第8話 いつかその日が訪れたとしても……
SE:虫の鳴き声
(声・近・中央・ココから)
あなた様
準備はよろしいですか?
ええ、町へ売りに行くものはこれで全部です
いえ、これくらいなんともありません
これでも以前よりはるかに楽をさせてもらっています
あなた様が半分荷を持ってくださっているから
町での仕入れも
重いものも手に入れられると思うと
気がはずみます
(声・近・中央・ココまで)
(声・極近・右・ココから)
それに……
わたくしが見た目よりずっと力があること
あなた様はよくご存じでしょう?
ふふふふふっ
さあ、参りましょうか
(声・極近・右・ココまで)
SE:二人の足音
(声・近・中央・ココから)
薬草、よく売れるといいですね
代わりに今日は何を買いましょうか?
「お酒」ですか?
ええ、もちろんいいですよ
わたくしもぜひ
お相伴させてください
えっ、「いつもよりちょっといいお酒」ですか?
なぜでしょう?
記念日……?
今日が……
ほんとですか!?
恥ずかしながら、すっかり失念しておりました
もうそんなに月日が経つのですね
不思議なものです
あなた様と出会った日のことが
つい昨日のことのように思えてしまいます
あの日のことはすべて
はっきりとよく覚えております
まさか、こんな日々を過ごすことになるとは
思ってもいませんでしたが……
(声・近・中央・ココから)
(ささやき声・極近・右・ココから)
そうだ
でしたら、わたくしからもひとつ
提案がございます
町へのお使いを済ませたあと
またご一緒に温泉に浸かりませんか?
出会ったあの日のように
ふふふふふっ
決まり、ですね
楽しみです
(ささやき声・極近・右・ココまで)
――間。
SE:足音だけがしばし続く。
(声・近・中央・ココから)
あの、あなた様……
ひとつ、胸にずっととどめていたことを
お聞きしてもよろしいでしょうか?
あなた様は、旅人……
共に過ごしていても
それがあなた様の本質であると
わたくしにはよく分かります
ですから、こうして森の中にとどまる生活を
苦には感じていないのでしょうか?
……「そんなことはまったくない」と
そうおっしゃって頂いて、ほっとします
ええ、偽りではないとよく分かります
ただ、旅の日々を恋しく思うことはありますでしょう?
ええ、そうですよね
懐かしく思われて当然と思います
そうですね……
全能ならざる人の身で……
先のことは誰にも分かりません
話しても仕方のないことかもしれません
ですが、いつかすべてを置いて旅に出たくなる
あなた様に、そんな日が訪れるような
そんな予感がしてならないのです
あるいは……
ええ、そのとおりです
あなた様のおっしゃるとおり……
旅に出たいと望むのはわたくしのほうかもしれません
わたくしたちはともに
気まぐれな渡り鳥のような性格ですものね
そんな二人だからこそ
こうして互いに寄り添って
羽根を休めることができたのでしょう
できることなら
旅立つ日が訪れたとしても
あなた様のお供をしたい……
けれど、たとえ別々の道を歩む日が訪れたとしても
わたくしはあなた様を恨むことはありません
いまこの胸の内にあるしあわせは
あなた様がもたらしてくれたものなのだから
あなた様から頂いた幸福は
どんなに月日が経ったとしても
消えてなくなるものではございません
わたくしは一点の曇りもなく
あなた様のことを心よりお慕い申し上げております
それだけはまぎれのない真実です
……ふふっ、あいかわらずひねくれ者ですね、わたくしは
幸せで幸せでたまらない日々の中にいると
それが終わってしまう日のことを考えてしまう……
でも、もうおしまいにしましょう
ここであなた様と共にいる幸福が
いまのわたくしのすべてです
さあ、町へと急ぐといたしましょう
あなた様……
(声・近・中央・ココまで)
SE:足音。フェードアウト
【看病・マッサージ・温泉・添い寝】しっとり系聖女様と森の中で過ごすスローライフ【ASMR】 倉名まさ @masa_kurana
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