青い鳥を探しに
くれは
🐦
「青い鳥を探しに行こう!」
彼女はそう言って、僕の手を引いて歩き出した。
全然知らない人、だと思う。街の人混みの中を歩いてすれ違っても特にお互いに気に留めないような、そんな人だ。
なのに彼女はまるで知り合いのような──なんなら友達のような気安さで、僕の手を引いている。握られた手には、ちゃんと柔らかさと体温が感じられた。
「待って、青い鳥って」
「あなたのところにもいたでしょ? 知ってるよ。アカウント名、ここで言う?」
僕は周囲を見回して、それで慌てて彼女の言葉を止めた。SNSのアカウント名なんか、人前で言うものではない。
「それはまあ、僕は割と……結構、その、見てる方だって自覚はあるけど」
「じゃあ、何が起こっているかも知ってるよね」
「それは……まあ」
小さく頷く。青い鳥のマークで親しまれたそのSNSは、ある日突然名前を変えることになった。気付けば鳥の姿が無機質なアルファベット一文字に置き換えられてしまった。
彼女はどうやらそのことを言っているらしい。
でも、探しに行くって、何を?
戸惑う僕にお構いなしに、彼女はどんどん歩く。どんどん喋る。
「その青い鳥はどこに行ったと思う?」
「え……」
SNSの──サービスのロゴの話じゃないのか?
彼女に手を引かれて、彼女を追いかけながら、僕にはやっぱり状況が飲み込めない。
「このSNSはもう終わりだって何度も言われて、みんな移住先を探したよね。でも、どこもしっくりこなくて、その度に、ここしかないのかもって言う人も多かった。あなたは?」
「それは……わかる、っていうか。僕も、っていうか」
「だけど、今度は名前とアイコンが変わった。名前が変わっても同じように使えるままならそれで良いのかもしれない。そうやっていつの間にか新しい名前にも、デザインにも、慣れるのかもしれない」
「そう、だね。みんななんだかんだ言いながら、新しい環境にも慣れていくものだから」
不意に彼女は足を止めた。気付けば、僕の知らない街角だった。
彼女が振り向く。まっすぐに、僕を見る。
「でも、そうやって慣れて、忘れられてしまうまで、ちょっとはあがきたいの」
「それは……でも、どうやって……?」
彼女はにっこりと笑う。
「だから、青い鳥を探そう!」
まるっきり繋がってない。けれど、僕は頷いた。
名前が変わったことに寂しさはあって、それは今までずっと慣れ親しんだものが決定的に変わってしまったという、もうきっと元には戻らないのだという、不可逆なものを見てしまったという、そんな衝撃だったから。
僕も本当はきっと、何かしたかったのだ。ただ、何をすれば良いのかわからなかっただけで。
彼女は囀るように鼻歌を歌って、街中をスキップした。手を引かれている僕は恥ずかしかったけど、周囲を歩く人は誰も僕たちのことなんか気にしていなかった。
「ねえ、今、どこ?」
「わからない!」
僕の言葉に、彼女が楽しそうに答える。
街中にはまだ結構青い鳥の姿が残っていた。名前とロゴが変わってから、まだ世の中の広告だとかポスターだとか、店先のお知らせだとか、対応しきれていないのだ。
でもきっと、これらもいずれ消えてゆく。新しい名前に置き換えられてゆく。
そう思いながら、彼女と二人で青い鳥の姿を探して歩く。
青い鳥。青い鳥。みんなの端末の中からも消えて、いずれ全て消えていってしまう青い鳥。
僕の端末から消えた青い鳥は、どこに行ってしまったのか。
でたらめに歩いているように見える彼女は、本当にでたらめに今度は階段を登り始めた。長い急な階段。
彼女は鳥が羽ばたくように軽やかに登ってゆく。僕は遅れて、ぜえはあと息をしながら、休み休み登ってゆく。
そうやって登り切った先で街を見下ろす。どこからか、小さな鳥が羽ばたいて空に登ってゆくのが見えた。もしかしたらあの鳥は青い色をしてるかも、なんて思った。
「さよなら」
急に彼女が言った。
「名前が変わって、姿が変わったら、きっと何かが変わっちゃう。タイムラインはあまり変わってないようで、でも確かに何か変わってしまったよね」
「うん。でも、僕は忘れないと思う。青い鳥がいたこと」
彼女は笑った。
「うん、青い鳥があなたの手の中にいたこと、忘れないでね」
そう言って、彼女は青い鳥に姿を変えた。そのまま僕の頭の周りをぐるりと回って、それからその色が黒くなり、最後には固く無機質なアルファベットに姿を変えて、僕の手の中に飛び込んできた。
さっきまで握っていた手の柔らかさも、体温も、もう感じられない。
それでも確かにそれはまだ彼女だった。
僕は彼女と見た景色を写真に撮ると、名前が変わったSNSに投稿した。
今までと、何が変わってしまったのだろう。決定的に戻らなくなってしまったものは何だろう。答えは、わからないまま。
青い鳥を探しに くれは @kurehaa
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