第49話 大師匠 その5

 最初の一手は牽制。そして次の一手は直接レイラの胸元を一直線に狙った。


 当然、俺の一撃などいとも簡単に払い除けられる。でも、それで良かった。最後の最後で妹は俺の思う通りに動いてくれた。


 妹の剣捌きによって俺の手から剣がこぼれ落ちる。


 だが、正面に突き出された剣は、俺が望んだ形そのものだった。


 そして俺は……。


 突き出された妹の剣に、自らの身を投げ出した……。







「お、お兄ちゃん……。なんでこんな……。」


 あまりにも突然の出来事。妹は動揺のあまりその声を震わせた。


 ただ兄の剣を打ち払う為だけに前方へと突き出した剣は、自らの意思とは別に、兄である俺の腹部をものの見事に貫いていた。


 小刻みに震える剣。腹の内側から、妹の動揺が直に伝わってくる。


「わ、私……。お兄ちゃんを刺そうなんてこれっぽちも思って無かった……。」


 今の状況が如何なる状況であるか、戦場をくぐり抜けてきた者ならわからないはずが無い。妹は目から大粒の涙をこぼしていた。


 俺はそんな妹の目を直視することが出来なかった。もし見つめてしまったらこの茶番が無駄に終わってしまう。


「バカ。俺はお前のお兄ちゃんじゃなくて魔王だって言ったろ……。」


 それは見え透いた嘘だ。


 本当はレイラの言う通りなんだ。俺だってこんな結末になるなんて思ってもみなかったよ。俺達兄妹に、こんなバッドエンドが待っていたなんて……。



 俺の片腹から血が止めどなく流れているのがわかる。


 徐々に朦朧として行く意識を、俺は精神力でなんとか繋ぎ止めていた。


「どうしよう……。このままじゃお兄ちゃんが死んじゃうよ。エイドリアンさんは?ショーンくんは?何処にいるの?お願いだから出てきて。お兄ちゃんを助けて。」


 夕焼けの中……妹レイラの悲痛な叫び声が響き渡った。


 しかし、この場所には俺とレイラの二人しかいない。そうなる様に俺がエイドリアンに頼んでおいたのだ。


「あと……ほんの少し……。」


 それは最後の最後で咄嗟に浮かんだ悪あがきだった。


 俺は、薄れゆく意識の中、ただひたすらにその時を待っていた。地平線に太陽が沈むその瞬間を……。物語をこのままバッドエンドにさせないための最後の一手を打つ為に……。

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