第5話  長増の遺作

 本陣に戻った久宜を、二人の武将が出迎えた。白浜重政しらはましげまさ野村文綱のむらふみつなの両名で、この部隊の副将を務めていた。



「久宜殿、あの城、一筋縄ではいかんぞ」



 話しかけてきたのは重政であった。二人は久宜が降伏勧告に出かけている間に、周囲に斥候を放ち、地形の把握に努めていたのだ。


 ざっとではあるが城周辺の地形を紙に書き記し、机の上にそれを広げて見せた。



「ああ、その通りだ。まず、あの城は東を大野川、西を乙津おとつ川に挟まれる形で建てられている。この時点で攻め口を二つ失っている」



 文綱の指さす城は、まさに東西が川に挟まれている姿を見せていた。その川が自然の堀となり、城を守っているのだ。


 今は冬であり、渡河からの攻撃は自殺行為であった。冷たい川の水を浴び、そこに一風吹けば、たちまち兵が凍えてまともに動けなくなる。


 そうなれば、城攻めどころの話ではないのだ。



「そして、南側はその川に挟まれ、非常に狭い地形になっている。とてもまともな部隊を展開できる場所がない」



「では、残るは北側のみか・・・」



 三人の視線が城の北側の向く。二つの河川に挟まれた扇状地であり、大野川さえ越えてしまえば部隊を展開するのには十分な空間があった。


 少なくとも、“絵図”の上ではそうなのだが、重政は首を横に振った。



「だが、あそこも問題がある」



 苦悶に満ちた顔で重政がその扇状地を睨みつけた。



「今の時刻は恐らく“引き潮”のはず。海岸からの高さから察するに、あそこの半分は“満ち潮”とならば海に沈むはずだ」



「なんだと!?」



 あろうことか、鶴崎城は東西南北、どこを攻めるのにも問題ありということだ。東西は河があり、南は狭く、北は時間によっては水没する。


 どんな縄張りをしたのかと、築城を命じた相手を罵りたくなった。


 ちなみに、この城の縄張りをしたのは今は亡き吉岡長増である。


 妙林の義父・長増は周辺の地形を把握し、その全てを利用することで、見た目よりも遥かに強固な城を作り上げたのだ。


 先程の女将の自信はここから来るのか、と久宜は舌打ちした。


 厄介ではある。だが、攻め落とさなくてはならない。丹生島での攻防も攻め難しと判断して、鶴崎を先に落とそうと作戦変更したのだ。


 ここで鶴崎まで落とせないとなると、敵味方どちらからも笑い者になるということを意味していた。


 三人の上役である豊後攻めの大将を務める島津家久しまづいえひさからどんな叱責が飛んで来るか、知れたものではなかった。


 それだけは絶対に避けねばならない。三人は一様に気合を入れた。



「だが、手をこまねいていても仕方あるまい。攻めかかるぞ。むしろ、潮が引いている今こそ、攻め時なのだ。重政、おぬしは手勢を率いて、南から攻め上がれ。狭いとはいえ、あそこは陸続きであり、城に取り付ける。で、それがしと文綱が北側より攻め込む」



「「応!」」



 作戦は単純明快。南北からの挟み撃ちによる力攻めだ。どうせ、城の中にいるのは老人か女子供しかいないはず。何度か小突けば、悲鳴を上げて降伏してくる。そう久宜は考えた。


 だがその考えは、前半は当たって、後半は大きく外すこととなる。



              ~ 第六話に続く ~

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