第3話 走馬灯

 よく、死の間際には走馬灯が見える。などということがあるが、それは本当なのだろうか。

 フラッシュバックのように、次々と記憶が蘇ってくる状態になる——らしい。


 ——たとえば。


 子供のころの予防接種。注射が嫌でよく泣きわめいていた。ほんとに嫌で、ひどい時など病院から逃げ出していたっけ。慌てて追いかけてきた母さんに捕まり、連れ戻されることもしばしば。


 ——たとえば。


 小学生の時のクリスマス。父さんに買ってもらったおもちゃ。当時テレビで放送していたロボットアニメのプラモデル。とても嬉しくて、友達に自慢してやろうと思ったけれど、友達はそのアニメの他のロボットも数体プレゼントされていた。正直悔しかった……。


——たとえば。


 小学校の卒業式。なぜかその日に限って熱を出してしまい、卒業式を欠席することに。この日のためにせっかくめかしこんでいた母さん。とてもがっかりしていたようだ。


 ——たとえば。


 中学二年の時。父さんが亡くなった。気丈にふるまっていた母さんだったが、夜中に一人で泣いているのを見てしまった。


 ——たとえば。


 高校一年の時。今度は母さんが亡くなった。生活費を稼ぐため毎日働きづめだった母さん。過労で倒れてそのまま逝ってしまった。僕は一人になってしまった。


 ——たとえば。


 親戚の家に引き取られ、学校も転校した。新しい学校にはなかなか馴染むことができず、友達もできなかった。いつしかいじめの対象になっていた。


 ——たとえば。


 クラスの不良連中にお金をせびられる。アルバイトなどしていなかったので、おじさんの財布から現金を盗んで、それを渡していた。こんなことはしたくなかったが、そうしないと殴られた。


 ——たとえば。


 不登校の末。中退することにした。おじさんおばさんにこれ以上迷惑はかけられない。東京に出て働くことにした。どうして僕だけこんな目に合うのだろう。と、東京へ向かう電車の中でそんな事ばかり考えていた。


 ——たとえば。


 仕事に就くが長続きしなかった。何をやってもうまくいかない僕は、どこへいってもお荷物扱いだった。正社員はあきらめて、せめてバイトで頑張ろうと思った。


 ——たとえば。


 初めて仕事で優しくしてもらった女性に好意を抱いた。好意がある素振そぶりをしていたら、勘違いするなとののしられた。次の日バイトを辞めた。


 ——たとえば。


 仕事をしていない僕は、家賃を払うことができずアパートを退去させられた。今日からホームレスだ。なんでこんな人生なんだろう。


 ——たとえば。


 生きるために強盗をしてしまった。そして……。そんなつもりはなかった。抵抗されて、それで……。

 もう疲れた……終わりにしよう……。


 

 どうやら走馬灯というものは本当にあるらしい。こうやって僕が実際に体験している。


 急速に地面が近づいてくる。


 しかし、ひどい記憶しか蘇ってこない。せめて最後くらい……。



 家族三人でデパートに買い物に出かけた。左手には父さん、右手には母さん。間に入った僕は二人と手をつなぎ幸せそうに歩いている。なんてことはない普通のお出掛けだったのお覚えている。でも、楽しかった。

 もう一度三人で行ってみたいな。



 次の瞬間。僕の体は地面に叩きつけられた。

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現代怪奇譚 のんびりウラミ @nonbiri_urami

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