第7話 晩酌と添い寝

SE:虫の鳴き声

(声・近・中央・ココから)

いつの間にやら


すっかり夜もふけてしまいましたね


虫たちの鳴き声が耳に涼やかに感じます


窓の外をご覧いただけますか、旅人様?


月明りがほら


柔らかく森に降りそそいでおります


神秘的な銀の光に


なんだか誘いこまれてしまいそう……


本日は一日お付き合いいただき


ありがとうございました


もうお身体もすっかり良くなったご様子……


……いえ、そこまで大げさに


お礼を言っていただくほどのことではございません


何度も申し上げておりますが


わたくしのほうがずっとずっと感謝しているのですよ?


森で暮らし始めてから


こんなにも晴れがましい思いをするのは


今日がはじめてのことなのですから

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・右・ココから)

あっ、旅人様


さかずきが空いてしまっておりますよ


さっ、もう一杯……

SE:お酒を注ぐ音

(声・極近・右・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

ふふっ、意外ですか?


かつて聖女と呼ばれ、森で暮らすわたくしが


酒飲みというのは?


とはいえ、わたくしもいつも飲んでいるわけではないのですよ?


信じてくださいまし


ただ……


一人寝の夜はときに


長く寂しいものでございます


そんなときは、寝つくまでに


お酒の力にほんの少し頼ることもございます


ですが、今日のお酒はそれとはまったく別


こんなにおいしく


楽しいお酒は初めてのことです


ふふふふふっ


ええ、わたくしも十分に頂いておりますよ


なんだか頭がふわふわとして


心地良い気分です


このほろ酔いていどで止めておくのが


分別というものでございましょう?


うふふふふっ

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・右・ココから)

そういう旅人様も


かなり酔っておられるご様子……


頭がふらふらと揺れて


もう目がとろんとしておりますよ


頬がほんのりと赤く


かわいらしい……


ふふふふっ

(声・極近・右・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

きっと、まだ疲れも残っているのでしょう


晩酌はこれくらいにして


今夜はそろそろお開きといたしましょう


ごゆっくりとおやすみくださいませ

SE:椅子から立ち上がる音

(声・近・中央・ココまで)


(声・遠・中央・ココから)

えっ、わたくし、ですか?


……ええ、わたくしもそろそろ就寝いたします


「どこで」と?


……気づかれてしまいましたか


ええ、お察しのとおり


この小屋の寝床は


あなた様が横になっていたベッドただ一つ


わたくしはこの座椅子で


朝を迎えようと思っておりました


……いえ、それはいけません!


あなた様はどうかベッドでおやすみください


お忘れですか?


まだあなた様は怪我をして療養中なのですよ?


絶対にやわらかな寝床で寝るべきです


いくらあなた様のお言葉でも


それだけはお譲りできません!


……むぅ~、強情ですね


どうしても


わたくしにベッドで寝ろとおっしゃいますか?


……分かりました


そこまでおっしゃるなら仕方ありません


決して広い寝床とは言えませんが


共にベッドで共寝をして


朝を迎えると致しましょう


ええ、本気でございます


それしか解決方法はないではありませんか


それとも……

(声・遠・中央・ココまで)


(声・極近・左・ココから)

わたくしと共に寝るのはイヤなのでしょうか?


「そんなことはない」と


ならば、何も問題ありませんね


わたくしももちろん


嫌と思うことなどあるはずがございません


旅人様、どうか遠慮などなさらないでください


そうされるほうがわたくしにとっては


苦しゅうございます

(声・極近・左・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

ふふっ、ご納得いただけて何よりです


もし、夜中にベッドから起き出して


床で寝ようなどとされたら


ベッドに縛りつけますからね?


さあ、お話はもうこれくらいにして


寝室へと向かいましょう


SE:ドアを開ける音

どうぞ横になってください


ふふっ、やはりとても眠そう


もう限界だったのですね


では、わたくしも失礼いたします

(声・近・中央・ココまで)


(ささやき声・極近・左・ココから)

あったかい……


それにあなた様の吐息が


よく聞こえます


わたくしのささやきも聞こえておりますか?


ふふふっ


殿方と同衾だなんて


もっとドキドキするかと思っておりましたが


あなた様とともに眠るしとねは


とても心が安らぎます


すぐにも眠ってしまいそうなほどに……


けど、眠ってしまうのも


もったいないように思ってしまいます


不思議ですね


あなた様とは今日はじめてお会いしたのに


ずっと昔からこうしていたような気さえしてしまいます


頭をなでてもよろしいでしょうか?


その髪に触れさせてください


心地良いですか


ふふふっ


わたくしもです


どうか、もっとおそばにいさせてください


白状しますと……


ほんの少しだけ


わたくしは怖いのです


今日という日があまりに幸福過ぎて……


朝になったらすべてが夢幻となって


消えてしまうのではないか、と


そんな気がしてしまうのです


ええ、馬鹿げた空想ですね


けれど、旅人様……


どうか、夢幻などではないと


わたくしに示してください


どうかお慈悲を


もっと、もっとおそばに……


横になったまま


ぎゅっと抱きしめて頂けますか?


SE:ベッドのきしむ音

あぁ、わたくしはいま、しあわせです


このうえもない幸福感に包まれております


わたくしも抱き返してもよろしいでしょうか?


ぎゅうぅ~


どうか、あなた様のうえにも幸福が降り注ぎますように


もう、わたくしは聖女などと名乗る資格のない女ですが


それでもお祈りします


あなた様がしあわせでありますように


さあ、旅人様


どうぞ、わたくしを抱き枕にしてください


あぁ、あなた様の心臓の鼓動が聞こえてきます


とてもあたたかく、たくましい……


もう、大丈夫です


怖れなどどこかに吹き飛んでしまいました


旅人様もどうか安心して


わたくしがそばにおります


このまま、ずっと……ずっと……


ですから、良き眠りを……


おやすみなさい

(ささやき声・極近・左・ココまで)

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