N.H Ep3 今回だけ
「なんで、ここに?」
夜風が吹く中、菜音はとっさに銃を隠すと眉を顰めた。
「買い物に行くとこで、菜音を見かけたから……」
みゆは少しの間目を逸らすと、間を開けて菜音の瞳へ視線を向ける。
「何、してるの?」
「それは……」
ここまで言って菜音は口を噤んだ。
——言う訳にいかない。目の前の研究施設を襲おうなんて。
ここで言って通報されでもしたらたまったものでないし、そうでなくてもゆみが友人である以上学校生活に影響を及ぼすことに間違いはない。
菜音の視線は右下に落ちる。
「散歩……かな」
ゆみは頬を膨らませた。
「違うでしょ」
そうだろう。自分で言っていても苦しい言い訳であった。が、何があってもここで彼女に言えば、菜音の生活が壊れるか、ゆみがこれに巻き込まれるかのどちらかだ。
ならば……。
「本当だよ。だって、別に隠すことないよ」
「……隠さないでよ」
ゆみ顔をしかめる。
「だって菜音、さっきからすごく追い詰められた顔してる。それに、人って嘘をつくと右を向くんだって」
言われて、菜音は自身が右下を向いていたことに気が付いた。
そして、そういえばと菜音は思った。
「菜音に嘘は似合わないよ——」これは月羽と共に研究所を回っていたころ、彼女に言われた言葉だ。
どうやら菜音に嘘はつけないらしかった。
菜音は俯いて頭をかくと、少し考える様にしてから口を開く。
「……わかった。あたしは——」
彼女はそこから洗いざらい話した。月羽という相棒がいたこと、突如別れが訪れたこと、しかし決意は引き継いだこと。
そしてこれは決して他言しないでほしいこと。
「なるほどね……」
ゆみの反応を見つつ、菜音は言ってしまったなと思う。
今一度考えてみれば、友達思いのゆみのことだから通報なんてしないのだろう。
しかしこれで彼女との関係は終わった。
当たり前のことだ。裏で研究所を潰すなんていう危ういことをしている人間と関わるなど、賢い人間ではありえない。
菜音は苦し気な作り笑顔で口を動かす。
「じゃあ、行くね」
そして菜音は隠した銃で研究所入り口の電子ロックを打ち抜くと、開いた門から敷地内へ歩く。
——これで良かった。
いつかこの行為が判明した際に下手に打ち明けるより、よほど良い打ち明け方だった、と思う。
通報もされなかったし、悪くない選択だった。
そうに違いない。
菜音は自身に言い聞かせるように目を伏せる。
その時だった。
「待って!」
背後から伸びた手が、菜音の肩を掴む。
菜音は顔だけで振り返った。
「え……?」
歩みを進めていた菜音の足は、既に門の中であり研究所の持つ敷地内。もう2メートルも進めば研究所の施設入り口にある自動ドアだ。
菜音は青ざめた顔で体ごと振り返り、両手でゆみの肩をとった。
「早く戻らないとだめだよ!!」
もしも防犯カメラに映りでもしたら、10秒もしないうちに研究所側に情報が行き渡り命を狙われる。
菜音も道端で襲われた経験はある。
ゆみは真剣に菜音の目を見た。
「ウチも行く……!」
「へ、あ……?」
一瞬、菜音はゆみが何を言っているのか理解できなかった。
そして時が立つと共に、口が動く。
「ダメ……ダメだよ!」
「ウチも行く」は予想もしていない言葉だった。
仲間が増える分にはうれしい。しかしダメだ。関係のない人を巻き込みたくはない。それが友人ならますます。
それにもう、大切な人を失うのは嫌だった。
「ゆみは、今日のはなかったことにして、帰って」
「嫌だよ!」
「だってあたしはダメなことをしてるから……」
ゆみは首を振る。
「違うでしょ。ウチ、菜音がしてるのは正しいと思った。だから、あたしもついて行く」
「でも、危険だし……」
「そんな危険なところに友達が行ってるのを知ってて行かないって、そんなわけないじゃん。ウチ、その人のために命かけられないのは友達って言わないと思う。それに、ウチだって魔法は使えるよ」
「……」
月羽と喧嘩した時も、いつもあたしが言い返せなくなっていたっけ。
菜音は俯き、悩んだ末——。
「わかった」
と結論を出した。
「ありがとっ」
ゆみは微笑むと、菜音が研究施設の方へ無理剥くと共に彼女の隣に並んだ。
菜音は言う。
「でも、今回だけ!」
そう、今回はなるだけ監視カメラを潰して情報を残さない。そしてこれが終わったら、ゆみは再び表側に戻ってもらう。
月羽なら、記憶を消すだとか、そんなことをしそうだけど……。まあ、そこまではしなくてもいいのかも。
どちらにせよ、今回だけだ。
菜音はゆみと共に施設内へ進む。
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