第39話 根拠無き力 その3

 結局のところ、俺がエイドリアンから聞き出せたのは、『酔香元君』という通り名と、彼女が毒と薬の専門家であると言うことだけだった。要は、知りたきゃ自分で直接会って聞けということらしい。


「あの娘が言わなかった事を私が代わりに言うことは出来無いわ。彼女とはただ馬が合わないだけで、別に私はあの娘に嫌われたいわけじゃ無いもの。」


 てっきり仲が悪いだけだと思っていた二人の関係も、ただそれだけの関係ではないのかもしれない。そんな事を思わせる言葉に、俺もそれ以上は毒の姫君についてエイドリアンに聞くことが出来なくなってしまったわけだ。



 用が済めば、早々に帰り支度。エイドリアンに限って、ここからは一緒に旅を……なんてことがあるはず無い。ここでさっさと帰ってしまうまのがエイドリアンと言う女である。



 しかし……。俺の用事は身体の治療だけでは終わってはいなかった。彼女が帰ってしまうその前に、俺はにエイドリアンにどうしても聞いておきたい事があったのだ。

 

「なぁ……。最後にこの言葉の意味だけ教えてくれよ。あの姫君と話している時にさ。彼女が少し気になる事を言ったんだよ。」


 それは、つい一時いっときほど前に俺が毒の姫君と交わした会話だ。


「私に答えられる範囲ならべつに構わないけど。」  


 黒く長いスーカートの埃をパンパンと払いながら、エイドリアンがこちらを振り返りぶっきらぼう言った。


「教えてくれ。じつはどうしても頭から離れない言葉があるんだよ。あいつさ、俺の妹の強さにが無いって言ったんだ。俺が『千年九剣』の修行の成果だって言ったら、何かに納得した様に笑っていたけど。その時の印象がどうにも頭に残っちゃってて……。今になってみるとなんか気になって仕方ないんだよな。」


 一瞬、エイドリアンの動きが止まった。


「……本当にあの娘がそう言ったの?」


 想像していた反応とは違う真剣な眼差しが俺に向けらる。だが俺はそんな視線に構うことなく答えた。


「うん、言ったよ。たぶん君ならその意味が分かるんじゃないかと思って。」


 少し考える様な素振りを見せて、エイドリアンは不意にその視線を彼方へと送った。その先にはレイラの姿。いつの間にかワイバーン達の姿は消えて、今は何故か取り残されてしまったトントンの遊び相手を引き受けてくれている。


 エイドリアンの視線に気がついたレイラが、こちらに向けて無邪気に手を振った。


 一見すれば微笑ましいその姿。俺だってさっきからそう思おうと努力はしている。だが妹のレイラは、俺でさえ手こずった……いや、俺が死をも覚悟させられたドラゴンを、まるで赤子の手でもひねるように一撃で打ち倒したのだ。その異次元の強さに、兄であり師匠である俺が不安を感じないわけが無い。


「根拠がない……」


 その言葉が、ジワジワと俺の心を蝕んでいく……。はっきり言って、俺がでっち上げた『千年九剣』なる剣法はいわゆる対人の剣であって、ドラゴンの様な伝説級のモンスターを一撃で屠るなど……そんな馬鹿げた強さなど想定していないのだ。



 少し長過ぎる間を置いて、その返事は返ってきた。


「ええ、分かるわよ。でも……貴方は本当にそれを聞いちゃっていいのかしら? 聞いてしまったら多分……貴方は後悔するかもしれないわよ。」


 ゆっくりとしたエイドリアンの言葉が、一言ずつ俺の覚悟を確かめているのがわかる。


「って事は……やっぱり。過去の英雄絡みの話しなんだな。」


「そういう事ね。」


 あっさりとした返事が返ってくる。


「知りたいんだ。話してくれエイドリアン。」


 決意を込めた俺の言葉に「後悔しないわね。」と、エイドリアンが最後の念を押した。


「もちろん覚悟の上だ。ドラゴンの首を一撃だなんて……あんな物を見せられた俺には知る義務がある。」


「分かったわ。それじゃぁ教えて上げる。でもこれは単なる憶測よ。あの娘が言った意味と同じかは分からない……。でも、私なりに考えた答えを言うと、いわゆるね。」


「チート? それじゃぁ本当は俺の妹も俺と同じ転生者だってのか?」


「焦らないで。貴方の妹が転生者だとは言ってない。それに……貴方が転生した時、神様だか女神様だかに出会った?」


「いや、出会ってない。俺も最初は普通の赤ん坊だったはずだよ。」


「私も出会ってはいないわ。もしやと思って色々試してみたけれど、持っていたのは小さな魔力だけだった。」


「でもさ、お前は古代魔法だとか禁忌魔法だとかそういうのが使えるだろ? あれはチートじゃないのか?」


「ええ。チートじゃないわ。あれは単なる努力と探求の結果よ。何故か私だけ古代文字が読めると言うのはあったけれども、それは私達転生者の特性によるものでしょう?」


「確かにそうかもな。言ってみりゃ俺の『千年九剣』も似た様なもんだ。」


「そう。私達の技術はこの世界にあり得ない知識で構築された物だけど決してチートでは無いの。努力をすれば誰でも手に入れられるわ。でも……決して努力だけでは手に入れる事のできない力がこの世界に一つだけあるの。それがあの娘の言う。私達が言うチート……いわゆる神から与えられた力よ。」

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