第2話  じいちゃんの笑顔

17歳の夏から、8年が過ぎた。

じいちゃんが亡くなって、8年。

俺は、ばあちゃんとじいちゃんの墓の前で手を合わせた。

仕事が忙しくても、なにがあっても、俺だけでも、毎年高知には来ている。ばあちゃんと、じいちゃんに会いに。



あのとき、じいちゃん家から東京に戻ってきて年も越さない間に、じいちゃんの持病が悪化した。すぐにまたじいちゃんに会いにいったが、病院で、もう話せなくなっていた。


あの日、じいちゃんと2人で食べたかき氷は、最後だったんだ。

あの幸せな時間も、もう二度と来ないんだ。


そんな思考が頭の中をぐるぐる回って、じいちゃんと過ごした時間が忘れたくても忘れられなくて、高校生なのにたくさん泣いた。誰よりも泣いた。

泣いて泣いて泣いて……でも、じいちゃんとはもう話せないから、もう、あのかき氷は食べられないから、俺は泣くのを辞めた。



もう8年だ。俺はもう大人で、働いてて、彼女もいて。

だから、もう今は、こうして会いに来れるだけで、寂しさは紛らわせる。

じいちゃんとの思い出は多すぎて、時々泣きそうになるときはあるけど。

…………また、来年。会いに来るきね。絶対。






「お父さん、ただいま!」

午後3時。娘のあおいが、夏休み前最後の小学校から帰ってきた。

俺は、自宅勤務だったから、家で迎えることができた。

「おかえり。暑かったね」

「クーラー最高ー!」

葵は、汗だくでソファーにダイブしようした。

「待って、シャワー浴びてき!」

「はーい」

葵が風呂まで向かうところを見届ける。俺は伸びをしてパソコンを閉じた。


俺は、高知出身の彼女と東京で出会い、結婚した。じいちゃん家が売られそうだという話を聞いて、俺たちはじいちゃん家、つまり高知県で暮らすことにしたのだ。意外と新しいし、近くにスーパーもコンビニもあるから不便はない。

田舎と言っても、じいちゃん家…いや、うちがあるのは高知市だから普通に都会で、車があれば移動も楽だ。逆に、少し車で行けば山があり、子供を川で遊ばせることもできる。……子供のころ、俺たちもそうやって遊んでいた。

妻は自宅勤務することが少ない仕事だから、こうして俺が家にいることが多い。

……まあ、今は入院中なんだが。


葵は今日から夏休みだから、昼ご飯も作らなくてはならない。忙しくなるな……。


…………あれを作るか。



ギギギギギィ


ガガガガガガガガガガガガ



「お父さん?それなんの音……」

タオルを首にかけて、葵はリビングに戻ってきた。

そして、花が咲いたように笑った。

「かき氷や!」

「夏休みやきね」

俺は、じいちゃんが俺にしてくれたように、冷たいガラスの皿にこんもり雪を積もらせて、葵に渡した。

「白いねえ?」

葵は不思議そうに雪の山を見つめた。

「氷をね、牛乳で作ったがよ。それにいちごシロップと練乳をかけるが。そしたらおいしかったき」

丸い器に水を入れて作る氷を、牛乳で作ったのだ。そうするとアイスのようになって、また違うおいしさがある。

「すごーい!…………あれ、おいしかったってことは……」

葵は、俺の顔を見上げた。

まずい、ばれたか。

「お父さん、ひとりで食べたやろ!?」

「ごめんごめん。お詫びに普通の氷バージョンのおかわりもあるき許して」

「やった!ええよ!」

全く、この子は賢くて……現金な子に育ったなあ……。


俺は、もうひとつの皿を、じいちゃんのかき氷機の土台に置き、自分の分も削った。

これで、じいちゃんの味が作れるわけはないけど……でも。


「おいしいー!……やっぱり、お父さんのかき氷は世界一やね!」


『じいちゃんのかき氷は世界一やね!』


……俺と同じこと言ってるな。

葵が全てを輝かせてしまうような笑顔で食べてくれて、気づけた。


俺がじいちゃんの普通のかき氷があんなに好きだったのは、じいちゃんの想いを感じ取ったから。じいちゃんが一生懸命俺たちのことを考えているとわかったから。そして……

…………じいちゃんが、大好きだったから。


「お父さんも一緒に食べてよー!」


葵が、ニコニコしながら手招きをした。


「……はいはい、今作りゆうき待っちょって」


俺のかき氷を、“俺が作ったから”好きだと言ってくれる。

そんな今に、俺は幸せが隠せなかった。


今、じいちゃんと同じように笑ってる。

自分でもわかるぐらいに、そう感じた。



RRRRRR……



かき氷を食べてひと息ついたころ、携帯の着信音がした。

…………病院から?

「もしもし?……はい、そうですが……」

葵は、じっとこちらを見ていた。

「……はい……はい……は…………え?」


「もう生まれるって!?」



電話を終えると、俺は急いで財布やら携帯やらをかばんに突っ込んだ。

「葵!病院行くで!車乗って!」

「生まれるが!?」

俺は、黙って大きくうなづいた。



ダダダダダダダダダ


夏美なつみ!?」


勢いよく走り、妻……夏美の病室で急停止した。

「あ……太陽くん」

夏美は、赤ちゃんの手をそっと握っていた。

赤ちゃんは、すやすやと静かに寝ている。

「さっきまで大泣きやったねえ……ふふ、元気な男の子や」

ベテランの看護婦さんは、そう言って優しい目で赤ちゃんを見つめた。

「太陽くん……新しい家族、抱っこしちゃりや」

夏美は、穏やかに微笑み、隣で寝ている赤ちゃんの頬を優しく撫でた。

俺はそっと、落とさないように慎重に、赤ちゃんを抱いた。

赤ちゃんはぱちっと目を開いた。俺はふう、と深呼吸をして、赤ちゃんの顔を覗き込んだ。

赤ちゃんも、俺をまじまじと見つめていた。

――――誰やろう、この人。僕をずっと見て、目ぇうるうるさせてよ。

……なんて、思ってるのかな。


なんて……可愛らしいんだろう。


俺は、自分の視界が滲むから、ぎゅっと目を閉じた。


人は、いつか必ず死んでしまう。生きてる人との思い出や、気持ちを残して。

でも、必ず新しい命が生まれる。そしてその命に、去った命の想いを繋いでいくのは、今を生きる俺たちなんだって……そう、思えた。


じいちゃん、俺、2人も子供ができたよ。じいちゃんにとって、曾孫やね。

夏美と赤ちゃんが家に帰ってきたら、みんなで墓参り行くきね。待っててよ…………


「あたしの弟や…!」

葵は、嬉しそうに赤ちゃんの手に触れた。

「この子にもお父さんのかき氷、食べさしちゃりたいねえ」

夏美は、そうつぶやいた葵に吹き出した。

「あはは。太陽くんのかき氷、葵に大好評やね」

「嬉しいけんどこの子に食べさせたらいかんで」

「まだ赤ちゃんやき食べられんねえ……葵ちゃん、お父さんのかき氷が好きなが?」

看護婦さんに聞かれ、葵は大きくうなづいて、目を輝かせた。

「お父さんが作るかき氷はねえ、世界一ながよ!」

葵…………ちょっと、恥ずかしい。

……でも、嬉しいな。

「よかったねえ」

今なら、じいちゃんの気持ちがわかる。

あの笑顔の意味も、わかる。


ただのかき氷と、大好きなじいちゃんが、俺に大切なことを教えてくれたんだ。

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