第26話
『まず先に説明しておこう』
厳格な声でそう呟いた義一は、トランシーバーを介した先の天使たちが息を呑む気配を感じ取りながら、理屈を説明し始めた。
『結論から言うと、君たちに撮ってもらった周辺地形。あれらを照らし合わせると、明らかに空白の場所が浮かび上がった』
「そこが、隠れ家……?」
『そういうことだ』
アバンの呟きを義一が肯定し、話は続く。
『次にどうして空白なのか。――原因は花だ。ケガレには知能がない。だからこそ、植物たちは匂いだけで効率的に身を守る術を得たのだろう』
「現地に来てないのに……そこまで」
『画像に花びらが写ってなかったら私もわからなかったさ』
写っていても普通わからない。やっぱり義一は人間だが人間離れしていると、このときここにいる5人はしかと実感した。
『さて、ここから作戦を話していこう』
全員、義一の一言に更に真剣な表情へ変化していた。普段悪戯ばかりしているカイザンとユミリィですら、耳を澄まして義一の言葉を待っていた。
『まず、隠れ家を抑える。その役目はスティーグスとレジィ、そしてアバンに任せよう』
自分の名前が呼ばれて身が固くなる感覚は、自分だけではないらしい。
周りを見渡していたアバンは脳裏でそんなことを考えながら、サタを助ける決意を固めた。
『そして、カイザンとユミリィ。二人には先走ったミカレを助ける役目を負ってほしい』
「おっけー」
「任せて、隊長」
二人がそれぞれの返答を返す中、ふとアバンはあることに気付いた。
それは、トランシーバーの奥から聞こえてくる雑音である。音質が悪いからか、雑音以上の情報がわからない。
なんなら通信が悪いだけかもしれないし、おそらくそっちの可能性のほうが高いだろう。だが、アバンはなにか嫌な予感がしたのだ。
――その音に、なにかとても、嫌な予感が。
1
アバンの危機察知は正常だった。
義一は天使たちに不安を与えないよう、あえて気づかないふりをしていたが――、
「外が少々、騒がしいな……ファーシス、リヴァ……」
通信を切り、一人きりの部屋で、義一は滅多に出さない心配の声音である二人の名前を呟いていた。そう、外で今まさに戦闘を繰り広げている二人の名を。
「「これ、は……ッ!!」」
感嘆と驚愕、そして焦燥が混じった声を捻り出すのは、少年の姿となったルヴェールである。
リヴァの
「つら……ぬけ……ぇッ!!」
神速を放出し続けるリヴァは今にも限界を迎える表情をしている。だが諦めない。諦める筈がない。なぜなら、ここでルヴェールを殺しておかなければこの先アバン達に立ちふさがる強大な壁となることが目に見えているからだ。
「絶対に……ィ!!」
噛み締めた歯にヒビが入るほどの力を込めて。
合わせた両の手が色を失うほどに力を込めて。
そうして、代償を払って神速をぶつけて――、
「「ぐ……ゥ……!」」
霞んだ視界に、余裕のないルヴェールの姿が見える。
行ける。押し切れると、そう確信する。その、瞬間。
「……ぁ」
霞んだ視界が歪み、モノクロになり、膝から力が抜け落ちた。
口の端に血が浮かんでいる。力を込めているのとは別の理由で。
「リヴァ兄!!」
悲痛な叫び声が響く。
――立ち、上がらなければ。倒さなければ、いけない。のに、
「……ちからが」
リヴァの体が受け身も取れずにうつ伏せに地面に倒れ伏してしまう。
舗装などされていようはずもない地面の痛みを頬でもろに感じ取るリヴァは、力なく、一つの言葉の続きを紡ぐ。
「はいらないんだ」
笑ったような、諦念したような、そんな顔。
「だめだ、リヴァ兄……ダメ、だめ……置いていかないで……だめ……」
嗚咽が混じる声を漏らすファーシスの眦に涙が浮かぶ。その感情昂ぶるままにリヴァへ駆け寄って――、
「……ファー、シス。聞いて」
「ッ!」
「……で、……」
「リヴァ、兄……だめ。そんなの、だめ……」
「……わかった。じゃあ……もう一つの……」
「……うん。そっちなら――」
倒れたリヴァに何か言われて、涙目を隠せなくなるファーシスの頬を、鋭く研がれた瘴気が掠めた。
無論、ルヴェールの攻撃である。
「「そろそろよいか? 今の攻撃に敬意を評して暫く放置したが、そろそろ我も限界だ」」
力を振り絞ったリヴァを、蔑むような目で睨んでいて。
「貴様ッ!」
「……ファーシス」
「……ッ!」
余力もないファーシスが光の槍を生成し、疾く駆け出そうとするが、それをリヴァは止めた。
それに対してルヴェールが怪訝そうな顔をするが、それも数秒だ。すぐに攻撃を再開する。
「ルヴェール、一つ……良いかい……?」
咄嗟にファーシスの出した光の盾に守られながら、倒れ伏したリヴァが小さく呟く。
それは、激音のなる戦場で十数メートル離れているルヴェールには聞こえるはずのない代物だったが――、
「「なんだ」」
『それ』は、届いた。
攻撃の嵐が止む。だがそれも一時だ。そんなこと、リヴァもファーシスもわかっている。
「話を……いや、最後の……大技を見せてあげよう」
「「……ほう?」」
口の端が愉悦で歪むのを、ルヴェールは抑えられない。そして、その愉悦と興味はそのままに、驚異的な脚力でリヴァの頭上に移動する。
リヴァを見下すルヴェールは、リヴァ自身が何か大技を放つことは不可能だと踏んでいるのだ。
話によって気を引いて、ファーシスになにかをやらせる算段だろうと、そう踏んでいた。
――或いは、本当にリヴァに大技がある可能性にも、ルヴェールは微量だが期待していた。
「「……なんにせよ、我を殺すことはできぬがな」」
微笑を隠さない。
「君は……すぐに油断する癖があるね……それも、自信故かな……?」
「「急に何を……」」
刹那。ファーシスの腹部に一閃が走る。その攻撃によってファーシスが大きく背後に吹き飛んでしまうが、ファーシスに防げぬ速度ではない。だが、咄嗟に出した盾に感じた感触が瘴気を防いだときの感覚でないことに違和感を覚えた。
「じゃあね、ファーシス」
「「先から、貴様なにを――」」
ルヴェールが言い切る前に、倒れたリヴァがルヴェールの両足首を摑んで離さない。
ルヴェールは急な行動に驚くが、それもコンマ1秒にも満たずに立て直す。
――しかし、リヴァはそれよりも早かった。
「リヴァ兄!!!!」
手を伸ばすファーシスの先。涙を浮かべるファーシスの視界には、リヴァがルヴェールを巻き込んで起こした大爆発が映っていた。
穢れの天使 @kubiwaneko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。穢れの天使の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます