じいちゃんのかき氷

すずちよまる

第1話  世界一のかき氷

俺の家族は、毎年お盆の時期になると、じいちゃんに行く。

高知の空港につくと、じいちゃんが車で迎えに来てくれて、じいちゃん家まで一緒に帰る。

母さん、父さん、姉ちゃん、そして弟と妹。たくさんの家族が押し寄せてきて、いつもじいちゃんは、


「よう来たなあ」


と言いながら、嬉しそうにニコニコと家に迎えてくれる。



じいちゃん家に着くと、俺たちはまず、ばあちゃんに会いに行く。

ばあちゃんは、7年前……俺が10歳の時に亡くなった。

家から少し離れたじいちゃんの畑にばあちゃんの墓がある。

俺は、リュックサックからコンビニで買った甘納豆とお酒、そして花を取り出して、ばあちゃんの墓の前に置いた。

甘納豆は、ばあちゃんの好物だった。いつも家に置いてあって、俺も食べてみたことはあったが、ちょっと苦手だ。


俺たちは、墓の前で手を合わせる。


……ばあちゃん、俺、もう高校生だよ。姉ちゃんも一緒。ああ、でも今年は姉ちゃんが大学受験で忙しくて来れなかったんだ。また来年だね。

月子つきこは10歳になって、想良そらは5歳になったよ。前来たときはまだ赤ちゃんだったけど……大きくなったんだ、みんな。


コロナがあって、3年ほど高知には来れていなかった。じいちゃんに持病があったから、うちの家族は特にコロナを警戒してて、やっと今年から帰省できるようになったのだ。


「……お母さん」

妹の月子が、母さんを横目で見た。

「……ふふ、いいよ」

母さんがそう言って笑うと、月子はぱあっと目を輝かして、甘納豆の袋をひとつ掴んだ。

月子は、これが好きらしい。

「姉ぇねだけずるいよ!僕も僕も!」

弟の想良は、そうやって俺の腰の位置でわめいていた。

まだ甘納豆なんて食べれないくせに。

「想良、兄ぃにのやつの方がよくないか?」

俺は、リュックサックからまたお菓子を取り出した。

「……!ぼーろ!」

想良は、月子と同じように明るく笑った。


太陽たいようははや立派なお兄ちゃんやなあ」

隣で、じいちゃんもニコニコしていた。

「前に帰っちょったときはまだ中学生やったに」

「そりゃ、3年も経っちゅうきね」

じいちゃんと話すときは、いつも方言が移る。じいちゃんの方言が好きだから、“じいちゃんと話す”ことを都合に、使っていたいだけだろうけど。

多分、俺と同じ理由で、月子や想良も方言になっていたりする。

「そうか……3年も経ったがか」

じいちゃんは、空を見上げた。

「じいちゃんもよ、もう78歳になったきね。そろそろ会えんなるかもしれんねえ」

じいちゃんの表情は変わらない。でも、俺はちょっとだけ、寂しくなってしまった。

……そんなの、もっと先のことじゃないか。

「兄ちゃん!これやお!」

突然月子が、甘納豆を摘まんだ指を突き出してきて、俺は顔を上げた。

「おい、俺がそれ嫌いなが知っちゅうやろ?」

月子は、いたずらに笑いながら、想良と追いかけっこを始めた。

あ……話の流れで月子に方言で話していた……。というか、月子もか。

「よし。可愛い孫に、またを食べさせちゃらないかんねえ」

…………


……そうだ!久しぶりに…………!



じいちゃん家に来たときの何よりの醍醐味…………







家に戻ると、じいちゃんはキッチンに入って、機械を出した。

上にハンドルがついていて、下には土台がある。そして、ペンギンの絵が描かれいる。

じいちゃんは、冷凍庫から、丸い器に入った氷を取り出した。

太陽たいよう、ガラスの皿出して」

「うん」

大きなガラスの皿を冷蔵庫から取り出し、キッチンの台に5つ並べる。

……これなら、たくさん食べられるぞ。

一緒に、冷蔵庫からスプーンも取り出した。

キンキンに冷えた皿やスプーンで、よりいっそうおいしくなるのだ。

皿をひとつ、機械の土台の上に置く。


ギギギギギィ


ガガガガガガガガガガガガ


じいちゃんは、血管が浮いたシワシワの腕に力をいっぱい込めて、ハンドルを回した。

歯をかみしめているけど、楽しそうだ。


ガラスの皿に、きれいなフワフワの雪が積もっていく。


「わあああ」


振り返ると、月子つきこ想良そらが目をキラキラさせて、今か今かと待っている。

俺たちは、が大好きなのだ。


「かき氷かき氷!」


「はい、まずは月子」


月子は、じいちゃんからこんもり雪が積もった皿を受け取ると、「冷たい冷たい」と叫びながら、きゃっきゃとテーブルの方へ駈けていった。

「僕も僕も!」

「はいはい、これが想良のやきね」

想良はまだたくさん食べれないから、ひとまわり小さな皿をじいちゃんが渡した。

想良は嬉しそうに笑い、月子の真似をしてテーブルまで走っていった。

「こぼすなよー」

じいちゃんは2人の何倍もニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

じいちゃんのこんな表情かおをみると、いつも安心して、幸せな気持ちになる。

じいちゃんの顔は“生きている”ことを代表しているかのように輝いているんだ。

…………だから、お別れなんて、きっともっと先のことだ。


「……よし、次は太陽の分やき。ちくっと待っとうせ」

「うん!」

じいちゃんは、新しい氷を冷凍庫から出して、かき氷機にセットした。

そして、一番大きな皿を土台に置く。

「太陽のはスペシャルにするがやろ?」

そうだ……いつも、じいちゃんは俺のかき氷をみんなより多く削ってくれる。

そして何より、じいちゃんがスペシャルだと思うかき氷だから、特別なんだ。


ギギギギギィ


ガガガガガガガガガガガガ


俺はわくわくした気持ちで、氷の雪が皿の上に落ちていく様子を眺めていた。

雪なんて、東京でもここでもめったに降らないけど、この夏の雪があるから構わない。


「……よし、できたできた。ほれ」


じいちゃんは皿の三倍ぐらいの高さがあるかき氷を、俺の目の前に差し出した。

「……ありがとう!」

俺は、月子たちのいるテーブルについた。

「月子、なに味にした?」

「いちご!」

月子は、頬を赤くして、てっぺんが同じ色に染まったかき氷を自慢げに見せた。

じいちゃん家には、かき氷シロップの種類も豊富だ。

…………多分、俺たちが来るときは買ってきてくれているんだ。

「兄ぃに、シロップやって!」

あ、そうだな。想良はまだシロップかけたりできないか。

「よし。想良はなに味がいい?」

「あお!」

想良はそう言ってブルーハワイのシロップを指差した。

「こじゃんとかけてええよ」

じいちゃんが、真っ白なかき氷を3つお盆に乗せて、キッチンから出てきた。

「おお、待ってました!」

父さんの声がして振り向くと、母さんと荷物を整理する手をとめて、テーブルに向かってきていた。

俺の家族はみんな、じいちゃんのかき氷が好きだ。

じいちゃんが作るから、好きなんだ。

「兄ちゃんはなに味にするの?」

「うーん俺はね……」

少し考えて、俺はいちご味を手に取った。

「いちご…一緒だ!」

そして、いちごシロップを3分の1にかける。

「太陽、少なくない?」

母さんが首を傾げた。俺は、「ううん」と、薄い笑みを浮かべる。

「あれ、今度はブルーハワイ?」

父さんが何かに気がついたように笑いながら言った。

じいちゃんは、変わらずにニコニコ俺たちを見つめている。

続いて俺は、メロンを手に取り、残った3分の1の白い部分にかけた。

「兄ちゃんは全部味!」

「あー!ずるい!私もやってー!」

月子はきれいに彩った俺のかき氷を羨ましそうに横目でみて、騒ぎ出した。

想良は何が起こっているかわかっていないみたいで、ただ周りに合わせて笑いながらかき氷をひとくちずつ口に入れていた。


テーブルの上に並んだかき氷は、窓から差し込む光に照らされて、赤、青、緑と色とりどりの宝石みたいに、キラキラと輝いていた。


やっぱり、じいちゃんのかき氷は世界一だ。





1週間というのはあっという間で、俺たちはもう家に帰る日を迎えてしまった。

母さんと父さんは、東京に送る荷物をコンビニに届けに行っていて、月子と想良は朝から庭で走り回って遊んでる。

セミが騒ぎ立てていた。ふと窓の外を見る。

……高知の空は、東京よりずっと広い。

俺は、自分の荷物と、妹たちの荷物を一緒に片付けていた。

「太陽」

キッチンで皿洗いをしていたじいちゃんが、俺がいる部屋に入ってきた。

「ちっくと来てみい」

じいちゃんに連れられ、俺はリビングに戻った。

…………あ!

「かき氷……!」

「月子たちには秘密やきね」

テーブルの上には、皿に乗った、キラキラした雪の山が2つあった。

なんの変哲もない、絵に描けるような普通のかき氷。でも、俺はこれが一番好きだ。

じいちゃんと俺は、向かいの席に座った。

「なに味にしようかねえ」

じいちゃんは、シロップを3種類出して、目を細めて俺を見ると、笑って言った。

「全部味や」

「……ははっ……俺も!」

こんなにおいしいものを、俺とじいちゃんだけ二回食べるなんていいのかな。そう思いながらも、俺はかき氷を口に入れた。

冷たくて甘いシロップの味が、口いっぱいに広がる。


「じいちゃんのかき氷は世界一やね!」


この夏で、何よりも幸せな時間だ。


「……ははっ、そうかえそうかえ」


じいちゃんと一緒に、世界一おいしいかき氷を食べたのだから。





空港につくと、お昼ご飯にうどんを食べて、お土産を買って、顔出しパネルで月子たちと遊んだ。

……もうすぐ、じいちゃんとお別れする時間だ。

3年もこれていなかったから、やっとじいちゃんに会えたときの喜びと同じぐらい、また1年……いや、来年は俺が大学受験だから、2年……その間会えないという寂しさは強かった。

「寂しくなるねえ」

じいちゃんは笑っているが、少しだけしんみりした顔をした。

「また……来年来るきね」

俺は、寂しさを隠すように、満面の笑みを作った……つもり。

それに気づいたのか、じいちゃんはやっと笑顔になって、俺の口角をしわしわの指でくいっと持ち上げた。

「痛ててて」

「ははっ、ほいたらじいちゃんは長生きせないかんなあ」

…………そうだよ、長生きしてよ。


『そろそろ会えんなるかもしれんねえ』


…………会えなくなるとか、言うなよ。


瞼が少し、熱くなった。


「そうだよ!長生きしてね!」


月子が元気にそう言った。多分意味はわかっていないが、それを真似して想良も、

「長生きしてね!」

と大きな声を出した。


じいちゃんは、顔をくちゃくちゃにして、いつもの笑顔よりもっともっと明るい笑顔になった。少し、目がうるうるしていた。


「ほいたら、またな」

「元気でね」

「また来年ね!」

「ばいばい!」

「お義父さん、元気で」

「またね」


俺は、じいちゃんが見えなくなるまで手を振った。

じいちゃんも、俺たちが荷物検査に並ぶ間、ずっと手を振っていた。


きっとすぐ……忙しいから、2年なんてすぐだ。

すぐにまた元気なじいちゃんに会える。また一緒にかき氷を食べれる。




――――そう考えていんだから、“最後”だったなんて、気づけるわけないじゃないか。

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