第8話 妙林の決断
幾度となく攻め手を退け、城方も高い士気を維持していた。
しかし、何もかもが順調というわけではなかった。
鶴崎城にこもる者達は見事に踏ん張っていた。老人に女子供しかいないわりには、精強な薩摩兵相手に善戦していると言っても良い。
攻め込まれてはこれを防ぎ、そして、追い散らした。
その数、実に十六度に及び、精強なる薩摩隼人もたじろぐばかりだ。
女子供と老人ばかりの城攻めだと聞いていたが、その女も子供も武器を手にして必死の抵抗を見せ、老人に至っては老いぼれどころか古強者ばかりときた。
こうして、思わぬ苦戦を強いられる事となった。
堅牢に造られた城のおかげもあったが、誰一人として降伏を行おうとする者がいないほどに、とにかく士気か高かったのだ。その士気の源が“恨み”であったとしても。
まだまだやれる、そんな雰囲気に水を差すどころか、水桶をひっくり返される事態が発生した。
「兵糧が尽きたですって!?」
報告を聞いた妙林は渋い顔になった。当たり前だが、人は腹が空くし、腹が空いては何かを食べねばならない。食べねば死んでしまうからだ。
「申し訳ございません。物資の運び手が老人や女ばかりで思ったほど運び込めず、しかもそれに並行して防御設備の拡充を行っておりましたので、運び入れた食料が思ったより少なかったのです。それに、あの状態では・・・」
恐縮しながら報告する与兵衛が後ろを振り向くと、そこには“数多く”の領民がいたのだ。領民に被害が出ないようにと、周辺の住人は鶴崎城に収容した。つまり、その分、多くの食料を消費することとなり、思いの外早くに食料が底を突いたのだ。
幸い、水だけならまだある。なにしろ、城のすぐ横に川が二本も流れているため、飲み水や負傷者の手当てに使う水には不自由していなかった。
だが、水だけでは腹は膨れない。膨れたとしても、それは単なるごまかしに過ぎない。すぐにでも限界が来て、戦死者よりも餓死者の方が増えてくるのは明白であった。
“恨み”があろうと、空腹ばかりはどうにもならない。怨恨は人を動かす理由にはなっても、腹を満たすものではない。
怒りに身を任せて狂奔しようとも、体が心にいずれ付いて来なくなる。
そう、城内の人々もかなり限界に近づいていたのだ。
戦慣れしていない女子供は疲労の色を隠せないし、戦慣れしていた老人とて、齢のせいか疲労の回復が遅い。
徐々にだが戦死者も出ているし、負傷者も次々と増えてきていた。
はっきり言えば、なけなしの戦力でここまで戦えただけでも、まず御の字と言わざるを得ない。
城を枕に討ち死にするをよしとするか、憎き薩摩に二度目の屈辱を受けることとなるのか、決断は妙林に委ねられた。
考え抜いた末に、妙林は結論を出した。
「……開城いたしましょう。領民全てを道連れにするなど、外道のすることです。それだけはなりません」
妙林の答えは屈辱の極みであった。死線を潜り抜けてきた者達からは、なぜ憎い薩摩勢に下らねばならぬのかと、怒りの表情を浮かべる者が大半であった。
だが、その背中には子供達がいる。この子らまで道連れにするのかと問われると、さすがに開きかけた口を閉じねばならなかった。
「機はあります。今は耐えましょう」
その言葉に、やむ無しと皆が納得せざるを得なかった。今は刀を収め、機を見て寝首を掻くくらいで臨んだ方が、まだマシな選択か、そう考えたのだ。
「与兵衛よ、辛い役目となるが、あなたが和議の使者となりなさい」
「はい、お受けいたします。して、どの辺りまで譲歩なさいますか?」
現状、戦死者で言えば薩摩勢の方が多いが、すでに城内は限界に達している者が多い。次の攻撃で城門を抜かれる可能性すらある状況だ。そうなったら、今までの鬱憤もあるであろうし、地獄が城内に顕現することだろう。
失陥した城の末路など、戦国の世を生きる者なら誰でも知っているのだ。
だからこそ、それだけは防がねばならなかった。
「全部差し出します。城内を掃き清め、素直に門扉を開け放ち、“命”以外のものはすべて差し上げます。そう伝えなさい」
乞うのは、ただ命のみ。城も、他の財貨も、全て差し出す。それが妙林の決定であった。
与兵衛もその決定には異論はなかった。おそらく、それ以上の条件は無理だと考えている。生き延びるだけでも良しとせねばならない。
しかし、それでも確認しておかねばならないことがある。
「もし、薩摩方が“城主”の首を要求してきましたらば、いかがいたしましょう?」
降伏した城の長たる者は“けじめ”を付けねばならない。これは当たり前のことだ。
しかし、鶴崎城の城主は吉岡家の当主である統増なのだが、今は不在である。そのため、今は妙林が城主を代行している状態で、実質的に城の長は妙林ということになる。
本来ならば城主は切腹でもするのが倣いであるが、薩摩方は女にそれを要求してくるかは分からなかった。
であればこそ、与兵衛は妙林に尋ねたのだ。
「構いません。その場合は私の身柄を差し出して、以て降伏の証といたしましょう」
妙林の答えに迷いはなかった。結局、今回の戦は“根比べ”であったのだ。だが、城側がその根比べに負けてしまったのだ。勝てればそれでよかったが、負けたからには勝った側に従わねばならない。
これ以上の損害は、自分一人だけで十分だ。それが妙林の答えだ。
気丈な方だ、そう感じ入った与兵衛は急ぎ薩摩勢が陣を張る東の白滝山に急いだ。
無念ではあるが、そうせざる得なかった。中には悔しさのあまり咽び泣く者もいた。妙林はそれら一人一人を励まし、さらなる屈辱に耐えるように言って聞かせた。
(私はここで死ぬかもしれない。でも、もし、運よく生き延びることができるのであれば……)
そう考えながら、妙林は“敵”を出迎える準備を始めるのであった。
~ 第九話に続く ~
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