T.Y Ep.3 テアトル

「少しいい?」

 同い年ほどの踵までの黒髪の少女は、月羽の進行を阻む。

「何の用?」

 月羽は彼女へ鋭い視線を向けた。

 彼女は凛とした緑色の目で月羽をとらえる。

「来て」

 彼女は口下手であった。もっと他に言うべきことはあるが、どう言えばいいかわからなかったのだ。

 「悪いけど」と月羽は彼女を押し除ける。

 もはや立っていることで精一杯であった月羽に、彼女の話を聞いている暇はない。それに研究施設を崩壊状態にして出てきた人間に、それも研究施設の敷地内で話しかけてくるような人間だ。嫌な匂いがした。

 そのまま足早に立ち去ろうとする月羽。

 しかし黒髪の彼女は、纏っていた黒く膝あたりまであるコートから素早く刀を取り出すと、その刃を月羽に突きつける。

 やはり、と月羽は思った。

 この限界状態で戦闘は避けたかったが––––。

「やるの?」

 月羽の視線、としか表記のできない殺意が彼女を襲う。

 彼女は2歩ほど身を引くと正眼に刀を構えた。

 綺麗な構えだ。推察するに、そこらのごろつきとは違う。実力は、ある。

 一方、雑な構えだ、と彼女は思っていた。こんなそこらのごろつきと変わらないような輩が、どうしていくつもの研究施設を潰せたのか。彼女は首を傾げる。

 瞬間。

 刹那にして月羽は彼女の間合いに入り込んだ。それはまさに瞬間移動。

 月羽はそのまま右手を彼女の首へ向けて伸ばすが、彼女は余裕のある動きで左足を引き半身状態となることでその手を交わすと、月羽の腕へ向け刀を動かした。

(腕の一本くらい、いいでしょ)

 思ったその時。

 彼女の持つ刀の刃は月羽の腕の数センチ手前で静止した。いや、静止させられた。

「何が……!」

 驚きのあまり目を見開く彼女。月羽はその驚きという隙を見逃ことなく、彼女の腹部に鋭く拳を叩き込んだ。

 生憎疲れからかうまく魔法が操作できず、いつもの数倍攻撃が緩む。

 彼女は少々後方へ飛ばされた程度で、すぐにまた月羽へ刀を構えた。

「まだやるなら、わたしも……」

 月羽はひどく疲労を感じさせる、クマのある目で彼女を睨むと左手を彼女の方へとかざす。

 その時。

「ごめんなさいね。この子先走っちゃう上に口下手なの」

 余裕があるような女の声が響き、青髪の女が彼女の持っていた刀を押さえ下げさせた。

 同時、月羽の背を悪寒が走る。

 ––––気持ちが悪い。

 感情も何もかも抜け落ちたような、光を全て吸収するような、そんな瞳。青髪の彼女はそんな目をして月羽を見ていた。

 女はその目を細める。

「そんなに怯えないで」

 彼女は見透かしたようにそう言った。

 月羽は思わず右手で自身の頬に触れる。顔に出していたか、と。

「ふふ、安心して。顔には出ていないわ。私が少し特殊なだけ」

 数歩たじろぐように下がった月羽に、女は歩みを進めて顔を近づけた。

「いい目をしているわね。そう、絶対に諦めないっていう目かしら。あなた、研究施設を襲う目的は?」

 月羽は生唾を飲んだ。

 ––––答えがわからない。

 別に、自分の中での答えが出ていないわけではない。復讐だ。しかしそれをこの女の前で言うことで何が起こるか、わかってものでない。

「なぜ、言う必要がある」

「私が判断をするのに必要だから」

 何の判断か、なんていう疑問が月羽の口から出ることはなかった。あえてそれを言わなかったであろうことは、明白だ。

 要するに、「お前から言え」ということだ。

 月羽はもう、疲れを忘れていた。それは幸せのあまりにだとかそういったことは当然なく、緊張だとか切迫だとかが月羽の神経を埋め、それ以外に頭が回らなかったのだ。

 それほどまでに月羽を追い詰める「何か」が女にはあった。

 が、月羽は覚悟を決める。

 ここで戦いになっても、結局のところ2人を殺して去ればいいだけの話だ。「何をビビっている」と自身に言い聞かせるようにして、月羽口をひらく。

「わたしの目的は復讐だ。それ以外にないし、それ以外も欲してない……。邪魔をするなら、2人だろうといとわない、構えろ」

 電気が走ったわけでもないが、ピリピリという効果音が周囲を埋めた。

 女はニヤリと微笑んだ。

「いいわ。あなた、うちに入るつもりはない? 裏組織『テアトル』に」

「裏組織……」

「ええ。と言っても、裏社会側の仕事を受ける裏組織と違い、うちは人造天使の先性を目論む組織『laster』を潰すために作られたものよ。多少任務を受けることもあるけど、まあ、趣旨はそこね。あなたが入るなら、別に私たちを利用しても構わないわ」

 月羽は眉を顰める。

「なぜ、わたしに親切にする必要がある?」

 女は「それは簡単よ」と続けた。

「あなたの目的も、人造天使の類でしょう? それくらいはわかるわ。それなら、利害が一致するわ。それにテアトルにはあなたと同じような子もいるの。これ以上に理由が必要?」

「……」

 月羽は視線を下げ、顎に指を添える。

 確かに悪くはない提案だ、と。しかしこれを信用してもいいのだろうか。敵が裏組織と名乗っている分、ますます信用に欠けるのだ。

 ここで騙されて時間を失うわけにも、命を失うわけにもいかない。

 ––––なら断るべきか。

 ここまで考えたところで彼女は違う、と思った。

 信用する必要などない。利用すればいいだけなのだ。利用し、できるところまで絞り尽くし、必要がなくなたったり、不利益を生むようになったりすればこちらから切ればいい。

 月羽は女へ瞳を向けた。

「わかった。利用させてもらう」

「ええ」

 女は振り返り、茂みに隠れていた仲間に「行くわよ」というと再び月羽を見た。

「私はソワレ。あなた、名前は?」

「月羽」

「そう。月羽、今から拠点に向かうわ。来て」

 ソワレは足を進め始める。

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