EP2 絶望と希望
その夜、僕は一睡もする事ができずに泣きじゃくっていた。今までの全てが無駄であったから、早苗に長い間騙されていたから、彼女に相応しくない人間であると突きつけられたから、あの短時間で自らの存在そのものを否定されたから、尊厳を踏み躙られたから。
何もかもが憎かった。早苗も彼女を奪った御剣獅音も、そして僕自身が何よりも腹立たしかった。惨めだった。何もない僕が、憎い彼らに何もできない僕が。この小さく見窄らしい部屋すら他者から借りた物だ。
僕の人生はいつも他人に権利を握られてきた。大半の親戚には見放されて唯一手を差し伸べてくれた夫婦は死に、国から支援を受けている制度はその恩恵を得る為に成績を維持していなければならない。それが無くなれば僕は路頭に迷ってしまう。
勉強ですら早苗の為という理由でやってきた。常に誰かが、何かが物事の中心にいた。自分のためにした事なんて一つもない。
それでも早苗の存在は希望だった。僕が唯一権利を差し出しても良いと思えた人だったのに、それすら他者に奪われた。僕の希望は僕の知らない内に穢されていたのだ。
あらゆる負の感情が僕を襲い、涙を流し続けた。軋む床に拳を打ちつけ、行き場のない感情に悶えていた。
*
気が付いたら朝になっていた。それも"あの日"から既に2日も経過している。身体中が痛く、特に拳に滲む様なそれが感じられた。ショックで気絶でもしていたのだろうか。
頭の中にはまだ早苗の声が木霊している。スマートフォンの新着を見ると彼女からの悍ましい写真が一枚、そしてブロック通知が表示されていた。
「どうして……」
どうして君は……あんな奴に……。優しかった君は、僕をずっと支えてくれていた君は偽物だったのか?下劣な言葉を吐き、低俗な行為に身を落とす人間だったのか?
それは元からか、それとも御剣に堕とされたからなのか、僕には分からなかった。
だが、それは寧ろ妥当なのかも知れない。御剣獅音は全てを持っている。運動センスも容姿も金もある。そして学力は僕が全てを捧げてやっと一位になっている横で、片手間に二位の称号を得ている。
最早悔しいと思う事すら馬鹿らしい。涙も既に枯れ果てて、何の感傷もなかった。
動いているだけの抜け殻となった僕は、本能的に登校の準備を始める。早苗のいないその場所に何の意味があるのかと思ったが、そうしなければ生きる糧を失ってしまう。目を背けたくなる様な現状だが自死の勇気すら無い。選択の余地など無く、ただ惰性に流されるだけだった。
擦り切れた靴と中古の制服を着て部屋を出る。僕の住む街はそこそこ賑わっていて多くの人たちがスーツを着て歩き、いくつかのシャッターが音を立てて上がった。僕の不幸も知らないそれらはいつも通りの生活を営んでいる。いつもは気にも留めないそれらを少しだけ恨めしく思いながら、僕は早足で学校へ向かった。
*
重い足取りで教室に入った僕を待っていたのは、クラスメイトからの鋭い視線だった。いつもはこんな事はない。学年一位であるにも関わらず話題にすらされない程度には影の薄い僕がここまで、悪い意味で注目されるのは初めてだからなんだか嫌な予感を感じてしまう。僕の方を見ながらヒソヒソと話している者までいる始末だ。
居心地の悪さを感じながらも席につく。いつもは英単語帳なんかを読んだりするのだが、そんな気力はない。無心で呆けていると目の前に誰かが立つ気配がした。見上げるとそこにいるのは"
「2日振りですね、司。あんな事をしたのですから、もう学校には来ない物かと思っていましたが……」
嫌味ったらしく言う彼女に、僕は何も言い返す事ができなかった。あんな事……確かにそうだ。多分早苗か御剣が、もしくはその両方が広めたのだろう。
だが、あんな事を"した"?僕がされた側ではないのか。そもそも彼女が僕に向けているのは哀れみではなく侮蔑、汚物を見る様な目だ。幼馴染と酷い破局をした人間へのそれではない。
「あくまでシラを切るつもりですか……」
そんな僕を見て彼女は怪訝な顔をする。
「まぁ良いでしょう。いずれ制裁は下る。……これでも、一応尊敬はしていたのですがね。残念です……貴方がその様な人間だったとは。」
そう言い残して彼女は自分の席へ戻る。何が何だか、こちらはまともに会話できる状態ではないのに、一方的に言葉を並べて去っていった。
「残念なのはこっちだよ……」
勝手にライバル視されて、勝手に失望されて。哀れみの言葉すら無いとはなんと薄情なのだろう。
僕は机に突っ伏して、周りの情報をシャットアウトする。幸いな事に早苗と御剣は別のクラスで、僕のクラスにやってくる事はなかった。
「あー……司、ちょっと職員室まで来てくれ。」
だがホームルームも終わり、下校時間になって先生が僕を呼び止めた。
職員室まで追いていくその間、すれ違う生徒や他の教師から奇異と怪訝の視線を投げかけられる。
「失礼します。」
そう告げて中に入ると、奥の方に案内された。机とそれを挟む形でソファが置いてある、簡易的な会議の場所。深刻そうな顔で僕に座る様促すのでそれに従った。
「お前……一体どうしたんだ?あんな事する奴じゃないだろ……」
向かい合うように座った先生は開口一番、弱々しい声で言う。僕は先生が何を言っているのか分からなかった。
「何もありませんけど……」
そう言うと先生は、先程とは変わって少し強い口調で言い直した。
「とぼけるな、分かってるんだぞ?お前が神園さんに暴力を振るったんだと、本人から聞いた。」
その名前を聞いた瞬間、心臓が高鳴るのを感じた。昨日から2日間、僕の心を蝕んでいた名前だ。
「一度だけでなく、何度もやっていたらしいじゃないか。他の生徒からの証言もある。お前……一体どうして…」
「そんな事してません!」
先生の言葉を遮る様に僕は叫ぶ。一体何の冗談だ。僕が早苗に暴力を振るった?そんな訳がない。寧ろ僕は被害者だ!
「そんなの滅茶苦茶だ!どうして僕が彼女を傷つける必要がある!?そもそも彼らはどこにいるんですか!?彼らが嘘をついている可能性だって無い訳じゃないでしょう!」
「確かにまだ確証があるわけじゃない。関係がありそうな生徒からもう少し話を集めてから、本格的な話をするつもりだ。……神園さんは出席停止という事にしているよ。こう言う状況だからな。」
激昂する僕を宥めた先生はひと呼吸置いて、そして口を開く。
「俺としてはお前を信じているつもりだ。だがな司、女の子が男の子に暴力を振るわれたという話になると、世間は男の方を悪役にしてしまう。庇ってやりたいが……どこまでできるか分からない……」
先生は悲痛そうな目で言う。だが僕には保身に走っている愚かな大人にしか見えなかった。
とはいえ被害を訴える女と男、しかも向こうにはあの御剣がいる。僕側に付くと建前を言ってくれているだけまだマシ、そう考えられるくらいには冷静な思考ができていた。諦観、と言う方が正しいか。
そこから先生と僕はいくつかの情報を交換したのだろう。半ば機械的に行っていたから、実感は無いが。
それが終わると、僕は早足で靴箱へ向かう。一刻も早くこの学校から離れたかった。
早足で校門を出て、ただ無心で歩く。早く家に帰りたい。最早立っている事すらままならない身体を無理矢理動かして、僕は家路を急ぐ。
「れ〜いじ?」
しかし、その願いは叶わなかった。声を聞いた僕の足が止まる。
「さな……え……なんで……」
そこには早苗が立っていた。いつもと変わらない笑顔で、僕を見ていた。だが服装は露出の大きな物を着ていて、かつての清楚さは微塵も残っていない。
「だって……司が心配だったんだもん♩」
彼女はそう呟くと僕に駆け寄り、目の前に立つ。いつもは頼もしく、抱擁感を感じる背の高い彼女が今は何よりも悍ましい。
「……ごめんね、私のせいでこんな事になっちゃって……でも大丈夫!今まで頑張って来た嶺二ならきっと頑張れるよ!」
彼女は僕の肩に手を置いて、優しく語りかける。その声が耳に入る度に僕は吐き気を催した。
「ふざけるなっ!!!」
彼女の言葉を遮る様に僕は叫んだ。これ以上聞きたくなかったから、俯きながら彼女を振り払う。
そうやった後に顔を上げると、そこにある彼女には邪悪な笑顔が浮かんでいた。
「あはは、やっぱ無理?」
「当然だろ!君は御剣と……それだけじゃない!なんであんな事をしたんだ!?まるで僕が悪い様な噂を広めて!僕の努力を……全部めちゃくちゃにして!」
「そんなの、お前を消す為に決まってんだろ。」
その声は僕の神経をざわつかせ、脚が震える。恐怖さえ感じるその正体は御剣だった。
「貧乏人の癖に生意気だったんだよ、お前は。俺は全てが一番じゃなきゃいけねぇ。スポーツも、金も、女も。そして学力も!だがお前は生意気にもその内二つを持っていた。俺がいる学校でだ。」
彼は両手を広げて、高らかに演説する。下らない自語りをしたがる人間特有の、腐臭に満ちた手ぶりだ。
「だから残りの二つを奪ってやったのさ。早苗を手に入れた今、お前がこの学校からいなくなれば俺は学年一位になれる。俺は全てを手にするのさ!」
僕は絶句した。そんなくだらない事の為に僕の人生を狂わせたのか!だが声は出なかった。生物的にも経済的にも、彼に勝てるはずがなかった。完全に僕の負けだった。
「しっかしお前の幼馴染は本当に極上の女だな?お前にも分けてやりたかったぜ、コイツのケツの締まりをさwww」
「ちょっとレオくん……///」
「もう俺が使いまくったからお前の粗チンじゃ届かないかwwwごしゅーしょーさま!」
僕が敗北に打ち拉がれている間に、御剣は既に僕の事など見向きもせず、早苗に絡んでいる。不快だ、実に不愉快極まりない。そしてそんな彼に縋り付き、顔を赤く染める早苗も。だが僕はそれから目を背け、ただ逃げることしかできなかった。
「じゃあな貧乏人。もう二度と会う事はないだろうが、せいぜい頑張れよ!」
そんな僕に嘲笑の言葉を投げる、僕の努力を踏み躙った奴らへの怒りが湧き上がる。だがそれ以上に、逃げる事しかできない自分が嫌だった。耳を貫く高笑いから少しでも離れたくて、僕はひたすら走った。
*
あの場所から逃げ出した僕は、距離を離しても止まる事はなかった。嗚咽を必死に堪えながら僕は走っていると、足がもつれて転けてしまった。
「いっ……た……」
擦りむいたからか肘が焼ける様に熱い。その痛みが余計惨めにさせて、もう何も考えたくなかった。立ち上がる気力もなく、僕はただ地面に蹲って涙を流す。
そんな僕を通行人は奇怪な視線を向けるが、決して手を差し伸べようとはしない。
そんな孤独にあるからか、まるで世界から追放されたかの様に思える。何もない僕に、生きる資格などないのだろうか。このまま誰にも手を差し伸べられる事もなく朽ち果てるのがお似合いなのか。
「大丈夫ですか?」
黒い思考に塗りつぶされる直前、ふと頭上から声がかかった。視界の端に差し伸べられた手が見える。
僕は何とかそれに掴まり立ち上がると、僕はその人物の顔を見ることができた。
僕より背の高いその少女は金髪をツインテールに纏め、青い瞳が美しい綺麗な女の子だった。その容姿に声、初めて会うのに僕はどこか懐かしさを感じていた。
「あれ、もしかして……レイ……?」
そんな時、彼女の口から驚くべき言葉が発せられた。名乗っていない筈なのに彼女は僕の名前を、いやそれどころではない。それは僕のかつての渾名、僕をそう呼ぶ人物は一人しか知らない。
「まさか君は……」
物心すらつかない程に幼い頃の記憶。蝶の舞う庭で踊る一人の少女を思い出した。極上の絹にすら見える金色の髪を揺らして微笑むその姿が、目の前にいる女の子にピタリと一致した。
「アビー……なのか?」
彼女がレイと言う様に僕にも彼女を呼ぶ名がある。それを問いかけると、彼女はその綺麗な青い瞳を輝かせて言った。
「うん!そうだよ!」
彼女は満面の笑みを浮かべ、僕の手を握った。
「久しぶりだね、レイ!」
もう一人の幼馴染との出会い。それは僕の人生を大きく変えるきっかけとなるのだった。
あとがき
どうも作者です。一話目から今までの私では経験した事も無いほどのPVや星、ハートを貰える事ができて大変嬉しい……ウレシイ……(ニチニチ)。初めてのざまぁ系ではありましたが複数の読者様に好感を持って貰えたらしく大変嬉しい限りでございます。
さて、主人公君を絶望のズンドコに落とした上でグラビティレストを叩き込むが如き所業も終わり、ここからは
それはそうとこの作品はジャンルの都合上、私の本命より多く読者の方々の目に留まると思っているので今回も宣伝をしなきゃ(使命感)。
Magic & Mechanical Heros・魔械戦隊レイ・フォース【女神系幼馴染と征く!ニューヒーロー無双伝!】
https://kakuyomu.jp/works/16816927859817721374
作者の癖をこれでもかとブチ込んだ特撮・ロボアニメリスペクトの学園物です。皆さんの知っているキャラクターが出てくるかもしれません。魂揺さぶる想い(と書いて使命感と読む)を解き放って爆裂的に書き進めておりますので是非手に取ってみてください。泣いて喜びます。
来なかったら爆裂的に鎮火します。
幼馴染を寝取られましたが、英国美人な女の子に拾われて元気にやってます。 紅都貴 @xeo666
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