第9話 開城
結局、開城交渉は思いの外、すんなりと決することとなった。
当初島津方はこれを渋り、開城の条件に「城主に加え、十五歳以上の男は全員処断する」と言ってきたのだ。
さすがにこれは受けられぬと、与兵衛が突っぱねてご破算にもなりかねなかったのだが、結局は当初の条件通り、助命の件は通った。
しかも、現在の実質的城主である妙林の助命も認められた。さすがに女を切腹なり斬首なりをするのは体面的によろしくなかったためだ。
それ以上に交渉をすんなり通してしまうと、島津も島津でかなり厳しい情勢になっており、それを見透かされたくなかっただけであった。
交渉がまとまると、与兵衛は急いで城に戻り、話がまとまった旨を妙林に伝えた。
その際、与兵衛は見た。妙林から今までに見たこともない恐ろしい“笑顔”が生じたことを。数多の戦場を駆け抜けてきた与兵衛も、この笑顔ほど不気味な物を見たことがなかった。
「よろしいですわ。では、取り掛かりましょう。皆、手分けして作業に取り掛かります。まず、怪我人を城外に出し、周囲の村で治療にあたること。城内を掃き清めて、貴人を出迎えるがごとく整えなさい。あと、周辺に転がっている薩摩勢の死体を回収。鎧も体も清めて、返せるようにしなさい!」
妙林は次から次へと指示を出し、周囲もそれに従って慌ただしく動き始めた。
「それから、与兵衛。運び込めずに隠してあった城外の備蓄庫から、ありったけの食料を運び込みなさい。できれば、酒も調達して」
「畏まりましたが、いかなるご用向きで?」
「無論、歓待するためです。先程までは、矢弾にて“おもてなし”をしていましたが、これからは酒と飯と……、あと“女”を武器に戦を始めます」
妙林の言わんとすることは、与兵衛にはすぐに分かった。城に招き入れた薩摩隼人共を歓待して、徹底的に骨抜きにする腹積もりなのだと。
そして、そのための小道具に、自分を含めたすべての“女”を使うつもりなのだということも、言葉尻から察した。
「では、舞の衣もなにか探して参りましょう」
「察しが良くて助かります。頼みますよ」
打てる手はすべて打つ。妙林の覚悟はとうに固まっていた。
屈辱だ。屈辱以外の何物でもない。
夫を殺したのは薩摩の人間だ。そして今、自分はその憎い薩摩の人間を歓待しようとしている。にやけ顔の薩摩人にお酌をして、囃し立てられるままに舞い、そして床を同じくすることだろう。
だが、それでも耐えねばならない。心と体の距離が近づけば近づくほどに、一刺しにできる機会が巡って来るというものだ。だから、何をされても笑顔で返さなくてはならない。
そして、それを自分のみならず、他の女達にも強いねばならないのだ。
(これは到底、仏門を叩いた尼のするべき所業ではない。殺生に加え、姦通に騙し討ち、きっと地獄に落ちるでしょう)
そう考えはするが、妙林の決意に変わりはない。
そう、構ってはいられないのだ。夫の仇を討ち、領地領民を守る術がこれしかないのであれば、鬼にも、死神にもなろう。
妙林は改めて固く決意した。
~ 第十話に続く ~
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