ミズキは手に持ったランタンの炎の調子を調節しながら、ユキのあとについてゆく。

「いいさ、どうせこの島は小さいんだから、歩いていればすぐに一周でもしてしまう。」

ユキは声高らかにそううそぶく。

「それにしたって君、とりあえずの行き先を決めなくては歩きようがないじゃないか。」

ミズキはすっかり歩みを止めてしまった。

それを振り向いてユキが言う。

「いいんだよ、ほら、すべての道はローマは通ず。とかなんとか言うだろう?」

ミズキは思わず笑った。

「君、この島の道は島の中で完結してるよ。」


とりあえず二人は岬の灯台まで歩いてゆくことにした。

こうこうと月があたりを照らすなか、二人の影が、リズムをつけて地面に落ちる。

いつのまにか、ユキは鼻歌を歌っている。

小さい頃に聞いたことのある童話の類だ。

「なんだい、ずいぶん懐かしい曲を歌うじゃないか。」

ミズキはそう言って、ユキがそれと次ぐ前に次のフレーズを歌ってみせた。

二人はハーモニーを奏でながら歩いてゆく。

岬の大曲がりを曲がると、刺すような灯台の光が見えてきた。

灯台の光はゆっくり、ぐるりぐるりと巡っている。

遠くの海に小さな灯りが点々となって見えたので、二人はそれに向かって大声で叫んだりランタンのあかりを点滅させたりして合図した。

当然、それらは全然、届かなかったけれど。


それから二人は灯台に登って腹ごしらえをすることにした。

二人は家を出る前に、力を合わせてサンドイッチを三つ、作ってきていた。

あいだにハムとチーズをはさんだやつはユキが食べ、トマトとレタスをはさんだやつはミズキが食べた。

卵とマヨネーズをはさんだやつは、灯台守のおじさんにあげた。

それから二人は食後のコーヒーを飲んだ。

「おいしいね。」

「おいしいね。」

それ以外に、二人に言葉はいらなかった。

歩いて疲れていたし、何より灯台の中はこうこうとした光で溢れ、その中を一等明るいあかりが、ぐるぐるとまわっていたから。

そんな中に包まれていると、二人はいつまでも眠りながら起きていられるのだった。


灯台守のおじさんに別れをつげ数時間あてどもなく歩いていると、二人はいつのまにか小川までやってきていた。

草の陰で、虫たちが大合唱をしている。

真っ暗闇をのぞき込むと、冷たそうな水の流れが不規則に連続しているのが耳に入ってきた。

その音は大きかったり小さかったりを重ねながら、真っ暗闇の中で、ただ延々と流れているのだった。

「ミズキ、私、なんだかこわい。」

ユキはミズキの手を取った。

真っ暗闇をのぞいていると、そのまますっぽりと呑まれてしまいそうに思えたからだった。

「僕もこわいよ、ユキ。」

ミズキがユキのことを名前で呼ぶ時は真剣な時だけだったので、ユキはミズキが本当に怖がっていることがわかった。

「離れよう。ここから早く離れよう。」

どちらからともなくそう言うと、二人は一目散に島で一番高い丘の上まで走っていた。

ランタンの火は、とおの昔に尽きていた。

月はだいぶ、西の空に傾いていた。


二人は丘のてっぺんに身を投げ出した。

二人とも肩で息をしていて、呼吸が定まらない。

「よく走ったねぇ。」

ユキが言った。

「うん、よく走った。」

ミズキが言った。

汗ばんだユキの顔が、月明かりに照らされててらてらと光るのを、ミズキは見逃さなかった。

そしてその瞳の中に、一番星が輝いていることも。

ミズキは息をのんだ。

「きれいだ。」

ミズキは思わず目を見開いた。

「ミズキ?」

ユキは不思議そうにミズキの瞳を見返す。

「あっ。」

ユキは言葉を飲んだ。

そう、ユキもまた、見つけたのだった。


そらから二人は、ながいことそうしていた。

二人を邪魔するものは、何もなかった。


「もうすぐ夜が明けるね。」

見ると東の空はうっすらと明るく、月はそちらに光を奪われたように、また吸い込まれるように、うっすらと薄らいでいた。

二人は手を取り合って、互いの目を見て言った。

「帰ろうか。」

「うん、帰ろう。」

大海原の中、朝日が二人の島を照らしていた。





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